PICK UP
2025.02.07
【宮田理江のランウェイ解読 Vol.103】連載100回記念・特別企画 12年間トレンドの移り変わりをルックバック
写真左から「プラダ 2014年秋冬」「ディオール 2017年秋冬」「シャネル 2021年秋冬」「クロエ 2024年 」コレクション
2012年に始まった「宮田理江のランウェイ解読」が通算100回を迎えました。春夏と秋冬の両シーズンにわたって、内外のランウェイトレンドをリポート。同時にそれぞれの時代のファッションを取り巻く背景も映し出してきました。100回の節目を機に、主立ったトレンドをルックバック。過去12年間のおしゃれヒストリーを、大きく4期に分けて振り返ってみます。
〈2012~16年 盛り上がった楽観とノスタルジー〉
■2012-13年秋冬
初めて取り上げたのは2012-13年秋冬コレクションでした。2008年の「リーマン・ショック」を乗り越えて、ようやくおしゃれにパワーが戻ってきた時期。当時の世界6大トレンドは「ジェントルマンレディー」が筆頭で、オーバーボリュームや中世貴族風など、デコラティブな装いが盛り上がっていました。
■2013年春夏
ポジティブな気分がさらに強まっていったのが2013年からの変化です。ストリート感やスポーツテイストもモードの世界に仲間入り。軽やかな装いが支持を広げていきました。複数のトレンドが入り交じって、多重構造になっていくのもこの頃からの目立った動き。ノスタルジックやグランジなどの混在がトレンドの厚みを増していきました。
■2013-14年秋冬
現在につながる「ジェンダーレス(genderless)」が広がったのは、このあたりからです。10年余りを経て、ジェンダーレスが根付いていったことがわかります。ミニマル志向がトーンダウンして、主張を帯びた装いがリバイバル。こうした動きは2025年春夏に通じています。モードの周期は20年といわれますが、もっと短くなりつつあるようです。以後、シーズンレスやエイジレスなど、様々な「less=~ない」が広がっていきます。
■2014年春夏
「気候変動」の影響を受けて、ファッションにも「衣装変動」が起きました。この春夏から勢いづいたトレンドは「エフォートレス(effortless)」。気負わず飾り立てないリラックス感が持ち味です。風通しのよさ、着心地の軽さもメリットで、今に至るロングトレンドの始まりとなりました。透ける素材を指す「シアー」という言葉を耳にする機会が増えたのもこの時期からです。
■2014-15年秋冬
ほぼ10年前に当たる2014-15年秋冬シーズンには今と似た揺り戻しが起きています。キーワードは「プレイフル(playful)」。朗らかでファニーな気分が織り込まれました。2024-25年にかけても似たような気分が強まっていて、やはり「10年周期」の動きがみられます。ボヘミアンの復古やアートムードの高まりもこの時期の傾向です。
■2015年春夏
楽観やノスタルジーが濃くなった点で節目といえるシーズンです。1970年代のリバイバルが起こり、ロマンティック、ハッピートーンが強まりました。スポーツやエフォートレスなどがロングトレンド化。暑さをしのぎやすいエアリーな装いも広がりました。実はこの時期からはっきりし始めたのは「トレンドの消滅」。目先の短期的なトレンドが減り、数シーズンにわたるロングトレンドが同時に進行することが増えてきました。この流れは今も続いています。
■2015-16年秋冬
時間軸を自在に操る「タイムレス(timeless)」の傾向が強まってきたのはこの頃からです。過去と未来が交じり合う「レトロフューチャー」が台頭。それまでのテイストミックスを超えて、カオスに近い入り乱れ具合に。ジェンダーレスやシーズンレスと共に「レス化」が進みました。
■2016年春夏
暑さが進んで、春夏は素肌見せが勢いを得ていきました。カットアウトやウエストチラ見せ、シースルーがヘルシー感を印象付けるおしゃれの選択肢に。プレイフルで伸びやかな演出が装いにパワーをチャージしたシーズンです。
■2016-17年秋冬
クチュール感やハンドクラフト性が重んじられるようになった時期にあたります。グラマラスでエモーショナルという、今に通じるアプローチ。異なるテイストや技法を合体・接合させる「ハイブリッド」が打ち出され、解体・再構築が加速しました。
〈2017~19年 ミックスコーディネートの深化 多様性の時代へ〉
続いて2017~19年の3年間を振り返ります。この時期はコロナ禍が始まる直前のタイミング。着ていく場所が奪われて、ファッションの勢いが衰えたその後の約3年間とは異なり、複数のトレンドが同時並走して、モードが重層的な深みを示しました。
■2017年春夏
モードの創り手側が「若返り」を意識し始めた時期です。控えめなガーリーが提案され、装いにウィットが注ぎこまれました。楽観的でチアフルな雰囲気が強まったのもこの時期の傾向。細部に主張を込めるディテール主義が広がり始めたタイミングでもあります。
■2017-18年秋冬
ファッションの「約束事」が壊れる勢いが増すのはこの時期から。キーワードは「ダイバーシティー(多様性)」。大小や新旧といった、相反する方向性をやや強引にねじり合わせる試みが相次ぎました。強さとフェミニニティーを併せ持つ「ダンディーレディー」はその一例。英国紳士ライクな正統派トラッドがウィメンズルックを書き換えました。
■2018年春夏
「ユーティリティー(utility)」「スポーティー(sporty)」「ダイバーシティー(diversity)」など、語尾が「ティー」の言葉が支持を得ました。動きやすさや使い勝手が重視され、フェミニンとのミックスが浸透。装いのチアアップが進みました。ミリタリーやワークウエアがモードで居場所を広げたのも目立った動きです。
■2018-19年秋冬
「強さ」が主役に躍り出たシーズンでした。2017年に表面化したハリウッドの事件から広がった「ミートゥー(MeToo)」運動が背景にあります。フェミニスト意識があらためて重視され、ビッグシルエットがタフな女性像を象徴。パワーウーマンの装いが復活しました。
■2019年春夏
「テーラード時代」の始まりはこのシーズンでした。もともとは紳士服の強みでしたが、凜々しくインディペンデントな女性像を求めるニーズを追い風にウィメンズへ拡張。アウトドアやワークウエアをフェミニンにアレンジする流れも生まれました。
■2019-20年秋冬
新たなトレンドに浮上したのは、オーソドックスな装いの「クラシック」です。前シーズンから続くテーラードとも好相性を発揮。ロマンティックやエレガンスはユーティリティー系とマリアージュ。一筋縄ではいかないキャラクターを際立たせるスタイリングが押し出されました。
〈2020~23年 コロナ禍時代 広がったおうちおしゃれ、レトロ、Y2K〉
2020年からの3年間はファッション界がそれまで経験したことがなかったほどの厳しい時代でした。コロナ禍の影響で、外出が制限され、ショッピングも困難に。おしゃれモチベーションが下がって、ホームドレッシングが主流になりました。合言葉は「ステイホーム(stay home)」。しかし、そうした状況下でも世界の主要ファッションウィークでは映像や無観客の手法で、コレクション発表が続けられました。
■2020年春夏
「第4のティー」と呼べる「サステナビリティー(sustainability)」が勢いづいた点で2020年春夏は特筆されます。SDGs意識を背景に飾り気や過剰を遠ざけ、きれいめでシンプルに整えるルックが提案されました。見た目ではなく、環境意識がおしゃれのキーコンセプトに座った点で歴史的とも呼べそうな転換点です。
■2020-21年秋冬
コロナ禍が徐々に深刻化する時期を迎え、モードの世界にも「昔はよかった」といった気分が濃くなり始めていきます。そうした事情もあって目立ったのは、「クラシック回帰」の流れ。命が脅かされる事態に至り、サバイバルやプロテクションのイメージを帯びたアイテムも提案されるようになりました。
■2021年春夏
終わりの見えない「コロナ禍トンネル」が続く中、おしゃれマインドを補うような試みが相次ぎました。ヘルシー感や「エイジレス(ageless)」を押し出すアイテムが増加。現実から遠ざかるかのようにホープフル(hopeful)なムードも強まりました。自宅で楽しむホームドレスの提案が相次ぎ、ファッションは「家ごもり」時代を迎えました。
■2021-22年秋冬
閉じ込められたような状況からの「エスケープ」を意図したクリエーションが目立った時期です。アウトドアやプロテクションの気分を漂わせて、困難に立ち向かう意識を表現。旅行やレジャーの復活を待ち望む願いも装いに込められました。レトロやヒッピーなど、昔を懐かしむノスタルジックなルックにも当時の気分がうかがえます。
■2022年春夏
少し気が早いのはファッション業界の常です。「ポスト・コロナ」への期待を込めて、前祝い的に盛り上がった装いが花開きました。鮮やかな色と柄が躍るパーティーのよう。2000年代当時のLAセレブリティーに似た「Y2K」ファッションが話題を集めました。
■2022-23年秋冬
長く続いた憂鬱な時代の終わりが現実味を帯びて、ファッションにも落ち着きが戻ってきました。ロングトレンド化したテーラードにはファニーなひねりアレンジをプラス。ようやく戻ってきたドレスアップの舞台を楽しむ華やぎ系コーディネートが登場。官能的なセンシュアルやフェティッシュのリバイバルも起きました。
〈2023~25年 おしゃれマインド、再び上向きに 服でエンパワーメント〉
■2023年春夏
困難な3年間を乗り越えて、着る側の気持ちに自信やプライドが戻ってきました。自己肯定感や強さを写し込んだような装いが新ルックに浮上。見せるランジェリーやロックスピリットを宿した着こなしが出現。おしゃれでリスクを取るモチベーションもよみがえってきました。
■2023-24年秋冬
人前に出る場面が戻ってきて、服にセルフプロデュースの意味を持たせるスタイリングが勢いづきました。「着るエンパワーメント」のような装いです。進化系のボディコンシャスは健やかさを印象付けるかのよう。テーラリングとセンシュアルの交差といった「自分らしさ」を示すミックスコーディネートが盛り上がりました。
■2024年春夏
ポジティブにスタイリングで遊ぶ感覚が広がりました。オーソドックスを崩すたくらみが拡大。エアリーとシック、ユーティリティーとドレッシーといった、やや強引なマリアージュが試されました。もともと崩し系のプレッピーにさらなるずらしをたくらむ動きも。一方、主張を抑えた「クワイエットラグジュアリー(quiet luxury)」にも支持が広がりました。
■2024-25年秋冬
ひねりの角度が深まり、ウィットや茶目っ気まで盛り込まれるようになってきました。人前に出るのが当たり前になる一方、「日常」を彩るデイリードレッシングが新たなおしゃれ表現に仲間入り。異なるテイストを交わらせるダブルミーニング系の着こなしが浸透。掛け合わせのバリエーションが一段とスリリングになってきました。
■2025年春夏
暑さしのぎが引き続き、春夏のミッションであり続ける中でも、ロマンティックやファンタジーなどのムードを注ぎ込む試みが目立つようになっています。強さや自在感を帯びたボヘミアンもキーテーマに浮上。スポーツやガーリーに大人感やクチュール性をもたらすアレンジが装いの鮮度をアップ。オフィス服にもクールな提案「オフィスサイレン(Office Siren)」ルックが相次ぎました。
〈テイスト交わらせ、「自分らしさ」深く〉
12年間、100回を振り返ってみると、ファッショントレンドは様々なうねりを起こしながらも、意外に一定の枠内に収まっているような印象を受けます。見方を変えれば、上質なワインが樽の中で熟成を重ねるかのように、様々なテイストが交わり合って、深みを増している感じです。ミックスコーディネートに「自分らしさ」を託す着こなしはこの12年間を象徴するかのよう。コロナ禍時代に顕著だったように、社会情勢との関わりでファッションのありようが移り変わってきたことも、100回ヒストリーはあらためて教えてくれます。まだまだ大きな変化が起こりそうなこれから先も、「宮田理江のランウェイ解読」はトレンドをまっすぐ見詰め続けます。
宮田 理江(みやた・りえ)
複数のファッションブランドの販売員としてキャリアを積み、バイヤー、プレスを経験後、ファッションジャーナリストへ。新聞や雑誌、テレビ、ウェブなど、数々のメディアでコメント提供や記事執筆を手がける。 コレクションのリポート、トレンドの解説、スタイリングの提案、セレブリティ・有名人・ストリートの着こなし分析のほか、企業・商品ブランディング、広告、イベント出演、セミナーなどを幅広くこなす。著書にファッション指南本『おしゃれの近道』『もっとおしゃれの近道』(共に学研)がある。
|