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2021.06.02

【宮田理江のランウェイ解読 Vol.74】拘束からの「エスケープ」 レトロやテック感漂う~2021-22年秋冬ファッションの6大トレンド~

 ワクチンの登場を背景に、コロナ禍の出口が見えてきたことを受けて、2021-22年秋冬ファッションは「ポジティブな現実逃避」へと風向きが変わった。海や山への旅を夢見てみたり、「古き良き時代」を懐かしんだり。穏やかな日常に安らぎを見付ける装いも広がった。健康やテクノロジー、フィロソフィーなどを新たな「軸」に据えて、前を向く「ポスト・コロナ」時代のイメージを紡ぎ出している。

◆エスケープ・ダンス(Escape Dance

 旅やリゾートが縁遠くなったのを受けて、ポジティブな現実逃避に誘うかのような装いが打ち出された。実際には難しいプレジャーを、せめてファッションで「代用」する提案だ。息が詰まりそうな日常からの「エスケープ(脱出)」を試すおしゃれとも言える。大自然を感じさせる海辺や雪山がシンボリックなモチーフ。世界各地の民俗衣装的なテイストも旅心をかき立てる。

 

 スキーウエアやマリンルックなど、旅行やレジャーにまつわるアイテムが持ち込まれた。アフリカやアジアのエスニック感も旅情を醸し出す。旅以外にもダンスに代表される、躍動感や身体性が提案された。たとえば、バレエをモチーフに選ぶ表現が相次いで登場。コロナ禍の終わりを見据えて、再び旅や観劇を楽しめる「日常」の回復を願うかのよう。色やシルエットに、弾む気分を盛り込んでいる。

◆レトロテック(Retro-Tech)

 1年を超える災いを踏まえ、「昔はよかった」と、過去を懐かしむ気分が強まった。装いの面でもレトロ感、ノスタルジー趣味が濃くなった。一方、科学技術への期待を背景に、テクノロジーやサイエンスのムードを帯びたルックも打ち出されている。両方の持ち味を交じり合わせたレトロフューチャリスティックなテイストが台頭。正反対とも言える方向感のずれがこなれた着映えに導く。

 

 くすんだ色合いや、壁紙風の模様、エプロンドレス風のシルエットなどが昔っぽさを印象づける。大きめの飾り襟、コルセット、ロンググローブなどのディテールも懐かしげな風情を醸し出す。テック感を示すのはメタリックの質感。スパンコールやラメ生地が宇宙的なまばゆさをまとわせる。直線的なフォルムはクールで理知的。工業的なパーツ使いやケミカルな繊維もサイエンス感を帯びさせる。

◆アンニュイ・ガーリー(Ennui Girly

 全体に装いが若返るのは、新シーズンの目立った変化だ。初々しさやコケット感を際立たせるのは、ミニスカートの復活。さらに、肩やウエストまわりなど、ボディの一部をくり抜いたカットアウト手法も浮上。ヘルシーな肌見せに加えて、ダークなアンニュイ感を帯びるのが新たな傾向に。ブラックを基調にゴシック感を漂わせたり、沈んだ色味でミステリアスに仕上げたり。ミレニアル層を取り込みつつ、大人世代にも目配りした、趣の深いガーリーテイストだ。

 

 ミニ丈ボトムスに引き合わせるのは、ロングブーツやタフなコンバット系ブーツ。ファーをどっさり施したブーツで足元をボリュームアップさせて。レザーのつやめきを生かして、ハードさやパンク風味を添えるのも、ミックス感を高めるアレンジだ。ボリューム袖、立ち襟、ジャボ(襟飾り)などのディテールも加わる。シルエットはボディコンシャスやAライン、マーメイドラインなどが主役に。ブラレットやランジェリーワンピースなどがキュート感を寄り添わせる。

◆チルアウト&ウェルネス(Chill out & Wellness)

 穏やかな暮らしを望む意識が強まり、まったりくつろいで過ごす「チルアウト」や健康志向の「ウェルネス」に通じるムードが濃くなった。装いにも癒やしや心地よさを求める気分が強くなり、全身を布で包み込むような「ブランケットドレッシング」が共感を集める。気負わない雰囲気のパーカ(フーディー)やソフトな量感を備えたパフィアウターはシンボリックなアイテム。ファー(人工ファー含む)やフェザーもぬくもりムードを誘う。

 

 キーマテリアルはニット。ノルディック柄やボーダーを編み込んだのどかなニットウエア、重ね着のインナーに使えるピッタリしたタートルネックニットなどがぬくもりを呼び込む。家で着るホームドレスの人気が続き、スリップドレスやラップドレスが復権。このようなドレスのインナーにあえて、ハイネックやカジュアルなニットトップを合わせるレイヤードが着こなしプランに加わる。リラックスとヘルシーが同居するようなスタイルだ。

◆アップサイクル・ヒッピー(Upcycle Hippie)

 70年代気分がよみがえる。リバイバルの主役はヒッピーテイスト。ただし、今の時代になじむ都会的なテイストを加えて、ソフトトーンにモダナイズ。サスティナビリティ意識の高まりを追い風に、一手間加えて再利用品の価値を高めるアップサイクルも盛り上がる。自然との協調を目指したヒッピーマインドと共鳴し、パッチワークに代表される、ハンドクラフト系のデッドストック再利用が進む。

 

 ヒッピー気分を印象づけるのは、ポンチョやケープ、キルティングコートなど、輪郭をぼかすドロップショルダー系ビッグアウター。チュニックやカフタン、オーバーオールがカムバック。バケツハット、ビッグサングラスなどの小物も70年代感を示す。色はパープルやサイケデリック、ネオンカラー。プリント柄は花柄、幾何学模様、アニマル柄がフラワーチルドレンの雰囲気を漂わせる。

◆ジェンダー・ニュートラル(Gender Neutral)

 性別にとらわれない「ジェンダーレス」はさらに広がりを見せる。紳士服テイストを持ち込む、かつてのハンサムウーマンのような気負いを遠ざけ、中性的な自然体の着こなしに進化。男女の意識から離れた「ノンバイナリー(Non-binary)」に向かう。マニッシュ濃度を高めて、フェミニン感を打ち消すのではなく、性別のイメージそのものを薄める着こなしだ。

 

 ワイン樽に似たバレル(樽)シルエットや、起伏をつけないストレートシルエットが提案されている。キルティングアウター、スキーパンツなど、体の線を拾わないオーバーサイズや落ち感のあるルーズフィッティングにも支持が広がる気配。パンツスーツは気張らないパワードレッシングにリモデル。ニットアップ、ジャージードレスがしなやかな着映えに整える。ベルテッドコートやツイード生地が適度なメンズ感を添える。

 

 

 コロナ禍の終わりを期待して、ポジティブで楽観的な「ハーフハッピー」の気分が濃くなる。ソーシャルグッド意識の盛り上がりを受けて、フィロソフィーや社会正義を打ち出す傾向も強まった。着心地重視やタイムレスなどのロングトレンドを受け継ぎつつ、未来に向かって進んでいくインディペンデントな態度を装いに映し出しているように見えた。


 

 

宮田 理江(みやた・りえ)
ファッションジャーナリスト

 

複数のファッションブランドの販売員としてキャリアを積み、バイヤー、プレスを経験後、ファッションジャーナリストへ。新聞や雑誌、テレビ、ウェブなど、数々のメディアでコメント提供や記事執筆を手がける。

コレクションのリポート、トレンドの解説、スタイリングの提案、セレブリティ・有名人・ストリートの着こなし分析のほか、企業・商品ブランディング、広告、イベント出演、セミナーなどを幅広くこなす。著書にファッション指南本『おしゃれの近道』『もっとおしゃれの近道』(共に学研)がある。

 

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