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2021.06.03

トランスコスモスの柏木常務に聞く・DX化の日米格差とは? “ニューノーマル”のベースに隔たり

 

 今年1月にオンラインで開催された全米小売業協会(NRF)主催のカンファレンス「NRFリテールズ・ビッグ・ショー」と、全米民生技術協会主催の技術見本市「CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)」の2大イベントでは、小売業におけるDX化の日米格差の広がりや”ニューノーマル”に対する意識の違いが浮き彫りになった。両イベントに参加したトランスコスモスの柏木又浩常務執行役員デジタルトランスフォーメーション総括責任者(写真)に、日本の小売りや通販会社が知っておくべき欧米企業のDXの現状などを語ってもらった。

 

 欧米のリテールテックは日本よりも3年くらい進んでいるという共通認識があると思うが、コロナ禍でその差はさらに広がったと感じる。

 NRFでは、”ニュー・ショッピング・ビヘイビア(新しい購買行動)”がキーワードのひとつだった。これは、欧米では昨年、コロナの感染拡大が日本とは比べようのないほど深刻だったため、ライフラインである小売業を中心に変化を余儀なくされたため、タッチレス化が急速に進んだ。

 NRFのあるセッションでは、「ECは10年分を8週間で経験した」と言われたくらいで、小売り企業が将来に向けておぼろげに計画していたものを、手作りでいいから1週間で作らなければいけないという状態に追い込まれたのだと思う。

 例えば、オンラインで注文して店の駐車場まで行くと店舗スタッフが車のトランクに商品を積み込んでくれる「カーブサイドピックアップ」というサービスが浸透したが、アプリがないと店側はサービスを提供できないため、ウォルマートでは6日間でアプリを作ったという。

 買い物が制限される中、スーパーマーケットの駐車場で商品を受け取れるカーブサイドピックアップや、EC購入商品を実店舗で受け取れるBOPIS(ボピス)が進化し、タッチレスで行うにはとにかくデータ入力が不可欠で、事前に登録しなければサービスは受けられない。

 欧米ではロックダウンによって普段の生活ができなくなり、人が動く場合はすべてデータ登録が必要になった。否応なく個人が自分のデータを企業側に提供しなければならず、それが新しい買い物行動の始まりとなり、彼らの”ニューノーマル”のベースにある。

 日本の小売りはそこまで進化しなくても済んでいる。もちろん、日本の消費者も「アマゾンでの買い物が2割くらい増えたな」とか、そういう感覚はあっても、欧米のように企業側に個人のデータをそこまで提供する状況にはなっていない。そうした状況の違いにより、日本と欧米のリテールテックの差が一段と広がった。

 ただ、日本でもエンターテインメントの領域ではデータ登録が進んだのではないか。観客数や来場者数に制限を設けてコンサートを開催したり、テーマパークを開園することで、「すべての条件をクリアしてでも入りたい」と思う人たちが、能動的に個人情報を登録している。このようなことが、すべてのカテゴリーで起こったのが欧米と言える。

 そのため、ECの伸び率にも差が出てきている。米国におけるECビジネスの消費者への浸透率は2019年までは年平均16%の伸び率だったが、昨年は1~3月期の3カ月間で35%伸びたという。

タッチレス化が生んだ"データ爆発"

 欧米ではアプリ活用によるタッチレス化でデータ登録が当たり前になったことで、”データ爆発”が起こり、企業側は大量の顧客情報と行動・購買データを手に入れた。

 パンデミック以前のデータはすべて無駄になったと欧米企業は考えている。なぜなら、コロナ前とは完全に消費志向や消費行動が変わり、新しく取ったデータの方が価値が高いからだ。欧米では、過去のデータを捨て、すべてのデータを取り直すという作業が一度に起こった。

 過去を捨てるということを学んだ彼らは、次のステージでは従来とは違うことをしようとしか考えていないと思う。日本では大きな災害などが起こった時もそうだが、前の状態に戻そうとする傾向が強い。コロナも、あと1年くらいしたら以前の状態に戻ると信じている人が大勢いる。

 過去のことを考えている人たちがDX化を進めるのと、先のことだけを考えている人たちがDX化を進めるのではどうしても差が出てくる。

 日本でも在宅勤務が進んだことで、地方や郊外で暮らす新しい生活スタイルに移った人もいるが、欧米はもっと極端で、今までの仕事がなくなったりして、生活や価値観が180度変わった人が多いことも影響している。

 また、欧米ではロックダウンなどを経験して消費者へのアプローチ手法も変わった。当然ながら外出機会が極端に減ったことで街中の広告を見ることもなくなり、メディアとしての価値も変わったが、それを最大のチャンスと欧米人はとらえている。

 従来は取れなかった量のデータがすべてのカテゴリーで獲得できたことで、消費者の嗜好性を知るということに関してはこんなに前進した1年はなかったと感じているはずだ。

 これが、次のキーワードである”ハイパーパーソナライゼーション”につながる。これは、大量のデータ獲得とAIの活用によってパーソナライゼーションがもう一段進化することをさす。

 NRFの中で発表された調査では、パーソナライゼーションされたサービスに対する消費者の満足度が80%を超えたという。これには少し驚いた。日本ではパーソナライズされたレコメンドなどに喜びを感じたことがあるだろうか。日本の場合はパーソナライゼーションというとリターゲティング広告の印象が強い。企業目線ではなく、消費者に喜んでもらえるパーソナライゼーションのあり方というものを当社でも研究を始めたところだ。 (つづく)

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