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2021.03.25
TSIが磨くOMO戦略の現在地【アパレルEC特集】
ネットとリアルの垣根をなくして消費者の購買意欲をかき立てるマーケティング概念である”OMO(オンラインとオフラインの融合)”の取り組みをアパレル各社が強化している。大手アパレルを中心に大規模な店舗閉鎖が計画される中、OMO推進の動きはさらに加速しそうだ。コロナ禍における購買行動の変化もあり、店舗スタッフがこれまで以上にECチャネルに関与し、ウェブコンテンツの充実やオンライン接客サービスを始めるケースも目立っている。ウィズコロナ時代のアパレル業界で勝ち残るには何が必要か、先進企業の取り組みを見ていく。
大手アパレルのTSIは、店とECが一体となって顧客体験を提供するOMO・ユニファイドコマース戦略に磨きをかける。さまざまなデジタルツールを使って実店舗のスタッフが積極的にECのコンテンツ強化に貢献することで、顧客の体験価値を高めてEC売上高や実店舗への来店につなげている。
その流れを一段と加速させたのが、3月のグループ再編に先行して昨年9月に実施したデジタルチームの一本化だ。子会社からEC人材を集めて180人規模のデジタル専門組織を整備した。
「ナノ・ユニバース」などECに強いブランドの知見をグループの他ブランドに横展開しやすくしたほか、各子会社がバラバラに実施してきたシステムや広告などへの投資を最適化する。
約半年が経過し、ECのベースとなる集客面ではコスト配分や最適な媒体選定につながっているのに加え、当該チームにオンライン接客のスタープレーヤーが集結したことで、ノウハウを共有しスキルの底上げが図れているという。
店頭販売員がチャット接客
オンライン接客については昨年6月、自社ECで買い物中のユーザーに対し、チャットやビデオ通話を介して接客できる対話型アプリの「HERO(ヒーロー)」をボディケアコスメの「ラリン」に先行導入。9月からはアパレルブランドの「パーリーゲイツ」と「アドーア」「マーガレット・ハウエル」で順次展開中だ。
前期(21年2月期)末時点で導入時に設定した目標を達成。4ブランドの平均値で客単価が2・1倍に、CVRはヒーロー非経由のEC通常と比較して約24倍になった。とくに「マーガレット・ハウエル」は自社EC売上高の15%程度がヒーロー経由で、全体をけん引した。
KPIとして重視するサイト訪問者の利用率も徐々に上がってきている。ユーザーのオファーに対する応答率も大事で、現状は80%強で推移しているが、1月のセール期など店頭混雑時の応答率が落ちたことは課題だ。
ヒーローを使い、チャット内で動画や商品ページへのリンクを貼る比率が高いスタッフは販売につなげているようで、とくに「マーガレット・ハウエル」のスタッフにノウハウが貯まっており、日常的にオンライン接客を実施している。
コロナ初期の頃はツールの導入自体が話題となったが、「すでにオペレーション力が問われる段階にある」(岸武洋ユニファイドプラットフォーム部長)としており、チャット中に商品を撮影する際の手法なども現場がマニュアルを作って対応し始めている。
応答率を考慮すると全スタッフが対応できるのが理想だが、ブランドごとに来店客数も異なるため、店舗に決まった担当者がいるケースもあれば、ほぼ全員で取り組むブランドもあるなど運用体制はさまざまだ。
テストとして4ブランドに導入したが、前期中にプロジェクト全体として初期投資を回収できたため、今期は横展開していく。
ただ、ヒーローは店舗回転率が高いと専任スタッフを配置する必要も出てくるため、回転率の高いブランドは空色のチャットツールを活用し、カスタマーセンターに担当者を置いて運用する場合もあるようだ。
空色のチャットツールを長く運用している「ナノ・ユニバース」では、チャット経由購入者のうち約25%が実店舗に来店して購入している。これは自社ECにログインしてチャット接客を受け、店頭でも会員証を提示した顧客の割合のため、実際にはさらに高い可能性もある。
店頭販売員が撮影したコーディネート写真を簡単に自社ECなどに投稿できるツール「スタッフスタート」も導入から2~3年が経過し成果が出ている。昨年9月には「ナノ・ユニバース」に導入したほか、今期はアルページュと上野商会などが持つブランドにも導入する予定だ。
スタッフスタート経由の売上高は自社ECの平均35%程度に上るという。これはコーデに着用した商品が購入された直接売り上げと、着用画像以外の商品が買われた間接売り上げを合わせた数字となるが、スタッフコーデのコンテンツがサイト利用者の参考になっていることは間違いなく、「アドーア」のように経由売り上げが60%程度とずば抜けて高いブランドもある。
スタッフスタートは、自分のコーデ投稿がEC売上高にどれくらい貢献しているか、貢献度でのランキングも分かるなど、販売スタッフのモチベーションを高められるように管理画面が設計されているのも特徴となる。
コーデコンテンツの質と量を維持するために、TSIでは参加スタッフ数、月ごとの1人当たりの投稿数、1コーデ当たりの平均紐づけ点数などを重視し、極端に少ないスタッフには声をかけるなどしている。
投稿画像の質については、例えば「ナノ・ユニバース」ではガイドラインを設けてコーデの撮り方などをアップデートし、ブランドのアンバサダーとして活躍できるようにスタッフを教育している。加えて、投稿前にブランドの承認者がチェックするため、ガイドラインと併せて質を担保している。
TSIではスタッフコーデをより多くの人に見てもらうためにSNS活用も強化している。昨年12月には外部企業を招いて全6回のSNS研修会をスタッフ向けに開催。コーデコンテンツをサイト内だけで展開するのはもったいないことから、教育を受けたスタッフがそれぞれ、会社が承認した個別アカウントを開設して発信する。
接客・試着の予約サービス
OMO・ユニファイドコマース戦略の中心となる機能として「ナノ・ユニバース」が3月1日に始めたのが、自社ECでお気に入りのスタッフを指名し店頭での接客を予約できる「スタッフ予約」サービスだ。
新機能は「来店予約」サービスのひとつで、通販サイトで販売しているアイテムを実店舗で試着できる「試着予約」サービスと組み合わせることで、より充実した買い物体験が得られる。
「スタッフ予約」サービスは来店する店舗と日時だけでなく、接客を受けたいスタッフも選べる。接客が気に入ったらマイページにパーソナルスタイリスト登録が可能で、次回からマイページでも簡単に予約できる。
「試着予約」を含めて倉庫から在庫を手当てするケースもあるため、現状はリードタイムを5日間設けているが、会員ランクの高い顧客はより早く来店できるようにすることも視野にあるようだ。
スタートから約半月だが約150件の予約を受けており、通常よりも客単価が高い傾向にあるという。こうした接客予約の利用者がさらに増えてくれば、「オンラインで相性の良さそうなスタッフを見つけて会いに行き、何度か通うようになって信頼関係ができれば、忙しいときはヒーローなどを使ったEC上のチャットでも購入しやすくなるのでは」(越智将平デジタルマーケティング部長)としている。
コーデ中心のECモールに
一方、TSIはグループのブランドを横断的に扱う「ミックスドットトウキョウ」を3月25日にリニューアルし、各ブランドのスタッフコンテンツを中心とした新しいタイプのファッション通販モールとして運営する。
刷新後の「ミックスドット」は、トップページからコーデを詳細に探せるサイト設計とし、シーンやキーワード、身長などで絞り込みができる。
同社では、プロの大人のスタッフが投稿するコーデ通販サイトとして存在感を出せると判断。約70万人という「ミックスドット」の既存会員だけでなく、新客の流入も見込んでおり、”コーデで悩む人”がターゲットとなる。
まずは既存の11ブランドでスタートし、順次増やしていく。スタッフ紹介の連載企画などの編集コンテンツも展開する。
リニューアル前の「ミックスドット」はブランドが軸にあり、各ブランドがその世界観を発信していたが、刷新後はスタッフが主役となり、ブランドをまたいだ施策やミックスコーデも提案していく。
第1フェーズではコンセプトの確立と、ミックスコーデを見せるためのシステム改修を進め、今期中に予定する第2フェーズではグループのファッション全ブランドの参加やミックスコーデの発信に加え、アプリなど付随するサービスをスタートする予定だ。
コーデ画像はスタッフスタートの投稿を利活用しており、手間はかからない。現状、スタッフスタートを利用しているTSIグループの販売スタッフは900人程度だが、「ナノ・ユニバース」の対応スタッフ拡充や導入ブランドの増加などによって数千人規模に増やしていく。