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2018.04.19

経験価値マーケティング【入門編】消費者の思い出に残るブランド体験を

 

経験価値マーケティング(Experiential Marketing)とは、インタラクティブなブランド体験を通して消費者との関係性を構築するマーケティング手法である。

従来のマーケティングが一方的にブランドや商品のベネフィットを幅広いオーディエンスに向けて発信するのに対し、経験価値マーケティングはブランドやプロダクトのコアバリューが凝縮されたオフライン空間の中で、消費者と一対一のパーソナルなコミュニケーションを行うことに焦点を当てている。

そして、忘れられないブランド体験を提供し、消費者と感情的な繋がりを持つことによって、カスタマーロイヤリティーを構築し、顧客生涯価値を上げることを究極的な目的としている。

アプローチ方法の例としては、下記のものが挙げられる。

  • ポップアップストア
  • インスタレーション
  • ブランドの世界観に没入できるVR体験
  • インタラクティブな屋外広告
  • 最新テクノロジーを使った実験的体験
  • アートプロジェクト
  • オフラインのゲーミフィケーション体験

経験価値マーケティングの正攻法というものは存在しない。しかし、成功する経験価値マーケティングは、五感を駆使し、忘れられない体験に消費者に浸らせる仕組みを取り入れている。

 

なぜ今、経験価値マーケティングなのか?

 

1) 経験に価値を置くミレニアル世代

イベント・プラットフォームを運営するEventbriteが全米のミレニアルズ世代(1980年から1996年に生まれた、2018年現在で22歳から38歳の層)を対象を行った調査によると、この世代は経験を非常に重視している。さらに、彼らのイベントに対して使うお金と時間は年々増えているという。コンサートから、ネットワーキングイベント、フェス、スポーツイベントに、体験型アート、文化体験など、彼らはありとあらゆるイベントに参加する。

この世代にとって重要な価値観である、「ハッピーで充実した人生を送る」という目的のもと、様々なイベント通して思い出を作り、仲間と共有しているのだ。回答者のうち78%、すなわち4人に3人が欲しいものを買うより理想的なイベントに対してお金をつぎ込むと回答している。また55%のミレニアルズ世代は、イベントや経験に対して今までにない程にお金を使っている。

さらに82%のミレニアルズ世代が、過去1年以上になんらかのイベントに参加しており、その割合は彼らの上の世代よりも12%も高くなっている。にもかかわらず、72%のミレニアルズ世代は、今後イベントに使うお金をもっと増やしたいと思っている。ミレニアルズ世代は、とにかくイベントが大好きなのだ。

 

2) スルーされ続ける広告

消費者はいまだだかつてないほどの量の広告を浴びている。デジタルマーケティングの専門家による調査によると、平均的なアメリカ人は一日4,000から10,000の広告もの広告に触れているという。多すぎる、と感じるかもしれないが、自分の1日の生活スタイルを一度思い返して欲しい。

朝起きて一番に確認するソーシャルメディア上の広告やインフルエンサーによるスポンサードポスト、通勤途中に見る屋外広告や電車内広告、Eメールの受信箱に送られるブランドやお店からのニュースレター。

そして、仕事上のリサーチに使用するGoogle検索結果(Adwords広告)、ディナーのレストランを探すためにチェックをするレビューサイトの広告、自宅郵便受けに溜まったダイレクトメールの山、癒やしを求めてたどり着いた猫がじゃれるYouTube動画の前に自動再生される動画広告。

最後は、寝る前に再びソーシャルメディアを開き、目にする広告....一日をざっと振り返っただけで、いかに我々の生活が広告に囲まれているかを、再確認することができる。

しかし、消費者はこれらの広告を覚えているだろうか?そもそも、彼・彼女達は本当にこれらの広告を目にしているのだろうか?広告を強制的に非表示にする「アドブロック」機能を使っている人も少なくないし、動画であれば簡単に広告をスキップし、目的のコンテンツだけを消費することも容易だ。

一方的に商品のベネフィットを叫ぶ従来の広告では、消費者から支持を得るどころか、アテンションを得ることすら難しくなっている。従来の広告を使って、ブランドの認知を上げ、商品の魅力を伝えるには、繰り返しかつ継続的なコミュニケーションが必要となる。

その一方で、経験価値マーケティングは消費者と一対一のコミュニケーションを行うとこによって、短時間で効果的にブランドの認知やロイヤリティーを高めることできる。なぜなら、経験価値マーケティングは、五感を使ったブランド体験を提供し、感情を刺激し、長期的な記録として残る思い出の中に自然に入りこむことができるからだ。

学生時代の楽しい思い出は、大人になった今でも詳細を覚えているように、ブランディングされたエキサイティングな体験ができれば、消費者はその記憶をポジティブなブランドイメージとともに記憶する。そして、いざ消費者がブランドのサービスや商品が必要な場面に遭遇した際に、一番にそのブランドのことが記憶のなかで喚起されるのだ。

3) FOMOと#インスタ映え

FOMO(fear of missing out)とは、友達が参加している楽しいイベントに自分が参加しそこなってしまうことを恐れる感情のことである。友達の体験がソーシャルメディアで簡単に覗けるようになった今、多くのミレニアルズ世代がこの感情に振り回されている。

また、FOMOと切っても切り離せない関係にあるのが、インスタ映えである。なぜなら、クールな体験には「証拠写真」が必要だからだ。逆も然りで、友達が羨望するような写真や動画をソーシャルメディアに投稿するために、クールなイベントに参加をする必要がある。

このFOMOとインスタ映えへの執着が、ユニークな体験を提供するイベントへとミレニアルズ世代を呼び込み、新しいことにチャレンジさせ、ソーシャルメディアでのシェアを促すのだ。彼らはフォトブースだけではもはや満足できず、インスタ映えする新しい体験を求め続けている。

 

Glossierポップアップショップの成功と失敗

経験価値マーケティングの形態は様々であるが、btraxがオフィスを構えるサンフランシスコでは、ポップアップストアが多く登場する。そのなかでも、アメリカのミレニアルズ世代からカルト的な支持を得ているオンライン発D2CコスメブランドのGlossierが、期間限定のポップアップカフェをオープンしたということで、早速足を運んでみた。

場所はオシャレなカフェやブティックが立ち並ぶミッションエリアの少し外れ。バターミルク・フライドチキンサンドイッチが人気のカフェ「Rhea Cafe」とコラボレートしたこのポップアップストアは、お店全体がGlossierカラーである「ミレニアルピンク」で染められている。

現在ニューヨークに1店舗ショールームがあるのみで、西海岸でGlossierの商品を試すことができるのは、このポップアップカフェのみということで連日大盛況。筆者が訪れたのは平日であったにもかかわらず20分待ち、週末となれば1時間待ちもざらだという。

Glossierのコスメのテクスチャを背景に「HAVE A NICE DAY」と書かれた外壁一面のペイント、パステルピンクで塗られた店内の壁、スタッフがユニフォームとして着用しているピンクのつなぎ、カウンター席を改造したドレッサー等...どこをとってもインスタ映えするものばかり。そして、その世界観はGlossierのオンラインストアやソーシャルメディアから配信されるもの、そのまま。

心躍るキュートなインテリアを目で楽しみ、普段は試すことができないコスメを試し、スタッフからアドバイスをもらい、新発売の香水の香りを楽しむ。まさに、五感をフル活用したブランド体験である。

その一方で、残念な点も少なからずあった。まず、フライドチキンの香りがブランドのイメージに合っていないこと。

コスメと飲食という意外なコラボレーションを賞賛する声もある一方で、店内に漂うチキンの匂いがGlossierのガーリーな世界観と合っていないように思えた。チキンの匂いではなく、新発売の香水の香りが店内に漂うことを期待していた。

また、入場制限をしていたにも関わらず、店内は大混雑。コスメを試すだけでなく、店内でイートインをすることも出来るので、メイクをしている人と食事をしている人が混在している状況であった。

経験価値マーケティングは、ブランドやプロダクトのコンセプトが凝縮されたオフラインの場において、消費者の思い出に残るパーソナルな体験を提供することに尽きる。見て、聴いて、嗅いで、触って、感じて、体を動かして、時には頭を使わせる....オフライン環境だからこそ実現可能な五感を活かした体験を提供し、ブランドの世界観を表現することが重要である。

このポップアップの最大の目的は、Glossierの世界観の中でコスメを試すことであるはずなのに、飲食というイベント追加することで、本来の目的を阻害している感が否めなかった。

Uberやairbnbの成功から分かるように、消費者が商品から体験に対して価値を置きつつある今、マーケティング手法としてのみならず、ビジネスにおける全ての側面においてユーザーを起点とした体験をデザインすることが重要となっている。

例えばbtraxが日本のクライアント様のアメリカ展開をお手伝いする際には、まず多角的な視点を持ったユーザー・市場リサーチから始め、対象となるユーザーを徹底的に理解した上で、オンライン・オフライン双方を使ったブランド体験作りを行っている。

今回ご紹介した経験価値マーケティングも、上記で紹介したユーザーの価値観と行動を変化を前提として行うマーケティング手法である。もしあなたのターゲットユーザーがそれらの価値を保有していない、もしくはそのような行動をとらないのであれば、せっかく経験価値マーケティングを行っても、望んだ通りの結果は見込めないだろう。まずは、ユーザーを正しく理解し、彼・彼女たちにとって、最も響く体験を提供することが重要である。

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