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2017.12.27

【2017年】社会への問題提起を行ったブランドプロモーション4選

 2017年ももう残りわずか。今年はどんな1年でだっただろうか。今回の記事は、2017年をブランドプロモーションの観点から振り返り、今年注目を集めた4つのプロモーションをご紹介したい。キーワードは”社会への問題提起”だ。

Heineken:飲んで、語って、新しい世界を広げよう

 日本で放送されているビールのCMと言えば、芸能人が「ゴクゴク」と音を立てながら美味しそうにビールを飲み干すというのが一般的ではないだろうか。しかし、オランダのビール製造会社であるハイネケンが打ち出した広告は従来のCMとは全く違うアプローチであった。

一緒に作業をしたパートナーが実は自分と全く異なる思想を持っていたら?

 “World’s Apart”と名付けられたこの動画広告に登場するのは3組の2人組。それぞれフェミニストと反フェミニスト、環境活動家と温暖化懐疑者、そしてトランスジェンダーとトランスフォビアといったというように正反対の思想を持っている者同士

 最初はお互いの思想について一切知らされることなく、2人はスピーカーからの指示に従い共同作業を行っていく。次第に打ち解けていき会話が弾むようになってきた2人であったが、あるタイミングでお互いの思想がVTRによって明かされる

 先ほどまで仲良く作業をしていた相方が自分と正反対の思想を持っていると知り、困惑する2人。そこで最後の司令としてアナウンスされるのが、「この場を退場するか、ビールを飲みながら話し合いをするか、どちらかを選んでください」というもの。最後に彼らが下した決断は話し合いをし、お互いの意見を聞き合うことだった。

[embed]https://youtu.be/8wYXw4K0A3g[/embed]

 今年の4月20日に公開されたこの動画は瞬く間に反響を呼び、わずか8日間で3,000,000 view を達成。現在までに14,605,509 回再生されている。

2017年の大ベストセラー:サピエンス全史

 このCMを視聴して頭を過ぎったのが、2017年に出版されベストセラーとなった”Sapiens”。日本でも「サピエンス全史」との邦題で発売され、読まれた方も多いではないだろうか。

 全編を通して非常に興味深い内容だったのだが、このCMを見て思い出したのが特に、「(ホモ)サピエンスは認知科学以降、遺伝子や環境の変化をまったく必要とせずに新しい行動を後の世代へと伝えていった」という一文。一見当たり前にも聞こえるが、生物学の視点から生物全体の行動を見渡してみると、これがいかに特異な特徴であることに気が付く。

 例えば、DNA的に人間と似ているチンパンジーにもこれは起こり得ない。本文の言葉をそのまま借りれば、「一般に、遺伝子の突然変異なしには、社会的行動の重大な変化は起こり得ない。... チンパンジーのメスが、親戚のボノボから教訓を得てフェミニスト革命を起こすことはありえない。 … 行動におけるそのような劇的な変化は、チンパンジーのDNAに変化があったときにしか起こらない。」のである。

sapiens

(↑「2017年に読んだおすすめの本は?」と聞かれたらこの本を勧める。まだ読まれていない方は年末年始の休みにぜひ。)

物語を語り、共感し、信頼し合う力

 しかし、私たちサピエンスはチンパンジーとは違い、行動を変えるのに環境因子も遺伝子要因も必要としない。では、どのように行動を変化させるのか。本の中でその理由としてあげられているのが「物語を語り、共感し、信頼し合うこと」である。

 このCMの最後で映し出される正反対の思想を持つ者同士がビールを飲みながら語り合う姿。その光景に私たち人間だけが実現出来る、DNAでも環境因子でもなく物語を語ることによる行動の変化への期待を抱かずにはいられない。

参考: サピエンス全史
関連記事: ストーリーこそがブランド価値の源泉である

Burger King:AI時代の炎上マーケティング

burgerking_googlehome

 ”AIの時代が来た”。2017年は何度もこのフレーズを耳にする年になった。多くの会社が投資を加速させる中、データの蓄積量という観点で見れば、先頭を走っているのはGoogleだろう。そんなGoogleのAIを呼ぶ際に使うフレーズといえばもうおなじみの、”Ok, Google”。この魔法の言葉を利用し、AI時代における炎上マーケティングを行った会社がある。それはアメリカのハンバーガーチェーンBurger Kingだ。

 問題となっているのはBurger Kingのメイン商品であるワッパーバーガーの宣伝のために作られた15秒のこの動画。

[embed]https://youtu.be/t7Krn-DH3tw?t=19s[/embed]

 動画の中でBuerger Kingの従業員は、15秒でこの商品の魅力を伝えるのは短すぎることを語る。そしてカメラを呼び寄せ、「Ok Google, ワッパーバーガーってなに?」と言い放ち、そこで動画は終了する。

Google Homeが”勝手に”喋り出す

 ここからの体験は2つのパターンに別れる。もし視聴者がGoogle Homeを持っていなければここで広告は終了。持っていた場合には驚きの"続き”を楽しむことが出来る。

 その続きの広告とはCMの中で彼の”OK, google”に反応して喋りだす自宅のGoogle Homeのこと。「Wikipediaによると、ワッパーバーガーは添加物の入っていない、100%牛肉で作られたパティを直火で焼いたものに、トマト、玉ねぎ、レタス、ピクルスを載せ、ケチャップ、マヨネーズと一緒に、ゴマ付きのバンズでは挟んだバーガーのことです」と、15秒ではとても伝えきれない、細かい情報を自宅のGoogle Homeから聞くことが出来る。

スマートホームIoTの危険性

 2017年に普及率が爆発的に高まったものと言えば、Amazon Alexaを始めとするスマートホームIoT。それを上手く利用したユーモアのある面白い広告である。しかし、同時に音声インターフェイスが潜在的に持っていた危険性を顕在化させてしまったとも言えるかもしれない。2018年以降、どのように進化していくのか期待したい。

VETEMENTS:アパレル業界の抱える問題を”衣服の山”で表現

 世界でも有数のブランド街を挙げる上で外せないのがニューヨークの5番街。 マンハッタンのど真ん中に位置するこの通りは世界中の名だたるブランドが店を構えている。その中でも一際目を引くのが、ラグジュアリーデパートSAKS FIFTH AVENUEである。大きなウィンドウディスプレイには季節に応じた、きらびやかな装飾が施され、毎シーズン必ずディスプレイをチェックしに行くというファッション関係者達も多い。

 そんな世界中から注目の集まるこのウィンドウで、2017年の7月に常識覆すディスプレイを行ったブランドある。それが今年最も注目を集めたフランス発ブランド、「VETEMENTS」である。彼らがディスプレイすることに決めたのは「無造作に積まれた衣服の山」であった。

vetements_saks_window
Photo : Michael Ross

ファッション業界の過剰生産問題に対するアンチテーゼ

 ブランドの世界観を全世界に伝えられるこの絶好の機会に、彼らから世界中のファッション関係者達へと放たれたメッセージは「ファッション業界の過剰生産に対する問題提起」だったのだ。↓はディスプレイと同時に投稿されたInstagramの投稿とその内容の日本語訳である。

vetements_instagram

(Vetements Official Instagramより)

 ”ほとんどのブランドがゴミを作っています。在庫の山がアウトレットや倉庫に積み重なり、誰にも購入されないことが多い。偽りの数字を追いかけ、安定した成長の報告の為に、この業界は過剰生産という問題から目をそらしています。Saksはこの問題について話合う機会をこのメインウィンドウを通して提供してくれました。私たちは少ないことが豊かになる場合もあるということに気付く必要があります。

仕掛け人は2017年最注目のデザイナー

Demna GvasaliaPhoto: HYPEBEAST

 このVETEMENTSを率いているのがDemna Gvasalia (デムナ・ヴァザリア)。2017年最も注目度の高かったファッションデザイナーを1人と教えて欲しいと言われれば、ファッション関係者の多くが彼の名前をあげるだろう。

 Alexander WangからBalenciagaのクリエイティブディレクターも受け継いだ彼は、2017年の第三四半期において、Gucciを抜き、同ブランドを最もホットなブランドへと押し上げるのに成功。彼の影響力は徐々に一般の人にも伝わってきており、近年ファストファッションブランドの”コピー”の標的になっているのは彼の作り上げた特徴的なシルエットであることは近くのショップに行ってみれば明らかだ。

参考:Fashion’s Hottest Brands and Top Selling Products in Q3

 毎年最先端のトレンドを発表するキラキラした舞台のばかりが取り上げられがちなアパレル業界。しかし、その裏側には”伝統”を振りかざし、時代遅れのシステムが隠れていることも少なくないのが現実である。彼がディスプレイを通して発信した”過剰生産問題”もそのうちの一つ。2018年に彼がどんなアンチテーゼを行うのか、目が離せない。

関連記事:Direct to Consumer (D2C) 躍進の理由と大企業のジレンマ

Apple:『iPadが示す”コンピューター”の未来』

apple

 Appleといえば、毎年オシャレでカッコ良い広告を出す会社の一つ。先月iPhone Xの発売を開始し、大きな話題になったことも記憶に新しい。しかし今回はそのスマートフォンではなく、彼らが今年から発表したタブレット端末のCMに注目したい。先日公開されたばかりの iPad ProのCMである。

[embed]https://youtu.be/sQB2NjhJHvY[/embed]

 動画の中で切り取られているのはiPad Proを使いこなす少女の日常。特徴的なのは決して机の前には座らないこと。芝生や階段、時には木の上でタブレットを使用する様子が描かれている。
 その中でも注目したいのは最後の10秒の間でかわされる親子の会話だ。

What are you doing on your computer?

What’s a computer?

 たった10個の単語で構成される会話のキャッチボール。しかし、ここにAppleが考えるコンピューターの未来が隠れているのはないだろうか。

1991年に執筆された論文:”21世紀のコンピューター”

 この動画を見た時、頭に過ぎったのは1991年に執筆されたXerox のパロアルト研究所のマーク・ワイザーによる論文、「21世紀のコンピューター」だった。彼はこんな書き出しで読者の心を未来予想の世界へと引き込んでいく。

「最も革新的なテクノロジーとは消滅するものである。日常生活に溶け込こんでいき、次第に生活の一部として当たり前の存在となる 」

 この2文で始まる彼の思い描くコンピューターの未来の姿。さらに、彼はその姿を表現する重要な言葉として「ユビキタス・コンピューティング」という言葉を提唱し、このような意味を与えた。

 「人間に深く浸透している技術とはもはやその存在を感じさせない。…『筆記』という記憶を凌駕する技術をもはや技術だと思わなくなったように。 … 私の提唱する『ユビキタス・コンピューティング』とはただビーチにノートパソコンを持って行けるようになることではない。… コンピューターの存在を『意識しなくなる』と言っているのだ」

関連記事:今さら聞けないユーザーインターフェイス (UI) の基本

VRでもARでもなく、iPadにだからこそ感じるこれからのコンピューターの未来

 彼の未来予想図と現在の世の中を比べてみるとどうだろうか。2017年のテクノロジー業界において、バズワードして飛び交ったVRとAR。しかし、これはマーク・ワイザーが思い描いていた世界とは異なる。特別な道具を装着して初めて体験出来る世界とはユビキタス・コンピューティングとはまさに正反対の場所に位置すると言えるだろう。

 では、そんな彼の思い描く世界を実現し得るどんなデバイスなのか。ラップトップにもVRにもARにも抱けない可能性を、このiPad Proからは感じることが出来るのではないだろうか。

コンピューターが人間の生活に”溶け込んだ”世界

 「『筆記』という技術」と同じように、やがてコンピューターも人間に深く浸透し、やがて生活に溶け込んでいくだろう。そうなれば、人間はコンピューターの存在を意識することなく、まるで自分の能力が拡張されたかのような錯覚に陥ることになる。

 それは丁度、この動画の中少女が草むらの中で見つけた虫を写真に撮りその上に落書きをしていたのと同じような感覚だろうか。カメラではなくiPadで写真を撮り、ボールペンではなくApple Pencilで落書きしている彼女に、コンピューターを使っている意識は全く無いだろう。

iPad_pro

 遠くない未来に待っているであろう、コンピューターが私たちの生活に完全に”溶け込んだ”世界。Appleによる未来予想図がこの動画によって表現されているようでならない。少女がiPadを持って街を駆け回る世界。そこでは”コンピューター”なんて言葉は時代遅れになっているかもしれない。だから、この動画のタイトルは”What's a computer”なのである。

参考:The Computer for the 21st Century

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