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2024.06.25

【2025春夏パリメンズ ハイライト1】独自の方向性を追求し続けるビッグメゾンとクリエーターたち

写真左から「ルイ・ヴィトン」「ディオール」「ロエベ」「ドリス ヴァン ノッテン」

 

 2024年6月18日から23日まで開催された、パリ・メンズコレクション。各ブランドはパリ各地で創意工夫を凝らしたショーを行った。

 

 主催するオートクチュール組合が発表した今季の公式カレンダー上では、69のブランドが参加し、前シーズンよりも4ブランド減り、1年前の同時期から減少傾向が続いている。その内、実に15のブランドが日本勢で、日本のブランドの増加傾向は強まりつつある。

 

 パリは7月末からのオリンピック開催を控え、各所で工事が行われ、駅や道路の閉鎖により、不便を強いられるかと危惧されたが、コレクション会期中にほとんど影響を受けることなく終わった。先の欧州議会議員選挙の結果を受けて、マクロン大統領は国民議会の解散を決定。それにまつわる反対表明のデモ行進が盛り上がると思われていたが、バカンスムードが漂い始めるタイミングと重なったため、大きな混乱はなく会期は終了。そして、日本の梅雨のように高温多湿となるこの時期の気候も、会期中は涼しい毎日で、これまでに無く過ごし易いメンズコレクションとなった。

 

 トピックは、今年3月に退任を発表したドリス・ヴァン・ノッテンによる最後のコレクションが何よりも筆頭となるだろう。2018年にスペインのラグジュアリーグループ、プーチに買収されて以来流れが変わり、コロナ禍のムービーによるコレクション発表を強いられた時期には、フィジカルなショーの発表を取りやめる可能性も示唆していたヴァン・ノッテン。個人のデザイナーが独立してコレクションを発表し続けることの難しさを、身をもって見せてきていた。

 

 退任の発表については、ファッション業界に大きなショックを与えながらも、多くの関係者がヴァン・ノッテンの決断に納得したに違いない。良心と誠意とを持って美しいクリエーションを発信し続け、バッグや香水にほとんど頼らず、服による勝負を最後まで挑んだファッションデザイナーが表舞台から去る。全面的ではないものの、今後ビューティーのディレクションやブティックの内装・コンセプトには関り、コレクションについてもアドバイザー的な立場を取るとのことだが、ヴァン・ノッテンのコレクションを心の拠り所にしてきたファッション業界人たちは、暫くの間大きな喪失感に苛まれるに違いない。

 

ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)

Courtesy of Louis Vuitton

 

 地球に共生する人類を讃えた、ファレル・ウィリアムスによる「ルイ・ヴィトン」。文化を通じて人類を平和に結び付けるという目的を掲げる、ユネスコ本部を会場にコレクションを発表した。

 

 「ルイ・ヴィトン」のグローバルなメンタリティが持つ団結力や統一精神について考察し、「LE MONDE EST À VOUS(世界はあなたのもの)」のスローガンを様々なアイテムに散りばめている。世界を飛び回る旅行者やパイロット、外交官など、旅人をイメージして彼らの装いを創造した。

 

 クリスタルを刺繍したファージャケットや、スネークスキン風の微細なダミエモチーフの刺繍ジャケットといった煌びやかなアイテムから、パールで縁取ったパジャマ風セットアップやサッカーボールを思わせるスポーツウェアまで、TPOに合わせたバリエーション豊かなアイテムで構成。細部に渡って職人の手仕事を反映させたものとなっている。

 

 一見するとオーソドックスでシンプルなシルエットのルックは、その実、複雑な手作業によって成立している。遠くで見るのと近くで見るのとでは、見え方が異なるということから、地球をズームアウトしたマクロな視点という概念が生まれ、遠くから見ると単一の色調でも、近くで見ると異なることから、肌の色合いのニュアンスの考察に繋がったという。様々な肌の色合いを服に反映させるという新しいヴィジョンを加えることで、コレクション自体に厚みと深遠さを持たせていた。

 

ディオール(DIOR)

Courtesy of DIOR

 

 ヴァル・ドゥ・グラスを会場にショーを行った、キム・ジョーンズによる「ディオール」。ランウェイには南アフリカの陶芸家ヒルトン・ネルによるオブジェを設置し、クラフト感を強調しながら、「ディオール」の持つ技術力を駆使し、同時に実用性と機能性を追求した。BGMは、オルゴン放射器「クラウド・バスターを開発したヴィルヘルム・ライヒに着想を得た、ケイト・ブッシュによる「Cloudbusting」のライブバージョン。

 

 シルエットは陶芸の手法を参考にし、彫刻的でありながらも実用性を加味。上質な素材をあしらった、ワークウェアの機能を持たせたアイテムは、オートクチュールで見られるカッティングの技術を用いて美しく仕上げられている。1958年時に在籍していたイヴ・サン・ローランによる未発表スケッチが最近発見され、今季はそれを元に実際にコートを作成。時代を問わないクリエーションを披露した。

 

 遊び心・子供心溢れるアニマルモチーフは様々なアイテムを彩り、ヒルトン・ネルの陶芸作品の世界観は陶製の留め具にも現れ、コレクション全体を明るくオプティミスティックなものにしている。

 

 最高級の素材によって仕立てられたアイテム群は、シリアスかつプレイフルなモダンウェアに仕上げられ、そこはかとない優美さが漂う。それは「ディオール」の持つ偉大なる遺産に裏打ちされたもの。そんなことを強く印象付けたコレクションだった。

 

ロエベ(LOEWE)

Courtesy of LOEWE

 

 毎シーズン、新しいボリュームとフォルムにこだわり、心地良い違和感で見る者を圧倒してきたジョナサン・アンダーソンによる「ロエベ」。今季も革新的なアイデアを次々と披露し、驚きの連続となった。フランス共和国親衛隊宿舎内の馬術練習場を舞台にショーを開催。

 

 ランウェイにはピーター・ヒュージャーによるパンプスの写真、チャールズ・レニー・マッキントッシュによるコート掛け、スーザン・ソンタグの本など、5名の作家作品が置かれている。互いに何の関連性も無いが、静かなる過激さをもって仕事を追求した人々の手によるもの、という共通点をアンダーソンは見出し、舞台上にドラマ性を持たせた。

 

 特にテーマ性を設けずに、見る者の感覚を限定せず各自の解釈に委ねるとした今季。トップスとボトムを一体化させたトロンプルイユのルックは前シーズンから続いているが、それを裏切るかのように、一体化しているように見せたセパレートのルックも登場。ベルトが一体化したトップスと、ベルトが固定されたパンツのセットアップがそれで、アンダーソンの突飛なアイデアにまんまと騙された者が多かった。

 

 ワイヤーで固定したコートや、金属のフレームで固定したニットとレザーのボンディングの上下、フェザーでハウンドトゥースを表現したトップス、スカートのようなボリュームを見せるニットパンツなど、コレクションは全く整合性の無いアイテムで構成されている。しかし、各アイテムは静かなる過激さをまとっており、全体に統一性を持たせた圧巻のコレクションだった。

 

ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)

Courtesy of Dries Van Noten/Photo by GORUNWAY

 

 本コレクションが最後のディレクションとなったドリス・ヴァン・ノッテン。38年のキャリアで150回目のショー。会場は、ランウェイ代わりのテーブルでディナーが提供され、多くの人々に記憶される2004年の50回目のショーが行われた、パリ郊外クルヌーヴ市の工場跡。

 

 ハイダー・アッカーマン、ピエールパオロ・ピッチョーリ、アントワープ王立アカデミーでドリスを指導したリンダ・ロッパ、同窓生のウォルター・ヴァン・ベイレンドンク、ダイアン・フォン・ファステンバーグなど、関係者が大挙して集結。

 

 ショー前に立食パーティが催され、22時過ぎにカーテンが開き、巨大なショー会場が現れた。ランウェイには銀箔がひらひらとゆらめき、モデル達が歩く度に宙に舞う。それは国立高等美術学校(ボ・ザール)を会場にショーを行っていた時代の、金箔が敷き詰められたランウェイを彷彿。またジャケット類を彩る重厚な金属モール刺繍は、オペラ座で発表されたコレクションを想起させ、過去のイメージの断片がフラッシュバックする。しかし、懐古趣味になることはなく、新しいファブリックやシルエットの追求を続け、前進する姿を印象付けた。

 

 今季は、特に墨流しのテクニックに焦点を当て、ジャケット類を仕立ててから京都の工房に送り、墨流しの作業を行っている。モチーフは花火をイメージさせる花。実際に墨流しを施されたアイテムは、前面のみにモチーフが彩られ、バックサイドは無地。その墨流しのモチーフをプリントとして起こした生地によるアイテムは、シャツなどで展開。中心となっていたテーラードは、時間の経過を表現するために、プリーツ加工や淡く引っ掻いたようなソフトなダメージ加工を施している。生地は厚みのあるものから極度に薄くてシアーな素材まで、バリエーションを揃え、シャイニーだったりマットだったり、様々なコントラストを見せている。これまで通り、手仕事の価値、素材や色の美しさを証明するコレクションとなった。

 

 全69体。感動的なフィナーレを迎え、ヴァン・ノッテンがバックステージに戻ると同時に、ドナ・サマーの「I Feel Love」が流れ始め、天井までの巨大なミラーボールが現れた。圧倒される観客達に涙を流す隙を与えない。それは招待客への気遣いであり、ヴァン・ノッテンらしい優しさでもある。見事な幕引きだった。

 

取材・文:清水友顕(Text by Tomoaki Shimizu)
画像:各ブランド提供(開催順に掲載)

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