PICK UP
2014.05.02
【宮田理江のランウェイ解読 Vol.17】2014~15年秋冬バンクーバー・ファッションウイーク
宮田理江のランウェイ解読 Vol.17
バンクーバー冬季五輪が開催されたことでも知られるカナダのバンクーバー市で3月18~24日、「Vancouver Fashion Week(バンクーバー・ファッションウイーク、以下VFW)」が開催された。アジアや中東、中南米からの移民が多く、コスモポリタンな土地柄を映して、VFWは参加デザイナーの顔ぶれが人種、国籍ともに多彩。新鋭デザイナーが比較的多いことも手伝って、全体にミックスカルチャーで挑戦的なコレクションとなった。
「地元バンクーバー在住のデザイナーが立ち上げた「Evan Clayton」はゲームソフト「ファイナルファンタジー」シリーズのキャラクターデザインで知られる天野喜孝氏から着想を得た作品をランウェイに送り出した。アートとファッションの融合を目標に掲げるブランドらしいアプローチだ。ひじから先にクラシックなふくらみを持たせたブラウスや、ドレーピーなボウタイ・ワンピースを披露。マントのような肩掛けロングジャケット、全身をハーネスでがんじがらめに縛ったような装いなど、アニメやゲームの世界を連想させる作品も提案した。
「Connally McDougall」は鮮烈なレッドを利かせた。デザイナー本人が「赤が好き」と言うだけあって、赤のワンピースやスカート、パンツを投入。ブラックと響き合わせた。デザイナーは英国の名門ファッション校、セントラル・セント・マーチンズで才能を磨いた実力派。不ぞろいな打ち合わせのジャケットや、際どくセクシーな透け具合のシースルーなどにセント・マーチンズ出ならではの踏み込んだクリエーションを感じさせた。
日本から唯一の参加となった高橋悠史氏(文化服装学院卒)の「Yuhshi Takahashi」は今回がデビューコレクション。手染めの技法も取り入れた白と黒のモノトーンでコントラストを際立たせつつ、布の表情で動きを出した。折り紙を思わせる、ドレープやカッティングに凝ったコスチュームクチュール的な作品を披露。コットンをベースに穏やかな風合いを目に残しながら、ウールやレザーなどの異素材をミックスし、背中側にも変化を持たせていた。
日本の漫画やアニメーション作品が好きだというデザイナーが率いるのは、パリから参加した「Pierre Renaux」。ストライプをキーモチーフに使いながら、入り組んだ造形の服を組み立てた。まるでトロンプルイユ(だまし絵)のようにパーツが立体的に交差。未来感覚を漂わせた。デザイナーはフィナーレにアニメ『美少女戦士セーラームーン』のTシャツを着て登場。アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の大ファンだそうで、クリエーションの端々にジャパニメーションへのまなざしがうかがえた。
(左から)Nadia+Zehra/Takaokami
英国から参加した「Nadia+Zehra」のデザイナーは双子の女性。イタリアのフィレンツェ市にあるファッション校、ポリモーダ(Polimoda)を2013年に卒業したばかりというまだ生まれたてのブランドだ。カラーリッチな作品がランウェイを色めかせた。全身から極彩色のフェザーが飛び出したようなコートや、トライバル配色のポンチョ風アウターなどは10を超える色数が目を惹く。くどめの色使いでキッチュ感を出した。複雑なレイヤード(重ね着)、過剰なペプラムなどにも、若々しいチャレンジスピリットをみなぎらせていた。
「Takaokami(タカオカミ)」は北欧デンマークのEmma Jorn氏が手掛ける、レインウエアに特化したブランドだ。防水・耐水仕様でありながら、ドレープやシルエットでエレガンスを感じさせるレインドレスはこれまでにない発想。自転車にまたがったモデルがレインスカート姿で現れた。ブランド名は日本神話に登場する雨や水の神様の名前から取られている。デザイナーが東京を訪れた際、日本のレインルックの豊かさにインスピレーションを得て2010年にブランドを立ち上げた。北欧出身のデザイナーが日本で発案し、カナダで発表するという不思議な縁に、バンクーバーらしいボーダーレスを感じた。
ブラジルの「Martins Paulo」はスポーティーでコンパクトなシルエットを打ち出した。つややかなシャイニー生地を多用。自然の風景をプリント柄に取り入れ、ネイチャー感もまとわせた。秋冬シーズンなのに、ベアショルダーやスリーブレスが多かったのも、南米らしいスタイリングと映った。ミニマル気味のカッティングと、ダイナミックなランドスケープモチーフが交錯して、アクティブな女性像を印象づけた。
地元バンクーバーのクチュールブランド「Grandi’s Atelier」は、ちょっと古風な風情と職人技の手仕事を持ち味とする。チェス盤を連想させる黒と白の市松模様を、ファートップスやティアードパンツにあしらい、クラシックなエレガンスを薫らせた。アールデコに通じるタイトなシルエットのワンピースで仕立てのよさを証明。色を白と黒に絞り込んで、テイラーリングの確かさを強調した。クチュールハウスらしい丁寧なニードルワークがレディーの品格を寄り添わせていた。
南米ペルーから参加した「Noe Bernacelli」は、官能的なクチュールドレスで来場者を酔わせた。透ける薄手生地と繊細な刺繍柄を組み合わせ、優美なトランスペアレントドレスを仕立てた。ヌーディーな色を軸に据えて、ノーブルな着姿に導いた。光沢を宿した生地では、情熱的なレッドを用いて、気高く妖艶なドレスルックに仕上げている。ドレス裾には太ももあたりまで深くスリットを入れつつ、本格的な社交シーンに耐える貴婦人の装いにまとめ上げた。
インドの2人組がデザイナーを務める「Parvesh and Jai」は、コスチュームデザイナーの経験も持つ創り手らしく、オペラの出演者が着てもよさそうな豪奢でシアトリカルな装いを重ねた。黒をベースに、ゴールドの刺繍を贅沢にあしらったバロック感覚のドレスが次々と登場。マハラジャ(領主)を思い起こさせる、絢爛豪華なランウェイとなった。まばゆい黄金色やシャンパンゴールドののロングドレスがインド流のリッチリュクスを歌い上げる。金糸の刺繍があでやかなボレロ、たっぷり幅のハーレムパンツもシルクとゴールドのまぶしいハーモニーを奏でていた。
南米コロンビア出身のデザイナーが率いるメンズ主体のブランド「ERIKO by David Alfonso」は大胆なプリント柄で攻め込んだ。レオパード柄、フラワーモチーフ、スネーク模様など、様々な派手柄でスーツを包んだ。マルチカラーのフローラル柄で埋め尽くしたスリーピースは男の色気を醸し出す。ダークカラーの細身パンツスーツには全身に白い星をちりばめた。無地スーツも紫やオレンジといったアグレッシブ色に染め上げ、ネクタイまで同色でそろえる念の入れよう。アウターの肩掛けスタイルでギャング風な貫禄をまとわせている。
韓国のブランド「Hong Kiyoung」は自己主張の強いハイストリートテイストが支持を集める。いたずらっぽいディテールが多く、一見、正統派のスーツはパンツ裾の折り返しが異常に深い。V襟プルオーバーは袖丈を完全に余らせて指を隠した。レザーのライダースジャケットは赤も用意。花柄とチェック柄が同居する無理めの柄ミックスも試みた。ショーの最後にはスーツを着た目出し帽の怪しげな男が現れ、ランウェイ中央で目出し帽を取ると、実はデザイナー本人というサプライズも仕掛けた。
参加者の国籍は15を超え、地元バンクーバー勢は半数に満たない。「バンクーバー」と銘打ってはいても、もはや地域色は薄く、むしろ世界でも類を見ないほどの多国籍コレクションとなっている。これだけのワールドワイドなクリエイターが次々と登場するランウェイは自然とインターナショナルな空気を濃くする。さらなるグローバル化の取り組みも始まり、ウイーン・ファッションウイークとの間でデザイナーの交換派遣をが決まっている。初めての交換デザイナーには「Evan Clayton」が選ばれた。
多国籍であるがゆえに、デザイナー同士が刺激し合う環境が生まれ、来場者も触発される。自国・地域のファッション振興を優先するあまり、地元に閉じてしまうコレクションが多いが、VFWはそれらとは別の道を歩む。別の国でファッションを学び、母国に戻ってブランドを立ち上げるデザイナーが増える中、国籍にとらわれないVFWの価値は高まりつつあると映る。
参加の敷居が低い点も新進のクリエイターにはありがたいところ。初のコレクションに単身で臨んだ高橋氏もVFW側から十分なサポートを受けられたと話す。バイヤーの参加人数や、会場の規模、モデルの質などは4大コレクションに及ばないものの、ボランティア主体の運営であり、ビジネスライクな仕組みではない点では、若手が腕試ししやすい環境と言える。今後はVFWでデビューして、さらにほかのコレクションで経験を積むというステップアップを選ぶデザイナーが増える可能性もあるだろう。
VFWは市民に開かれたコレクションであり、チケットを買えば誰でも会場に入れる。広く告知しているので、タクシードライバーもホテルスタッフもVFW開催を知っていた。業界人だけのクローズな催しとなっているコレクションとの違いだ。年に2度のおしゃれなイベントとして定着していて、ドレスアップして来場する常連も多い。その来場者のあたたかいまなざしも会場に独特の落ち着きをもたらしている。「世界に開かれた市民ファッションウイーク」という“グローカル”なVFWの存在は、その規模や知名度以上に貴重なものに思えた。
Vancouver Fashion Week:http://vanfashionweek.com/
宮田 理江(みやた・りえ)
複数のファッションブランドの販売員としてキャリアを積み、バイヤー、プレスを経験後、ファッションジャーナリストへ。新聞や雑誌、テレビ、ウェブなど、数々のメディアでコメント提供や記事執筆を手がける。 コレクションのリポート、トレンドの解説、スタイリングの提案、セレブリティ・有名人・ストリートの着こなし分析のほか、企業・商品ブランディング、広告、イベント出演、セミナーなどを幅広くこなす。著書にファッション指南本『おしゃれの近道』『もっとおしゃれの近道』(共に学研)がある。
|