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2018.06.08

第11回目のゲストはH.P. FRANCE社長の村松孝尚さん 「ジュルナルクボッチのファッショントークサロン」

 USEN(東京、田村公正社長)が運営する音楽情報アプリSMART USENで配信中の「ジュルナルクボッチのファッショントークサロン」。ウェブメディア「ジュルナルクボッチ」の編集長兼杉野服飾大学特任教授の久保雅裕氏が、ファッション業界で活躍するゲストを招き、普段はなかなか聞けない生の声をリスナーに届けるが、アパレルウェブでは、その模様をレポートとして一部紹介していく。第11回のゲストはアッシュ・ペー・フランス代表取締役社長、村松孝尚氏。

 

 

<前略・飯田の少年時代、多数決の話など>

 

村松:借りていたアパートが世田谷の経堂にあって、戦争で焼けなかった家で庭にバンガローみたいに家がぽつんぽつんとあって、学生が何人かいるんですね。農大に行ってる学生だとか、あっちだ、こっちだみたいな。そこの生活がすごく面白かったですね。

 

久保:面白いですね、それ。バンガロー一棟が自分の部屋なんですか?

 

 

村松:まあバンガロー一棟といったって、こうやってやったら入口から…(笑)なので、三畳で一つの家みたいになっているんですよ。

 

石田:シェアハウスですね、言ってみれば。

 

久保:そうですね、ちょっとしたシェアハウスですね。まあそんなにカッコイイもんじゃなさそうな気はしますけど(笑)

 

村松:すごくいろんな意見が出てきて、学校は学校でもちろん少しは勉強しましたけれど、やっぱりそのアパートの学生達が集まって、例えば文学について語ったりとか哲学について語ったりとか、政治的な話ってのは、ほとんど無かったと思いますけど。やっぱり哲学とか文学とか、その辺りの話がすごく入ってきて、へーって思って、面白いなと思いましたね。

 

<中略・出版社時代の話>

 

久保:魚河岸で働いたこともあるって話を聞いたんですけど。

 

村松:そうですね。起きている時間全部働こうというんで、魚河岸が朝6時から、ほんとはもっと早くからやっているんですけど、魚河岸の中にある板前さんとかに食事を出す食堂があるんですけど、そこで朝早くから。

 

久保:築地の場内?

 

村松:場内です。板前見習いで、刺身を下ろしたりとか。そのお店はアンコウの鍋で有名だったんですよ。だからそこの旦那さんっていうのはいつも朝6時くらいに行くと、アンコウの吊るしですね。ほんとに吊るして、皮はいで。すごく食べ物については、そこで勉強になりましたね。

 

<中略・ランプからアッシュ・ペー・フランスへ、横山町での買い付けの話、サンシャインシティの店の話>

石田:そんな、ランプから今や約80店舗も持ってらっしゃいますけど、どういう風に成長されていったんですか?

 

村松:たまたま表参道の駅で、昔出版社の頃に隣のアパートに住んでいたカメラマンがいて、その人とばったりあって、「村松君何やってるの?」って言うから、「今洋服屋さんやってる。ラフォーレで」。そうしたら宮島さんって方ですけれど、彼が、「僕は結婚して、パリに住んでいる」と。「家内が帽子を作っているから、村松君それ売ってよ」っていう話だったんですね。あ、面白いと思って。これで抜け出せると思って、翌週かな?もうパリに行ったんですね。で、宮島さんの所を訪ねて行ったわけですけれど。そこに、フランソワーズ・セーグルさんという女性が居て、この人がその当時のパリで、ぽつぽつ出てきているクリエイション、ほんとにダイヤモンドとか、金じゃなくて、ガラス玉だったり、真鍮の針金を巻いただけの指輪だったり、そういった新しいクリエイションに価値があるって。そういう装飾服飾雑貨の営業の元締めをやっていたわけです。で、彼女がいろんな所に連れて行ってくれて、これを買え、あれを買え、それを買えと。

 

東京・表参道の「H.P.DECO」

久保:セールスエージェントみたいですね。クリエイターさんたちの。

 

村松:そうですね。そういう市場があったわけじゃないし、針金ぐるぐる巻いたようなものを、金やダイヤと同じような値段で売るわけですから。やっぱりすごく大変だったと思うんですけど、その彼女が、そういうことを全部教えてくれて、それを私は、日本に持ってきて、それをラフォーレで出すと。本当に値段も大変な金額ですし、難しかったんですけど、ある日、マリクレールの編集者の方が、そこのお店の前を通りかかったときに、「うわ!なんでこんないいものが、ここにあるの?」っていうところから一気に雑誌に取り上げていただく事になって。どんどんそれが、新しい市場の創造っていうか、そっちの方に広がって行って。やっぱりルイヴィトンとかいろんな素晴らしいものを見てこられたお客様が、「もう少しそうじゃないものないの?」っていう、そういう時代にもある意味なりかけていた時なので、そういったお客様、それからそれを後押ししてくれる編集者の方々がいて、一気にお店が広がっていったんです。

 

久保:イエローチェアで、ある程度蓄積したお金でフランソワーズさんの言ったままに、かなり買い付けをして、これ売れなかったら大変なことになるっていうくらい買い付けをしたって聞いたことがありますけど。

 

村松:そうですね。買ってくるところまでは私の仕事だったんです。それを売るのはイエローチェアで、頑張ってやってくれたんだけど、社内でも見たこと無いものだから、バッグなんか取手もすぐ取れちゃうし、指輪も「ナニコレ?」みたいな、「こんなもの売れない」って言ってたんだけど。最初は在庫の山になっちゃうわけですね。そこで高校の同級生で、亀山という者がいまして、当時、鈴屋さんでマネージャーやって、いいポジションで仕事されてたんですけど、「ファッションってどうやるの?」って相談しているうちに、かたや在庫は溜まってくるし、「亀山さんちょっと一緒にやってよ」って引き込んで。

 

石田:じゃあ困って、立ち止まったら、周りを見渡すと誰か知っている人が居て、そういう方を引き込んで一緒にやるっていう感じですね。

 

村松:そうですね。本当にこう困ることがたくさんあるんですけど、いつも誰か助けてくれる人がいますね。

 

<中略・ヴィジョンウイークとサイモン・シネークの話>

 

久保:最後に、この番組いつもお聞きしていますが、何か若い人たちに対するメッセージを頂けますか?

 

村松:繰り返しで恐縮なんですが、今私が興味を持っているのが女性脳で考えるという事と、さっきのサイモン・シネークのゴールデンサークル、「Why」「How」「What」で考えるという、この事を是非オススメしたいですね。その人によっての「Why」は全部違うし、当たり前だし。ただ自分の「Why」はやっぱりいつも探してもらいたいですね。そういう日本に、「Why」をちゃんと持った日本人になっていって頂きたいと思いますね。

 

久保:先程、会話が噛み合わないというお話があったじゃないですか。「What」で話している人と「Why」で話している人とか。これってやっぱり同じステージでそれぞれが話をしないとダメってことですね。「Why」の話をするときは「Why」の話をしないといけないし、「What」の話をするときは「What」の話をしましょうと。でも「What」をするときにはもう一回「Why」に立ち返りましょうみたいな。そういうことが必要ですよね。

 

村松:そうです。テクニカルな事ですけど簡単な事なんですよね。これはどこの話かって、それを整理すると相手の話もすごく尊重して聞く事が出来るし、こちらの話も伝える事が出来るしというふうに思います。

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