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2024.03.23

IKITSUKE/住宅街に3店舗、「リラックスエレガンス」の提案で共感を広げる「小売り」から生まれたブランド

 京王沿線の下高井戸、上北沢、笹塚の住宅街に3店舗を展開するウィメンズセレクトショップ「IKITSUKE(イキツケ)」。大手セレクトショップでキャリアを積んだ山本幸正さん・顕子さん夫妻が「リラックスエレガンス」をコンセプトに2018年に立ち上げた。品揃えは日本ではあまり紹介されていないインポートブランドを軸に、ベーシックで上質な国内ブランドとオリジナルアイテムで構成。他には無い目利きの商品に加え、レジデンシャルエリアで都会のセレクトショップと変わらない接客、スタイリングを提供し、「地元」で支持を広げてきた。1客1客とのコミュニケーションで培った「小売り」の経験を生かし、24年春夏シーズンから自社ブランド「IKITSUKE」をスタート。「インポート×国内×オリジナル」のMDを充実させた。自社ブランドはファーストコレクションから専門店の共感を呼び、卸も順調な出足となっている。

 

レジデンシャルエリアで都会と同じ品揃えとサービスを提供

 「リラックスエレガンスなヒト・モノ・オミセを通じて、ライフスタイルを豊かにする」ことをコンセプトに2018年に創業し、コロナ下も順調にファンを獲得してきた。リラックスエレガンスとは、肩肘を張らない、心地良い、日常などを表す「リラックス」と、優美である、品がある、大人であるなどを意味する「エレガンス」からなる造語。イキツケはリラックスエレガンスを体現した服であり、空間であり、その在り方に共感し合える客とスタッフの総体と言える。イキツケ体験を通じて、心の余裕が生まれたり、こうありたいと思う自分に近づけたり、自分のこだわりを大切にできるなど、豊かなライフスタイルが実感される。そうした存在でありたいという思いがコンセプトには込められている。

 

 共同代表の山本幸正さんと顕子さんは共にユナイテッドアローズで20年以上にわたり経験を積んだ。幸正さんは販売部で店舗のマネジメント、顕子さんはMD部で服作りに携わってきた。「二人の経験を掛け合わせたら、自分たちがやりたいことができそうだね」という会話から「自分たちの意思を表現できる場」としてセレクトショップの構想が始まり、「粋な着付け」の提案で「街の行き着け」になりたいという思いを形にしたのがイキツケだ。

 

  • 共同代表の山本幸正さんと顕子さん

 「出店する立地は当初からレジデンシャルエリアと決めていました。そこに住んでいる人がいて、根づいているエリアですね。それに対して、いわゆるシティーは地元の人たちが街を盛り上げているというよりは、商業を中心とした賑わいになっています。「温かみ」という点でちょっと違う。私たちは前職で世界からお客様が来るセレクトショップの服作りや接客を担ってきました。その経験をお客様が最もリラックスできる地元で生かしたいと思ったんです。リラックスできるからこそなお関係性を育める場を作り、都会のセレクトショップのような商品やサービスを提供する。そこに可能性を感じて、自分たちが慣れ親しみ、居心地が良いと感じている下高井戸に最初の店を出し、近隣の上北沢と笹塚にも出店しました」

 

 商圏人口や競合の有無など一般的な出店戦略の客観的条件ではなく、住民が心地良いと感じている地元という主観的条件に重きを置いた出店だ。その1号店となる下高井戸店が好評を得て、21年には上北沢と笹塚にも出店した。いずれも京王沿線で、さほど距離も離れていない。となると、自店競合が気になるところだが、「店舗ごとに顧客は異なる」という。「駅は隣りでも近いけど遠いというか、地元で活動する人が多く、中には3店舗のイキツケ巡りをする人もいますが、お客様はあまり被っていません」。

 

 店舗によって品揃えを変えていることも、顧客が被っていない要因だろう。3店舗の商品構成比は現在、セレクトではインポートブランドが50%、国内メーカーのブランドが25%、オリジナルブランドは25%を占めるが、その品揃えの半分は店舗ごとに異なる。結果として、「どちらかというと、上北沢店はカジュアル、笹塚店はエレガンス、下高井戸店は個性的なものを好むお客様が多いと感じます」と顕子さん。3店舗で多様な好みに対応することで、住宅街ならではの幅広い客層の支持を得ている。顧客の年齢層は20~80代で、親子三代で来店するケースもある。

 

  • IKITSUKE下高井戸本店

  • IKITSUKE上北沢店。夕方になると現れる香水瓶のロゴマークを配した店頭幕(全店舗共通)。香水瓶は女性のライフスタイルを表す

  • IKITSUKE笹塚店

インポートを軸に国内ブランド、オリジナルでスタイル提案

 MDは、1号店の下高井戸店がある世田谷区赤堤をモデルタウンとし、そこに住まう人々をペルソナに設定して、その生活環境に合う「NEAR(ニア)」な商品をセレクトないしは作り込み、店舗ごとに編集している。商品は春夏と秋冬の2シーズンで新作を投入するが、シーズンテーマは設けず、MDテーマである「穏やかな自己主張」を服に表現し続けてきた。「他人と一緒でいいわけではない。でも、特別目立ちたいわけでもない。心地良い服、シルエットの良い服。ただのベーシックではない、穏やかな自己主張ができることがとても心地良く、とても快適。毎日がご機嫌に過ごせる」という架空の女性の独り言を「穏やかな自己主張」のフレーズに凝縮した。

 

 品揃えの50%を占めるインポートは常時15ブランドほどを展開。イタリアとフランスのブランドに特化し、プリントなど色や柄が強めのデザインを中心にセレクトしている。「日本ではあまり名の通っていない質の高いブランドを自分たちで探し、セレクトしたアイテムをブランドから直接輸入しています」とバイイングを担当する幸正さん。フィレンツェのファッションブランド「Dixie(ディクシー)」は、クラシックなスタイルに遊び心を利かせたカラフルなグラフィックが印象的だ。「Susy Mix(スージーミックス)」はボローニャ発のウィメンズブランド。フェミニンなフォルムにトレンドをミックスし、メイド・イン・イタリーで仕上げている。共に創業以来、売れ続けている。

 

  • フィレンツェのブランド「Dixie(ディクシー)」

  • メイド・イン・イタリーの「Susy Mix(スージーミックス)」

 国内ブランドも15ブランドほどを揃える。好評なのは、「habielle(アビエ)」と「ALDRIDGE(アルドリッジ)」。アビエは「アーバンリラックス、シンプル、エフォートレス」をコンセプトに、デザインだけでなくパターンもデザイナーが自ら手掛け、生地作りや縫製も国内の工場と直接やりとりしながら服へと作り上げていく。アルドリッジはクオリティーの高い素材を使い、「大人のカジュアル」を表現するニットブランド。シンプルで上質なニットアイテムは、イキツケの主力商品の一つだ。

 

  • ベーシックなデザインと着心地が好評な「habille(アビエ)」

  • ベーシックなデザインと着心地が好評な「habille(アビエ)」

  • 上質な大人のカジュアルを提案する「ALDRIDGE(アルドリッジ)」

 オリジナルでは創業時に製作したスエットが、今に続く定番となっている。「スエットのガシガシした感じではなく、ニットソーのような風合いを表現したかった」と顕子さん。薄く仕上げたフレンチテリー素材を使い、現在はクルーネックとタートルネックの長袖・半袖Tシャツ、ジョガーパンツの4型を展開している。

 

  • 創業時から定番のオリジナルのスエット

「小売り」から生まれたブランド「IKITSUKE」で、卸もスタート

 これまでのショップ運営を経て、24年春夏シーズンから「穏やかな自己主張」の表現を充実させた。自社ブランド「イキツケ」をスタートさせ、直営3店舗と今年1月に開設したオンラインストアで販売し、全国の専門店への卸にも取り組む。

 

 ブランドの卸売りについてはワールドグループのワールドアンバーと協業した。ワールドアンバーは全国の専門店に販路を持つが、近年はオーナーも顧客も世代交代が進む中でより感度の高い品揃えが求められるようになった。「小売り」をベースにオリジナルも展開してファンを獲得しているイキツケとの協業によって、各地の専門店の顧客作りをサポートするとともに、新たな取り組み先の開拓も進めていく。一方、イキツケは直営店を運営しながら、ワールドグループの生産背景や販路を活用した服作り・卸売りが可能になる。「自社のみの販売では生産ロットの関係などでできなかった服作りも追求しやすくなる」というメリットを期待できる。

 

 「昨秋、初の展示会を開催したのですが、北海道から沖縄まで予想以上に卸先が決まりました。事前にワールドアンバーの営業の方々に向けた商品説明会を実施したのですが、皆さんが熱心に耳を傾け、その後は専門店に電話を入れ、訪問もして展示会の案内をしてくださった。人を動かすのは人と言いますが、ワールドアンバーと私たちの熱が合致した結果だと思う」と幸正さん。「展示会では様々な専門店の方々とお話をしました。取引に至った先様は私たちと同じ気持ちだったんですね。店頭で小売りをしているからこその共感があって、小売りから生まれたブランド『イキツケ』を入れてくださった」と顕子さんは話す。

 

  • 24年春夏コレクションのルック。撮影は「地元」で行った

  • 24年春夏コレクションのルック。撮影は「地元」で行った

  • 24年春夏のファーストコレクションの展示会

 24年春夏物では、プレーティング天竺のカットソー、インドコットンのブラウスやワンピース、デニムのジャンパースカートとパンツ、ジャージーのリブパンツなど23型をラインナップした。一押しは「インドコットン」シリーズ。ブラウスは、ゆったりとしたバルーン袖に100年以上前の編機で編み上げたアンティークレースを施し、ハシゴレースもふんだんに使った贅沢な一品だ。裾のコード紐で着こなしの変化を楽しめる。黄、白、黒、地に模様が入ったキャメルの4色を展開する。ワンピースはストレートシルエットとバルーン袖のバランスが絶妙で、前開きボタン仕様なので羽織りとしても着用できる。白とキャメルの2色を揃えた。

 

 「カットソードレス」はもう一つの主力アイテム。綿とポリエステル複合繊維を混紡した接触冷感・速乾素材を採用し、身体のラインを拾わない立体感のあるワンピースに仕上げた。ロングとショートの2サイズで、着丈のみ8cmの差をつけることで、足首までの長めでも、やや短めでもバランス良く涼しげに着こなせる。同素材の「Tシャツブラウス」は、その名の通りブラウスのように着られるTシャツ。袖は脇が見えないよう設計され、襟はボディーと共生地で幅を細くすることでエレガンスを醸し出す。同素材のワイドパンツとのセットアップで提案する。

 

  • 24SS IKITSUKEビジュアル主力アンティークレースブラウス インドコットンを使ったアンティークレースのブラウス

  • アンティークレースのブラウスのカラーバリエーション例

  • アンティークレースのブラウスのカラーバリエーション例

  • 今季の主力の一つ「カットソードレス」

  • カットソードレスと同素材の「Tシャツブラウス」

  • Tシャツブラウスとセットアップで着用したい定番の「ワイドパンツ」

 今年3月には24-25年秋冬コレクションを発表した。インドコットンのブラウスやワンピース、ジャージーのリブパンツはデザインや素材を秋冬向けにリニューアルし、新たな表情を見せる。シェットランドウールを原料にしたスライバーニットによるジャージーのアウターや、T/R素材を使ったセットアップ、リサイクルポリエステル糸を編み上げたニットウェアやマフラー、中わたジャケットなど23型を揃えた。「春夏と同様、機能性素材を結構入れています。お客様にとって『洗える』ことはやはり関心事なので、秋冬物はアウターとバッグ以外は全型が手洗い可能」と顕子さん。全体的には素材感とフォルムを重視したニットやアウターを充実させ、ワントーンでまとめたコーディネート提案が特徴となっている。

 

  • 24-25年秋冬のインドコットンシリーズ

  • 24-25年秋冬のインドコットンシリーズ

  • シェットランドウールのジャージー

  • T/R素材を使ったセットアップ

  • リサイクルポリエステル糸を編み上げたニットアイテム

  • 中わたジャケット

コミュニケーションにちょうどよい距離感の空間作り

 品揃えは店舗ごとに異なるが、その商品を提案する店舗の外観・内装は統一されている。「住宅街にある都会のブティックをイメージしています。ギャップを表現して、異彩を放ちたかったんです。入りづらいけれど、入ってみると上質な服が揃っていて、値段も買いやすく、何だか居心地も良い。そんな空間を目指しました」と幸正さん。売り場面積にもこだわり、「15坪以上の店は作らない」ことを基本としている。大き過ぎると、人は何となく落ち着かない気持ちになりがちだからだ。かといって小さ過ぎず、来店客とスタッフの心地良い距離感を保てることを意図し、3店舗とも15坪以内となっている。

 

  • 下高井戸本店の店内

  • 笹塚店の店内

  • 上北沢店の店内

 まず目に入ってくるのがファサードの「IKITSUKE」のネオンサインだ。ネオンという言葉がギリシャ語の「neos(ネオス)」に由来し、「新しい」の意があることから、「この場所で新しい何かを表現したいというメッセージとして、入り口にネオンサインを掲げた」。店内の照明はネオンサインと同じトーンに揃え、肌の色に近い電球色と商品を鮮明に見せる昼白色のライトを交互に配置している。壁面は照明が当たると柔らかな光沢を放つゴールドベージュのカーテンで覆うことで、生活シーンとは異なる非日常の空間を生み出した。暖色系のデザインが多い商品が映えるよう、ラックとハンガーもビンテージ感のあるゴールド系で温かみを表現。床は人の気持ちが落ち着く明暗の中間に相当するグレーブラウン系で統一している。

 

  • 「新しい何かを表現したい」という思いを込めたネオンサイン(上北沢店)

  • カーテンで覆うことで非日常の空間を演出(上北沢店)

 レジ台や商品を陳列する平台、来店客が荷物を置く椅子は1800年代後半~1920年代のアンティークのインテリアを使う。レジ台は銀行の受付をイメージし、実際に英国の銀行で使われていた木製の大きなカウンターを買い付け、店仕様に加工した。売り場奥にどっしりと在るレジ台の両サイドにはフィッティングルームを配置。このレイアウトも3店舗共通で、各店舗を店長1人の体制で運営していることによる。「売り場は15坪が最大で、マンツーマンの対応になるため、お客様との会話の起点になるのがレジ回り。コミュニケーションにはちょうどよい距離感」と幸正さんは話す。

 

 BGMはアパレル店舗ではインストゥルメンタルや洋楽が一般的だが、その時期の品揃えのテイストや店舗の立地などに応じてプレイリストを変え、邦楽も流す。「70~80年代の日本のシティーポップや洋楽でもフリーソウルなど、懐かしいと感じたことが居心地の良さにつながっていくのかなと思って。日本語の曲を流すのは、日本のカルチャーを見直してもらいたいという思いもあります」。客の感じ方に添った空間作りへの姿勢が窺える。

 

  • マンツーマンによるコミュニケーションを重視した接客

  • 銀行の受付をイメージしたレジ台

 イキツケで最も大きい上北沢店ではイベントも行っている。24年春夏コレクションが立ち上がった今年1月には、3店舗の顧客を対象にお披露目会を開いた。1時間単位の予約制で2日間開催し、LINEやDMで招待したところ100人ほどが集った。今後も春夏・秋冬の店頭展開のキックオフとして開催していく。また、オリーブオイルソムリエを招いたオリーブオイル講習会は、毎年開催しているイキツケの名物イベント。3店舗の顧客が集い、交流しながらオリーブオイルのテイスティングを楽しむ。

 

  • 毎年開催しているオリーブオイル講習会

 「小売りと卸、二つの事業を展開することになりました。小売りについては、レジデンシャルエリアで地に足を着けて、一人ひとりのお客様との対話を通じてリラックスエレガンスの魅力を伝えていきます。卸もスタンスは同様で、いきなり大きく広げるというよりは、商品をしっかりと作って、価値の伝達がきちんとできるよう準備を整え、自分たちの意思に共感してくださる専門店の方々と末永くお付き合いできる関係を築いていきたいと考えています」と幸正さん。MILD SELF ASSERTION――穏やかな自己主張が今後、どんな広がりを見せるのか、注目したい。

 

写真/遠藤純、イキツケ提供
取材・文/久保雅裕

 

 

■関連リンク
IKITSUKE公式サイト:https://ikitsuke.official.ec
IKITSUKEストア:https://store.ikitsuke.tokyo

久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター

 

ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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この記事は「encore(アンコール)」より提供を受けて配信しております。

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