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2023.01.30
【2023春夏パリオートクチュール ハイライト】トップメゾンが各々の世界を自由に謳い上げて生む多様性
写真左から「ディオール」「シャネル」「ヴァレンティノ」「フェンディ」
2023年1月23日から26日まで、パリ市内各所でショーを行うオートクチュールコレクションが開催された。1月10日にマクロン仏大統領が年金受給開始年齢を62歳から64歳に引き上げる法案を発表し、その施行を翌月からとしたため、大きな反発が巻き起こり、メンズコレクション中の1月19日には労組が大規模なゼネストを起こして混乱。その直後の不穏な空気感の中での開催となった。
今シーズンは29のブランドが公式カレンダーに掲載され、昨シーズンも29で同数。ただ、「バレンシアガ(BALENCIAGA)」や「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」などの大きなブランドが参加せず、その枠に新進デザイナーが組み込まれ、保守的なクチュールの世界にわずかながらも新しい風が吹く形となった。
公式カレンダー外のショーで注目を浴びたのは、「ドルチェ&ガッバーナ(DOLCE&GABBANA)」の支援を得て2020年にミラノでコレクションを発表し、今回パリデビューを果たした韓国のクチュリエール「ミス ソーヒー(Miss Sohee)」。パリの有力アタッシュド・プレス事務所ルシアン・パジェスの協力を得て、多くのジャーナリストやインフルエンサー達がショー会場に詰め掛けた。
ディオール (Dior)
マリア・グラツィア・キウリによる「ディオール」は、ロダン美術館の庭に建てられた特設テント内でショーを開催した。今季は1920年代半ばにパリにやってきたアメリカ人ダンサーで歌手、ジョセフィン・ベイカーにイメージを求めた。
バナナのスカートをまとってチャールストンを踊るベイカーのレビューはフランスのみならずヨーロッパ中を席巻。ピカソやヘミングウェイと交流し、ミューズとして崇められ、時代の寵児となる。しかし、祖国アメリカでの人種差別を厭うようになり、フランスの市民権を取得してからは、第二次世界大戦中はレジスタンスとして活動し、後に人種差別撤廃運動に積極的に関わっていく。そんな中、ベイカーは戦後のNY公演で「ディオール」のコスチュームを着用し、そのイメージがキウリに大いにインスピレーションを与えたという。
エンターテイナーでありながら、既成概念や固定観念を打ち破ろうとした強い女性たち。ショー会場にはジョセフィン・ベイカーのみならず、アーサー・キットやニーナ・シモンなどのアフリカ系の女性アーティストたちや、ドロシー・ダンドリッジといった女優、初のアフリカ系スーパーモデルであるナオミ・シムズのポートレートなどが掲げられていたが、それらはアフリカ系女性アーティスト、ミカリーン・トーマスによる作品で、インドのチャーナキヤ工芸学校とチャーナキヤ工房の職人達の手によって刺繍されたもの。
コレクションは1950年代のマスキュリンなスーツスタイルに、1920~30年代のフラッパードレスのイメージを散りばめ、更にボディスやキャミソールなどのランジェリーの要素を加えてモダンにアレンジ。ブラック&ホワイトを基調にしながら、柔らかな色合いのゴールドやブルーを差し色にして、全体を抑え目に仕上げている。狂乱の時代から第二次世界大戦後に掛けての西洋服飾史を紐解きながら、「ディオール」らしい緻密な手仕事に裏打ちされたアイテムで構成し、一人の女性が辿った時代絵巻を描いて見せていた。
シャネル(CHANEL)
ヴィルジニー・ヴィアールによる「シャネル」は、改装中のグラン・パレに代わる展示会場となっているグラン・パレ・エフェメールでショーを開催した。会場内にはクラフト紙や木で作られたワニとラクダのオブジェが置かれ、ショー冒頭には鳥やクマなどの大きなオブジェが11体登場し、中からモデル達が飛び出して来る演出だった。
今季は、カンボン通り31番地にあるガブリエル・シャネルのアパルトマンにイメージを求め、室内に飾られているライオン、犬、鹿、鳥、ラクダなどのオブジェや彫刻、ドローイングにインスパイアされている。
それぞれのルックは、女性のコスチューム・ユニフォームのコードをなぞり、ボウタイ、レースアップブーツ、ダブルブレストジャケット、タキシードシャツなど、フォーマルな要素を散りばめている。ツイードのスーツは重厚でマスキュリン、しかしアイテムによっては子猫、コーギー、ウサギ、ツバメや鹿などのモチーフがそれとなく刺繍されており、そのコントラストが遊びを生んでいる。
一見ハウンドトゥースモチーフに見えるワンピースは、実は犬のモチーフの連続がグラフィカルにアレンジされたもの。また、チェックモチーフの刺繍に見えるタンクトップドレスは、実はウサギモチーフの集積。目を凝らして見ると、動物たちの姿が浮かび上がってくるから楽しい。
最後にゾウのオブジェが登場し、中からツバメのモチーフが刺繍されたマリエをまとったモデルが登場してフィナーレへ。ツバメは、フランス人にとってのラッキーチャームで、広く愛される鳥。コレクションに、より一層のオプティミズムを与えていた。
ミス ソーヒー(Miss Sohee)
韓国出身のソーヒー・パークによる「ミス ソーヒー」は、ホテル・ウェスティン内のボールルームでショーを開催した。ソーヒー・パークは、ロンドンのセント・マーティンを卒業して間もなく、2020年に「ドルチェ&ガッバーナ」の支援によってミラノでデビュー。以来ロンドンをベースに活動し、顧客にはベラ・ハディッドやナオミ・キャンベルなどが名を連ねている。
今季は、ソーヒー・パークが好む有機的な造形を打ち出しながら、彼女にとっての長きにわたるインスピレーション源である16世紀初頭の画家、詩人、書家である申師任堂の作品にイメージを求め、花などの刺繍モチーフで彩っている。
毒々しさやキッチュな要素を散りばめて、エルザ・スキャパレッリを彷彿とさせるシュールレアリスム的な手法を加えながら、適度に東洋的、適度にクラシカル、適度に挑発的。その見事なバランス感覚が独自の世界観を生み、彼女自身のオリジナリティとなっていた。
19世紀当時のままの内装の会場は、御大イヴ・サン・ローランがオートクチュールのコレクションを発表してきた場所として記憶され、パリ市民にとっては馴染み深い。「ミス ソーヒー」の作品はその場に負けない、むしろ打ち勝つかのような力強さを見せ、今後の創作活動に期待を抱かせた。
ジョルジオ アルマーニ プリヴェ(GIORGIO ARMANI PRIVÉ)
「ジョルジオ アルマーニ プリヴェ」2023春夏オートクチュールコレクション
ジョルジオ・アルマーニによる「ジョルジオ アルマーニ プリヴェ」は、フランス共和国親衛隊宿舎の乗馬練習場を会場にショーを開催した。
“Rondò Armaniano(アルマーニ流ロンド)”と題された今季は、アルルカン(道化)をイメージ。16世紀中頃に生まれたイタリアの古喜劇「コンメディア・デッラルテ」に登場するアルレッキーノは道化役者の代名詞となっているが、菱形モチーフを連ねた衣装をまとったこのキャラクターはイタリア人にとって馴染み深いものとなっている。
舞台衣装は原色や白黒が使われることが多いが、コレクションでのカラーパレットは、淡いブルーやピンクなどパステル調でよりロマンティック。菱形の連なりは膨れ織りのブロケードやコード編み、刺繍やクリスタルメッシュで表現され、チュールやオーガンザを重ねて陰影や立体的な視覚を加えている。
バルーンスカートと甲冑風トップスの実験的なセットアップや、チューブトップを合わせた挑発的な側面を持たせたシースルードレスなど、アルマーニの様々なスタイルに挑戦する姿勢は健在。
菱形がグラデーション状に変化するチュールのドレスのバリエーションはそれぞれが美しく、アルマーニの真骨頂を見せていた。
ユイマナカザト(YUIMA NAKAZATO)
中里唯馬による「ユイマナカザト」は、パレ・ド・トーキョーを会場に最新コレクションを発表。座席には「INSPIRATION」と題された冊子が置かれていたが、これは世界中の衣服が流れ着き、処理されずに放置されて社会問題となっているケニアを中里が旅しながら撮った写真を収めたものだった。
ゴミの山の写真の合間には、ビーズ製のアクセサリーをまとう砂漠地帯の部族のポートレートや、水が干上がってひび割れた大地、赤茶色の石。ゴミとなった服を目の前にして、これ以上服を作る必要が無いのではないか、と疑問を抱きながらも、過酷な環境下でも装うことを忘れない人々がいること知る。そして、水の大切さを痛感した中里は、水の使用を抑えながら、セイコーエプソンのデジタル捺染技術を用いて布にプリントを施したという。
アフリカから150キロの古着を持ち帰り、セイコーエプソンのドライファイバーテクノロジーによって再生させてコレクションに使用。またアフリカで拾った石を天然顔料のサブミクロン・ナノ粒子技術によりナノサイズにまで粉砕し、Spiber社の開発する人工合成タンパク質素材Brewed protein™ 素材に染料として用いた。北ケニアの奥地に住む部族との出会いにより、彼らの衣服からもパターンメイキングのインスピレーションを得ている。コレクションは、それらの全てを活用したもので、様々な素材、カラーパレットが用いられ、造形的なボリュームのアイテムで構成された。
今回のコレクションの制作過程は映画監督、関根光才によって記録され、ファッション産業の未来を問うドキュメンタリー映画として今夏に公開予定である。
ヴィクター&ロルフ(Viktor&Rolf)
「ヴィクター&ロルフ」2023春夏オートクチュールコレクション
「ヴィクター&ロルフ」はグランドホテルのボールルームを会場にショーを開催。オートクチュールらしい美しいシルエットのドレスと、彼等らしいシュールレアリスムの手法を用いた、既成概念から逸脱したドレスとのコントラストを見せた。
コレクションタイトルは“LATE STAGE CAPITALISM WALTZ(後期資本主義のワルツ)”。冒頭に1950年代の典型的なボールガウンドレスが登場。「ヴィクター&ロルフ」が長年好んで使用してきたチュールを用いたドレスは、それはそれで美しい仕上がりを見せるが、徐々に現実的ではない様相を見せ始める。ドレスは身体から抜け出して前に飛び出したかのような状態になっていたり、斜めに刺さったかのようになっていたり。ドレスが横にずれてコルセットドレスがむき出しになっていたり。ありきたりのドレスを不条理に解釈することで、これまでに見たこともない奇想天外なドレスが生まれた。
これらはオランダのマネキン会社であるハンス・ブート・マネキンとのコラボレーションによるもので、3Dプリンターを用いて芯となる部分に布を被せて制作されている。
「ヴィクター&ロルフ」はこれまでに逆様の衣服や、チェーンソーでカットしたかのようなドレスなど、様々なアイデアで見る者を楽しませてきたが、彼らの発想の豊かさを思い知り、無尽蔵であることを痛感した今季だった。
ヴァレンティノ(VALENTINO)
ピエールパオロ・ピッチョーリによる「ヴァレンティノ」は、ナイトクラブのBridge Clubを舞台にショーを開催。コレクションタイトルは“ヴァレンティノ ル クラブ クチュール”。クラブとクチュールという対極にあるかのような二つの要素を繋ぎ合わせて、「ヴァレンティノ」によるクラブファッションの解釈を提示して見せた。
ボウタイ付きシャツ風ボディスとマニッシュなジャケットでスタート。羽を飾った深い開きのスモーキングドレスやレースをはめ込んだランジェリードレス、刺繍を施したシースルードレスなど、どれもがマイクロ丈で身体に這うような仕上がり。一方のロングドレスはボリュームを持たせ、そのコントラストが鮮烈。ロングコートもオーバーサイズで、インナーの身体にフィットしたスポーティなショーツやタンクトップとの落差が目を引いた。
ポルカドットのラフルのワンピースやボーダーのコクーンシルエットのドレスは80年代を、ポルカドット状にカットしたホワイトドレスは90年代を髣髴。同時に発表されたメンズはオーバーサイズに仕立てられ、ジャケットの多くは80年代を思わせるビッグシルエットだった。
挑発的でポップ、過剰な程に華やかになりがちなクラブファッションをヴァレンティノのコードで引き締め、エレガンスとキッチュのギリギリのせめぎ合いを贅沢な素材使いで見せた。
フェンディ(FENDI)
キム・ジョーンズによる「フェンディ」は、旧証券取引所を会場にショーを開催した。今季はアンダーウェアをアウターウェアとして、イブニングウェアとして着用するというアイデアに基づき、重くなりがちな素材を軽やかにあしらい、滑らかさをも帯びたアイテムで構成。
マイクロスパンコールをグラデーションに刺繍したドレスと、スパンコールを敢えてインナーに刺繍したコートで幕開け。総ビーズ刺繍のドレスには、鎖帷子風にパンチングをしてモチーフを施したレザーのグローブが合わせられる。プリーツとスモッキングのドレスは、そのままランジェリーの雰囲気を漂わせ、ドレーピングのドレスには、ビーズを刺繍したブラのディテールで飾っている。
一見プリントに見えるドレスは実はビーズを編んだもので、決して重々しくならずに身体にピタリと沿うしなやかさを見せた。コレクション中、特に目を引いたのがレザーをカットして鎖帷子のような風合いを出しながらレースをはめ込んだドレス。まるで布帛のような柔らかさを見せ、優雅なシルエットを描き出していた。
これらのドレスには、ジュエリーのアーティスティック・ディレクター、デルフィナ・デレトレズによる有機的な造形のイヤリングやカフが合わせられ、またアクセサリーのアーティスティック・ディレクター、シルヴィア・フェンディが担当したクリスタルメッシュのストラップのミニバッグや水銀を思わせるヒールのシューズがコーディネートされた。クラシカルな側面を持つクチュールのドレスに、二人のクリエーションがモダンなアクセントを与えていた。
今季も各ブランドはトレンドに縛られることなく、自由なクリエーションを見せていた。「シャネル」はガブリエル・シャネルのアパルトマンに置かれた動物モチーフの調度品からインスパイアされ、「ディオール」はジョセフィン・ベイカー、「ジョルジオ アルマーニ プリヴェ」はアルルカン(道化)をイメージした。「ヴァレンティノ」はクラブウェアのクチュール的再構築を試み、「フェンディ」はランジェリーを精緻な技術によってアウターとして仕立て上げ、「ヴィクター&ロルフ」は1950年代のボールガウンを不条理に解釈して新たなスタイルを打ち出した。
コンセプトやテーマはもちろんのこと、素材やカラーパレット、ボリュームの大小など、それぞれ何ら共通項を見出せない。レディースコレクション(プレタポルテ=高級既製服)と比べても、オートクチュールは各ブランドの独自性が強くなり、互いに影響し合う部分は少なくなることは確かである。しかし、四半世紀以上パリコレクションを見てきた中で、これ程までに奔放な様相を見せたことがあっただろうか、と思う程だった。
コロナ禍により着飾って外出する機会が格段に減り、人々の装いが大きく変化したが、それによって一括りに出来るような傾向・流れ(トレンド)が薄らいだのは確かなようである。デザイナーにとって、トレンドやルールやコードに捉われることなく、思いのままに制作に専念できる環境が出来上がったとすれば、それはそれで歓迎すべきことなのかもしれない。そして、それが多様性を生む結果になったと言えないだろうか。
しかし、コロナ禍以前のような平穏無事な時代が戻り、人々が再び装うことに興味を示した時には、新たな流行が生まれる可能性は十分にあるのだろう。ただ、明日どうなるのか一切見えない中で未来を予想するのは困難で、いつそんな時代がやってくるのかは全くわからない。寂しさ半分、期待半分でその到来を待つ外はなさそうである。
取材・文:清水友顕 (Text by Tomoaki Shimizu)
画像:各ブランド提供
パリオートクチュールを彩ったセレブリティたち
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二階堂ふみ Courtesy of CHANEL
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宮沢氷魚 Courtesy of CHANEL
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G-DRAGON Coutersy of CHANEL
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マリオン・コティヤール Coutesy of CHANEL
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ソノヤ・ミズノ Courtesy of CHANEL
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新木優子 Courtesy of Dior
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ジス Courtesy of Dior
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カーラ・ブルーニ Courtesy of Dior
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イザベル・アジャーニ Courtesy of Dior
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キルスティン・ダンスト Courtesy of Dior
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SUGA SGP Italia / Valentino
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アン・ハサウェイ SGP Italia / Valentino
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サム・スミス SGP Italia / Valentino
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(写真左から)コートニー・ラブ、オリヴィエ・ルスタン Courtesy of Dior
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コートニー・ラブ Courtesy of Dior
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リタ・オラ Courtesy of Dior