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2022.11.04

「服を自分に合わせて仕上げる」体験価値をビジネスモデル化~「THE ME」が開くパーソナルな服作りの新たな扉

 三菱商事ファッションは2020年、完全受注型アパレルブランド「THE ME(ザ・ミー)」を立ち上げ、実店舗を東京・神宮前に出店。商品在庫は持たず、店舗では各アイテムのサンプルを置き、客が選んだ服を体型や好みに応じてカスタマイズする。「単に自分に合った服を選ぶのではなく、自分に合わせて服を仕上げていく」体験を提供していることが大きな特徴だ。過剰生産・大量廃棄への対応が喫緊の課題となっているファッション産業にあって、持続可能な服作りと体験価値を体現するビジネスモデルとして注目される。

 

 

清水大輝(しみず・だいき)
三菱商事ファッション デジタル事業推進本部 新規事業部 セールスマネジメントチーム
2019年に三菱商事ファッションに新卒で入社。OEM営業を経験後、店舗オープン時よりナビゲーターを務める。店舗運営に加え、イベント企画なども手掛けている。

二梃木美江子(にちょうぎ・みえこ)
三菱商事ファッション デジタル事業推進本部 新規事業部 セールスマネジメントチーム
2020年に三菱商事ファッションに新卒で入社。管理本部での研修を経た後、翌2021年にTHE ME PR担当に就任。SNS・WEBサイトの運営、他ブランドプロモーションを手掛ける。

 

 

 

Tシャツ1枚からのセミオーダー体験

 

 

 ファッション商品の大量廃棄による環境問題が深刻化し、業界内でもこの数年、解決へ向けた取り組みが急速に進んでいる。三菱商事ファッションはOEM・ODMを軸に業界の生産をサポートしてきたが、「SDGs(持続可能な開発目標)やサステイナビリティー(持続可能性)への取り組みが社会課題となる中で、自分たちのリソースを生かして解決に役立つことが何かできないかという考えから、事業立ち上げに至った」と、同社デジタル事業推進本部の清水大輝さん。「量産自体がいけないのではなく、過剰生産に起因する過剰在庫が問題の原因」と考え、見込み生産の対極にあるオーダーに着目した。オーダーはすでにアパレルメーカーでも取り組みが進んでいるが、スーツやシャツが一般的。もっと多様なアイテムのオーダーサービスを実現できないか。この発想から構築したのが、フルアイテム展開による「お直し以上、オーダーメイド未満」のセミオーダーシステムだった。

 

 客はザ・ミーの公式サイトで来店予約(予約無しの来店も可)し、気になる商品や要望なども入力することも可能。実店舗では専門スタッフが来店に合わせ、要望のアイテムやコーディネート商品を準備しておく。来店した客は個室でスタッフのカウンセリングを受けながら、自分の体型に最も近いサイズのサンプルを試着。さらにスタッフがパターンを調整し、データベース化していく。「服のサイズはもとより、シルエットを崩さないよう、ポケットやボタンなどの位置もバランスを調整していく」と清水さん。一人ひとりの最適解へと導いていくことから、スタッフは「ナビゲーター」、調整のプロセスは「チューニング」と、独自の呼び方をしている。

ナビゲーターが顧客の体型や好みに合わせてチューニング、コーディネートも提案

希望者は個室内の3Dボディースキャナーで採寸することも可能だが、店舗ではよりリアルな採寸を重視している

 

 

 「お客様は必ずしもジャストフィットを望んでいるのではありません。裄や丈を長めにしたい、タイトめに着たいなどの好みや要望もあります。他にも着用したいシーンや手持ちの服など様々なことをヒアリングし、最適な商品やコーディネートの提案に努めています」
一般的なアパレルのように「既製服に体型を合わせる」のではなく、「服を自分に合わせていく」のである。しかもチューニングはTシャツ1枚から可能となっている。

 

 選んだアイテムやチューニングされた体型データは全て、その客の「マイページ」に保存され、いつでも確認できる。決済はオンラインのため、客はマイページから実店舗にいながらでも帰宅後でも、いつでも購入が可能。レジがないのもザ・ミーの店舗の特徴だ。客が購入を決定すると、その品番の服を作る(生地や付属をストックしている)協力工場へ、パターンを含む縫製仕様がオンラインで送信される。納期は約2~3週間で、客は店舗で受け取ることもできれば、自宅へ届けてもらうこともできる。

ナビゲーターがグレーディングしたパターンデータをもとに縫製工場がお客様だけの1着を生産

工場におけるプレス作業

 

 

ジェンダーニュートラルな服選びが増加

 

 

 細やかなチューニングを可能にしているのが、サンプルの豊富なサイズ展開だ。ジャケットやコート、パンツからTシャツに至るまでフルアイテム、常時約80品番を揃え、ウィメンズのパンツで最大33サイズ、メンズのスーツジャケットで最大42サイズと、小刻みなピッチにすることでチューニングの確度を高めている。ウィメンズのパンツであれば、レギュラー、ヒップ優勢、ストレートの3体型があり、ウェストを各11サイズ展開することで、最大33のサイズデータを揃えている。

 

 「女性のお客様にはとくにパンツが人気です。既製品の場合は気に入ったシルエットがあっても、ウェストはぴったりだけれど、ヒップの大きさ、とくに形状が合わないことがパンツ選びを難しくしています。そこを解消するためサイズサンプルを充実させることでお客様の体型に最も近いサンプルを試着可能にし、さらにチューニングします。これにより、普段でもビジネスでもはけるようなデザインのパンツが好評です」と二梃木美江子さん。

 

 ワンピースも、身長の高い女性の場合、既製品だと「マキシ丈で着たいけど丈が足りない」といった客もいる。このようなケースでも、「セミオーダーにより10センチほどは丈伸ばしが利く」。既製品では丈詰めは当たり前だが、伸ばすお直しは難しい中で、「かなり驚かれる」と言う。ウェストが太めでプリーツスカートは似合わないと思っている人もいるが、今の体型で似合うプリーツスカートにチューニングするといった対応も喜ばれている。

 

 メンズもパンツは売れ筋だ。ウールのような表面感と心地よい肌触りのテーパードパンツは、特殊なポリエステル素材を使うことで軽く、縦横への伸縮性や防シワ性に優れ、自宅で洗濯も可能。シャープなシルエットながらゆったりと着こなせ、本当にあってほしい機能に絞り込んだ提案が好評だ。

すっきりとしたワンタックに加え、裾にかけての絶妙な広がりが綺麗なワイドパンツで、程よいドレープ感が、女性らしさを演出してくれる一着

コンパクトフォルムのすっきりとしたテーパードパンツ。同素材のジャケットと合わせたセットアップスタイルや、単品使いでニットと合わせたスタイルもおすすめ。裾始末は、シングル・ダブルから選べる

 

 

 マイサイズにカスタマイズできることから、「男性がウィメンズの商品を買い求めたり、女性がメンズの商品を購入することもある」。ザ・ミーではユニセックスの商品も揃えているが、客はシルエットで服を選んでいるのだ。ジェンダーニュートラルな服選びに対応し、「女性であれば小さいサイズを試着していただき、肩回りや腰回りなど、そのお客様の体型や好みに合わせてシルエットを崩さずコンパクトにしていく」。

 

 ザ・ミーの商品はどれもシンプルだが、選び抜いた生地、機能的で洗練されたデザインのディテールにこだわっている。そのためトレンドに左右されにくく、オン・オフとも品良く着こなすことができる。そんな服としてのフレキシビリティーが、サイズに関する悩みを解消することでより際立ってくる。

19世紀半ばに誕生したボートマンたちの競技用ユニフォームをモチーフにしたジャケットで、全体的にゆとりのあるシルエットに加えて、ストレッチタイプのホップサック生地を使用することで動きやすさを追求した

ザ・ミーらしいミニマルなデザインに仕上げたトレンチコートで、ジャケットやニットにも合わせられるよう、袖や身頃をゆったりとした作りにしている。張り感のある形状記憶素材を使用しているため、綺麗なシルエットを保ってくれる

 

 

 とはいえ、価格はやはり大きなポイント。既製品よりは確かに高い。しかし、フルオーダーよりはお手頃になる。縫製工場は1着だけのイレギュラーオーダーに対応するため相応の工賃がかかるが、独自開発したパターン自動生成システムにより、店舗から送信した仕様を直接、生産に反映できるようにした。受注生産によりロスを抑え、在庫リスクが必要な生地も1型に対して最小限に留め、「売れ行きやお客様の反応に応じて追加する」ことで調整を図る。なおかつセールを行わない業態のためマークダウンによるロスもない。様々なコスト抑制によって、セットアップがメンズ49500円~、ウィメンズ53900円~、ジャケットが35200円~、ワンピースが18700円~、カットソーが8800円~と、リーズナブルな価格設定を可能にしている。チューニングも含まれた価格なので、客は追加料金の心配なくサポートを受けながら買い物を楽しめる。

 まだ発展途上だが、基本的には原価率は高いもののロス率が低く、顧客体験満足度の高いビジネスモデルとなっている。

2022-23年秋冬物で人気の「スリムフィットスリットタイトスカート」。タイトなシルエットながらウェストがゴム仕様で着脱しやすく、4ウェイストレッチではき心地も快適

大きめのフード、シームポケットが特徴のシンプルなパーカ。裾脇のスリットは「有・無」が選べ、好みのスタイルにカスタマイズ可能

 

 

女性客を増やす「マイサイズ」のオーダー体験

 

 

 ザ・ミーのビジネスモデルを展開するに当たって、三菱商事ファッションは2019年の一年間、検証店舗を設けて実験を行った。当時、恵比寿にあった本社ビルの1階にセミオーダーの店を出し、実際の接客を通じて課題を抽出。結果、スーツやジャケットなど「オン」対応の服を中心にフルアイテムを展開するセミオーダーショップとし、この取り組みに賛同する10社強の縫製工場との協力態勢を整え、2020年7月に実店舗を開店した。

セミオーダー対応の実験を行った検証店舗

神宮前にあるザ・ミーの実店舗

 

 

 「4月に出店する計画だったのですが、新型コロナの感染拡大により緊急事態宣言下になったため、7月に延期しました」と清水さん。だが、コロナ禍でテレワークなど働き方の新常態化が進み、ビジネスウェアの概念そのものが急速に変わっていった。広報活動もままならないままスタートした新ブランドは、いきなり壁に突き当たった。

 

 「この変化から生まれたニーズに寄り添う品格のあるビジネス服とは何か、考え直した」結果、2021-22年秋冬物でブランドのリニューアルに踏み切った。シルエットや素材感を見直し、モードも取り入れ、オンにもオフにも対応する、よりリラックスしたテイストでありながら、ストレッチやケア性など機能もしっかりと備えた服へと進化を図った。「スーツまで堅くはないけれど、崩し過ぎていない」デザインへと一新したことで、「客数が増えた」と言う。
顕著だったのは女性客の増加。それまでは男性客が70%だったが、リニューアル後は女性客が60%に転じた。「男性のお客様はセミオーダーに慣れているというか、服を買うときの選択肢に入っている領域だと思うのですが、女性はあまり馴染みがないうえ、買ってから2週間も3週間も待てないという気持ちもあります。でも、実際にマイサイズの服がフルオーダーでなくても手に入ることが分かると、お得感も含めて利用する人が増えていきました」と二梃木さんは話す。

 

 現在、ザ・ミーの客層は20~60代と幅広い。30~40代が中心で「男女とも仕事を頑張っていて、忙しい人が多い」と言う。「ドクターのお客様などは毎朝、着るものに悩まないようにコーディネートしてほしいと、まとめ買いをされたり。仕事と子育てを両立しているお母さん世代のお客様などは、有給休暇を利用して表参道の美容院に行ってからザ・ミーでスタイリングした一式を購入されたり。普段は忙しいだけに、時間を効率的に使って納得・満足できるショッピング体験を楽しまれています」と二梃木さん。体型によっては、新しい服を買うたびに袖や丈などのお直しが必要な人も、セミオーダーなら直しを待つ時間も補修代もなく、購入した商品は自宅に届けてもらえる。「ザ・ミーの利用の仕方が分かってきて、それぞれの事情や都合に応じて利用」する客が増え、来店客の買い上げ率は7割に上り、年間リピート率は30~40%で推移している。

 

 

パーソナル対応の充実、BtoBでのインフラ活用

 

 

 徐々に認知度が高まり、客数も増えているザ・ミーだが、店舗は原宿の裏通りの2階にあり、フリー客がなかなか来店しづらい立地でもある。サイト経由の予約来店だけでなく、今後はフリーでの来店客も増やしていくことが課題だ。「縫製工場の協力なしには成り立たない業態。より多くのお客様に利用していただき、縫製工場により多くの仕事を安定的に発注して寄与していくことが大切」と清水さん。顧客が増えることでよりデータも蓄積され、今後の需要予測に役立ち、生地のバリエーションも広げやすくなるだろう。インスタグラムなどSNSによる発信を強化し、接点を充実させることで来店を促していく考えだ。

 一方、ザ・ミーのオーダーインフラを生かし、BtoBにも取り組む。まだ何百着もの発注は難しい新興のブランドやデザイナー、オーダーメイドを展開する企業の商品を小ロットで請け負うなど、高感度を維持し、無駄を生まない服作りをサポートしている。ザ・ミーのビジネスモデルを他のアパレル企業にも提案し、ファッション業界としての新たなサプライチェーンのあり方も模索している。

 

写真/野﨑慧嗣、ザ・ミー提供
取材・文/久保雅裕

 

■関連リンク
サイト:https://the-me.tokyo/
Instagram:https://www.instagram.com/the_me.tokyo/

久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター

 

ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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この記事は「encore(アンコール)」より提供を受けて配信しております。

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