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2022.03.10
【2022秋冬パリ ハイライト2 】ハイブリッド、アール・デコ、スポーツ・・・広がるトレンドの多様化
パリコレクション会期中に、ロシアによるウクライナ侵攻が開始された。敏感に反応したのが、「バルマン(BALMAIN)」のオリヴィエ・ルスタンと、会期後半にコレクションを発表した「バレンシアガ(BALENCIAGA)」のデムナ・ヴァザリアである。また、「ステラ マッカートニー(Stella McCartney)」と「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」も先述の2ブランドに引き続きウクライナ関連の機関に寄付を表明。ヨーロッパの人々の危機感は想像以上で、一抹の悲哀を感じることになるだろうが、今後多くのデザイナーが戦争と共にある時代にインスパイアされたクリエーションを生み出していくに違いない。
バレンシアガ(BALENCIAGA)
デムナ・ヴァザリアによる「バレンシアガ」は、パリから北へ行った街、ジェットセッター専用の飛行場を擁すブルジェの展示会場にてゲストを迎えてのフィジカルなショーを開催した。客席にはウクライナの国旗を思わせるイエローとブルーのTシャツが置かれ、度重なる祖国の戦争によって避難生活を余儀なくされたジョージア出身のヴァザリアによる手紙が添えられていた。
ヴァザリア本人による、ウクライナ語の詩の朗読が流れてショーはスタート。ランウェイには雪が積もり、モデルたちは吹雪の中をウォーキングした。
オーバーサイズのジャケットやフローラルプリントのドレスといった、ヴァザリアらしいアイテムの他に、アシメトリーのドレスやレースをプリントしたドレスなどが登場したが、雪の演出でディテールはほとんど見えなかった。
雪を降らせたランウェイの演出は、昨今の環境問題から編み出されたものだったが、今季は環境への配慮を意識し、特にキノコ由来の代替レザーを用いたコートを発表。また、来場したキム・カーダシアンも着用していた「BALENCIAGA」の文字をプリントしたガムテープを巻き付けてアップサイクルしたジャンプスーツも登場した。
最終2ルックは、イエローのワークウェア風セットアップとブルーのロングドレス。紛れもなく、ウクライナの国旗の二色であった。
ヴァレンティノ(VALENTINO)
ピエールパオロ・ピッチョーリによる「ヴァレンティノ」は、前シーズンに引き続き、カロー・デュ・トンプルにて観客を招いてのフィジカルなショーを開催した。全81ルックのうち、50体近くをショッキングピンクで構成。ピッチョーリはこのピンクを「無意識とリアリズムの必要性からの解放を表明する色」として捉え、パントン・カラー・インスティテュートとのコラボレーションにより新たに生み出されたオリジナルカラーとなっている。創始者ヴァレンティノ・ガラヴァーニは、1968年に白で統一したコレクションでセンセーションを巻き起こし、2007年にも同様に白のコレクションを発表したが、統一された色を用いることはブランドの伝統であるかのように思わせた。
ウクライナ侵攻を受けて、ピエールパオロ・ピッチョーリによるメッセージが流れた後に、ゆったりしたシルエットのジャンプスーツでスタート。ジャケット類やブルゾン、果てはシャツドレスやニットまで、極端なオーバーサイズに仕立てられ、身体を締め付けない柔らかなシルエットが主流。その他に、シースルーのルックが多く見られた今季。リボン結びを飾ったブラトップや、スパングル刺繍のオーバーオールなど、ごく小さな面積で胸を覆う、肌の露出の多いアイテムも目を引いた。
中盤の黒のシリーズは、オーバーサイズではなく、リーンなアイテムが多く、よりシンプルな印象。
パッチワークのようにパーツを繋ぎ合わせてリボンを飾ったドレスや、コサージュを刺繍したミニドレス、オーストリッチの羽を刺繍したケープなど、オートクチュール・ブランドらしい高い技術を誇るアイテムも随所に見られ、バリエーションの豊かさと共に各ルックの仕上がりの美しさを強く印象付けた。
ジバンシィ(GIVENCHY)
マシュー・ウィリアムズによる「ジバンシィ」は、ゲストを招いてのフィジカルなショーを開催した。会場となったラ・デファンスの広大なホールには、まるでコンサートのセットのようなランウェイを設置。ウィリアムズが音楽に長く関わってきたことを想起させた。
スケーターをイメージさせるロゴ入りTシャツにサイハイブーツを合わせるという、ストリートウェアを意識したルックでスタート。サテンのロングジャケットやラフルが揺れるニットドレス、プリーツを施したオーガンザを飾ったシースルードレスなど、クチュールブランドであることを思い起こさせるアイテムが所々に挟み込まれるも、袖を長くする、あるいはウエストを下げるなどして、ストリート感をプラス。
パールフリンジの刺繍のミニドレスや、ラフルを飾ったシースルーのフィッシュネットドレスなどはどれも若々しい印象で、若い世代の顧客を念頭に置いたクリエーションへのシフトを感じさせた。
高い技術力を見せるクチュールライクなアイテムはあるものの、ボンバースやパーカ、スウェットやデニムなど、今季はあくまでもストリートウェアが主流であり、リカルド・ティッシが提案してきたコレクションとも異なる、これまでの「ジバンシィ」では見られなかったカジュアルさを前面に打ち出している。創始者ユベール・ド・ジバンシィ時代の顧客たちが驚くに違いない、大胆な転換を見せたのだった。
ステラ マッカートニー(Stella McCartney)
「ステラ マッカートニー」は、ポンピドーセンターで観客を入れてのフィジカルなショーを開催した。今季はアート界で大きな影響力を持つアーティスト、フランク・ステラとのコラボレーションを披露。様々な表現をしてきたフランク・ステラの作風を大胆に、時にさりげなく取り入れながら、マッカートニーらしいモダンウェアを提案していた。
マッカートニーが得意とするテーラードには、フランク・ステラの「Spectralia」をイメージソースにしたモチーフをプリント。フランネルのスーツには、ピンストライプがあしらわれたが、これはフランク・ステラの60年代の作品からの引用。Uシェイプブラやトライアスロンブラをコーディネートして、マスキュリン・フェミニンに仕上げている。同じく60年代のVシリーズのモチーフは、カラーブロックニットやジャカードのウールコートを彩っている。
フランク・ステラの80年代の作品「Ahab」は、ストレッチビスコースにプリントされ、風になびくようなシルエットを描くトップスとして登場し、マスキュリンなワークウェアパンツとコントラストを描きながらコーディネートされる。
ファッション業界の中で早い段階から環境保全を訴えてきたマッカートニーは、今季の新素材としてブドウの搾りかすを原材料にしたヴィーガンレザーを採用し、ショルダーバッグを発表している。キノコを原料にした菌糸体(マイセリウム)によるヴィーガンレザーのショルダーバッグも引き続き登場。再生ウールや土に還るビスコースなど、全ルックの67%にサステナブルな素材を用いていた。
ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)
ニコラ・ゲスキエールによる「ルイ・ヴィトン」は、オルセー美術館を会場に、観客を招いてのフィジカルなショーを開催した。ミリタリー、ストリート、フューチャリズム、クリノリン着用時代のドレスなど、様々な要素を再構成し、コンテンポラリーなクリエーションを生み出す姿勢を貫いている。
アヴィエイタージャケットとストライプのパンツ、そしてホワイトシャツというマスキュリンなルックでスタート。冒頭のルックには全て、南国を思わせるフローラルモチーフのネクタイが合わせられていた。クリノリン入りのドレスを思わせる、裾の広がったジャケットにはパーカを合わせ、同じく裾の広がったドレスのようなツイードのジャケットには、60年代を思わせるグラフィカルなプリントのパンツをミックス。全く異なるものを敢えてぶつけることでモダニティを生み出している。
身体にフィットするアイテムからオーバーサイズのものまで、バリエーションは豊かだったが、今季は特にウルトラオーバーサイズのコートやジャケットが目を引いた。
ヘムとストラップ部分に布を重ねることでグラデーションに仕立てたキャミソールドレスには、フローラルモチーフのジャカードのニットプルをコーディネート。ニットプルには、長く「ルイ・ヴィトン」のキャンペーンフォトを手掛けるデイヴィッド・シムズが90年代に発表の少年たちを捉えたポートレート作品がコラージュのように縫い付けられている。
後半には、ストライプやボーダーのポロとドレス、そしてカジュアルなブルゾンのミックスのシリーズが登場。ウクライナの国旗を思わせるブルーとイエローのポロを合わせたドレスを着用した、ブリュッセルを拠点に活動するミュージシャンLous and the Yakuzaが最終モデルだった。
シャネル(CHANEL)
ヴィルジニー・ヴィアールによる「シャネル」は、2024年パリオリンピックに向けて改装中のグラン・パレに代わる展示会場として建設されたグラン・パレ・エフェメールにて、フィジカルなショーを開催した。客席にはツイードが張り巡らされ、正面には黒のツイードモチーフのボード。ランウェイは蛇行し、それはツイード素材の起源であるツイード川の流れを想起させた。
ショーに先立って、モデル、ヴィヴィアン・ローナーをキャストに迎えてスコットランドのツイード川付近で撮影されたイネス&ヴィヌードによるショートフィルムが発表されたが、今季はシャネルを真っ先に想起させる素材、ツイードをテーマに“INFINITE TWEED”と題した。フィルムのBGMとして1960年代のThe Kinksの曲が使用されていたが、コレクションにはその当時のロンドンのムードも加えている。
ピンク、ブルーといったパステルカラーに、時折ベージュやマリンブルーを交えながら、ツイード素材のコートやジャケットが登場。ニットのスーツもツイード風に織られ、ツイードが様々な形で解釈されている。それらには「シャネル」マークの入ったレインブーツや、ロングブーツ、そしてレッグウォーマー風のソックスが合わせられ、各ルックはカジュアルダウンされる。
ツイード模様に羽をあしらったジャケットや、ツイードモチーフのスパンコール刺繍のミニドレスなど、クチュール的な高い技術を用いたルックを時折挟みながら、ツイードはもちろんのこと、レースやジャカード素材によるシンプルなシルエットのロングドレスで締めくくった。
ミュウミュウ(MIU MIU)
ミウッチャ・プラダによる「ミュウミュウ」は、経済社会環境会議場であるイエナ宮を会場にショーを開催した。今季はスウェーデンのアーティスト、ナタリー・ユールベリ&ハンス・ベリをフィーチャーし、客席のデッキチェアのデザインやコスチュームジュエリーをコラボレーションしている。またショーのライブストリーミング映像には、彼らのアニメーションが合成された。
ポロシャツとミニのプリーツスカートという、まるでテニスウェアのようなルックでスタート。スカートからはショーツの上部がのぞく。これは前シーズンから続く、「既存のものから新しいものを創造する」という概念に基づいたもの。多様性や様々なアイデンティティを受け入れる役割として、メンズのモデルも初めて登場した。
プリーツスカートとロングコート、プリーツスカートとファーを襟に飾ったトップス。特有の違和感は、その後に続くツイードのジャケットと同素材のマイクロミニのホットパンツのセットアップや、ファーカラーのアップサイクルレザーによるアヴィエイタージャケットとショーツが顔を出すチェックのパンツといったコンビネーションなど、全てに渡って漂っている。
パンツやスカートは、ローエッジの裏地が見える構造で、ブルゾンやショートジャケットでも、糸が出た切りっ放しの裏地がヘムからのぞく。
後半にはシースルードレスが登場したが、スポーティなブラトップとショーツをインナーに合わせ、厚手のソックスをコーディネートしてカジュアルドレッシーに見せている。そしてルックによってはアヴィエイタージャケットやエンジニアブーツを合わせ、冒頭からの違和感は最後まで続く。しかし、絶妙なバランスと新鮮なコーディネートが心地良ささえ生むのだった。恒例とはなっているが、パリコレクション最終日にミウッチャ・プラダはまたも謎めいたマジックを披露して見せた。
各ブランドは各々の作風を推し進め、よりアーティスティックな服を創造しようとするパリコレクションの傾向に変化は無い。しかし、それぞれがバラバラな結果を生んでいるのか、といえば、そうではない。各デザイナーは同じ時代を生きているため、互いに近い感情を抱き、似通った感性を発露し、それがコレクションに反映されて共通点が生まれる。それは確かなことである。
今季、印象的だったものが、アンソニー・ヴァカレロによる「サンローラン(SAINT LAURENT)」や「リック・オウエンス(Rick Owens)」で見られた、コートの下にひらひらと風になびくドレスを合わせるという硬軟のスタイルである。軍服由来であるコートからフェミニンな造形がのぞく、そのコントラストが心地良く感じられた。
それは、フェミニンな要素とマニッシュでスポーティなスタイルの組み合わせであり、コントラストを際立たせるコーディネートとも解釈できる。例えば「ルイ・ヴィトン」ではドレスにポロシャツを、「ステラ マッカートニー」はジャケットにUシェイプブラを合わせ、「エルメス(HERMÈS)」はラフルやレオタードなどのフェミニンな要素を随所に散りばめてコントラストを見せていた。
コロナ禍3年目に入る今年、身体を守ろうとする意識が芽生えてきたためか、甲冑やスポーツのプロテクターのイメージも目に付いた。オリヴィエ・ルスタンによる「バルマン(BALMAIN)」は、スポーティなプロテクターをドレスにぶつけるも、一つのルックとして完成させる力技を見せた。マリア・グラツィア・キウリによる「ディオール(Dior)」は、身体を守るプロテクターの機能と共に温度調節の機能を加え、より一層モダンな装いを編み出していた。
「ディオール」も「バルマン」も、それぞれスポーツウェアの要素を大胆に取り入れていたが、「ミュウミュウ」や「ルイ・ヴィトン」も、その流れの中にあったといえるだろう。
スポーツウェアの一端ともいえるレッグウォーマー、あるいは厚手のソックスは、今季気になったアイテムである。「エルメス」はレッグウォーマーをスポーティに見せ、「シャネル」はレッグウォーマー風のソックスを合わせ、「ミュウミュウ」はドレスにも厚手のソックスをコーディネートしていた。
アートからの影響もいくつかのブランドで見られた。「ステラ マッカートニー」はフランク・ステラの作品を吸収しつつも、彼女らしいモダンウェアで構成されたコレクションを発表。「リック・オウエンス」はヨーゼフ・ボイスに言及し、厚手のフェルト素材を使用。ヨーゼフ・ボイスは、身体をプロテクトするためにフェルト素材を使用しているエスキモーから着想を得て作品を作り続けたアーティスト。ここでも身体を保護するという一致が見られる。ジョナサン・アンダーソンによる「ロエベ(LOEWE)」も、ヨーゼフ・ボイスを思わせるワイルドなフェルトを使用し、またシュールレアリスト、メレット・オッペンハイムの作品を思わせるファー使いを見せていた。
1920~30年代に隆盛した様式、アール・デコも一つの流れを作る要素かもしれない。ブルーノ・シアレッリの「ランバン(LANVIN)」は、創始者ジャンヌ・ランヴァンが活躍した時代からインスピレーションを得て、アール・デコを直接的かつモダンにアレンジしていた。創始者イヴ・サン・ローランが買い集めた美術品コレクションにアール・デコ期のものが多かったことからインスパイアされた「サンローラン」は、1920年代からパリに滞在したナンシー・キュナードの男性的な装いを参考にし、間接的にアール・デコ時代の空気感やアティテュードを表現した。
コートの下からのぞく柔らかい素材のスカート、マスキュリン・フェミニンの再解釈、プロテクター、スポーツウェア、レッグウォーマー&ソックス、アート、アール・デコ。このように列挙してみると、スポーツウェアという大きなくくりの中で語られるプロテクターやレッグウォーマー&ソックス以外、互いに直接的な関連性は見当たらない。もしかしたら、大きな流れを作るようなトレンドは実在していないのかもしれない。
ジョニー・ヨハンソンによるアクネ ステュディオスは、適当に修復した素人仕事のような要素を加えていたが、トレンドは廃れ、個別化していく世界を予測しているかのようだ。そこには、各人のスタイルは各人が作り出せば良いとするメッセージがあったのかもしれない。
各コレクションは開催順に掲載
取材・文:清水友顕(Text by Tomoaki Shimizu)
2022秋冬パリコレクション