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2020.08.19

去年の今頃と、今のリテール

 今年に入ってから半年間、引きこもっている時間が多かったのに新たな体験を沢山したような気がしてならないのです。そんな不思議な感覚を覚える中、ふと去年の今頃のニューヨークのリテールの状況を思い出しました。

行列の終わり

「GLOSSIER / グロシエ」の店舗

 去年の今頃、暑い、暑いと思いながらも、気になるブランドのお店へとリサーチをするためソーホーへと向かっていました。クーラーなんてまさか無く、ニューヨークの地下鉄のプラットフォームはサウナ状態で、朝起きてシャワーを浴び、クーラーをかけ、少し涼んでから支度しても、電車を待っているだけで滝のような汗をかいてしまいます。さっき塗った日焼け止めはもう流れ落ちてしまったでしょうか…などと思いながら、ソーホーのど真ん中にあるスプリングストリートで地下鉄を降りました。この日向かったのは、若い世代を中心に、幅広い年齢層からフォロワーを持つコスメブランドの「GLOSSIER / グロシエ」でした。グロシエは、2018年の秋に初のフラッグシップストアをニューヨークにオープン。ストアの中へ一歩入ればいつも賑わっていて、誰もがお店という空間で買い物を楽しんでいる光景が印象的です。オープンしてから数ヶ月が経つと、ある程度入場制限が行われるようになり、2019年になった頃には店舗があるビルの前には行列が頻繁に見られるようになっていました。

 

 その時は遠目に見たグロシエの前には赤い傘をさした女性たちが列を作っていました。グロシエといえば、“グロシエピンク”と言われるほど淡いパウダーピンクが有名ですが、実はレッド(赤)もグロシエにとっては大切な色です。グロシエにとっての赤は、2017年秋に発売されたフレグランスのパッケージに使用されたカラーで、グロシエファンであれば、その事にすぐにピンとくるのです。ウォーターボトルを持参していたとしても、日陰が全くないこの通りで入店するために並ぶのは結構辛いです。しかし、準備されたブランドが展開する商品を連想させる赤い日傘をさすことで、まだお店の中には一歩も入っていないのにブランドとの強い繋がりを感じてもらう事ができます。どんな状況でも顧客とのエンゲージのチャンスを逃さないところ、流石だなと感心したことを思い出します。

 

 そんなグロシエも今年8月7日に、ブランドのブログページで、創設者で CEOのエミリー・ワイズから今年いっぱいニューヨーク、ロサンゼルスそしてロンドンの店舗を引き続き休業することが伝えられました。個人的にもとても残念なニュースではありますが、常に進化し様々な形で顧客との接点を作ってきたグロシエだけに、時が来たら、再びフィジカルの場で新たなエクスペリエンスであっと言わせてくれると信じています。そしてそれまでの期間ははデジタルファースト企業らしく、オンラインでコミュニティーをきっと盛り上げてくれるでしょう。

お店はあっても、なくても、どちらでも

「THE REALREAL / ザ・リアルリアル」の店舗

 去年の今頃、ソーホーへ行くことがあれば、ラグジュアリーのコンサイメント(委託販売)で成功している「THE REALREAL / ザ・リアルリアル」のストアへもちょくちょく立ち寄っていました。ソーホーにあるリアルリアルはブランド初のブリック&モルタルとして出店された場所です。オープン当時はファッション業界関係者の視察を多く見かけましたが、じきに観光客で賑わうようになり、マスレベルへとその存在が広がっていくのを感じていました。リアルリアルも当然、パンデミック中は店舗を一時閉店していたわけですが、Instagramなどのソーシャルメディアでもエンゲージ力の高そうなコンテンツを常に発信し続けていました。実際、頻繁にストアのバイヤーから何か委託したい物はないかと個人的にも度々メールをもらっていました。

 

 現在、状況は日々変わりますが、ロサンゼルスのメルローズ店、ニューヨークのソーホー店、サンフランシスコのユニオンスクエア店が営業を再開しています。(※ここに上げた店舗以外は予約制のみでのコンサイメントのサービス等を対応しています。)デジタルネイティブとしてスタートしたリアルリアルは私にとって、お店があっても、なくてもどちらでも良いブランドだと思います。なぜなら、もしも何かを委託したければラグジュアリーマネージャーとビデオを使いバーチャル上で委託のサービスを行えます。もしもビデオチャットすら面倒であれば昔ながらのやり方で、商品を送って査定してもらうことも可能です。買い物がしたければウェブはもちろん、アプリも使い勝手がいいのでサクサクと買い物が出来ます。店舗が出来る前から、デジタルのサービスがとても便利で、私にとって店舗はおまけに感じます。だから、お店はあっても、なくてもどちらでも良いのです。一顧客でもある私が、そう感じている訳ですから、リアルリアルの様なデジタル上でのサービスをしっかりと構築してきたブランドは、店舗が再開してからも、そこまで訪れる人が増えなかったとしても、ブラントとしての存在感は顧客にとって薄れてしまったわけではないと思うのです。

フィジカル(店舗)でのサービスも進化し続けなければならない

「Rent the Runway / レントザランウェイ」の公式サイトより

 今月8月14日のニュースによれば、衣類のサブスクリプションサービスの「Rent the Runway / レントザランウェイ」が、ニューヨーク、ロサンゼルス 、シカゴ、サンフランシスコ、そしてワシントンD.Cの5店舗を閉店する事を決定したそうです。今後はデジタルに投資していき、フィジカルの場では“ドロップボックス”すなわちオンラインでレンタルした衣類などを返品できるロケーションを増やしていく方針が現地のメディアでは伝えられています。CNBCの報道によれば、自粛生活が解除され始めた頃からビジネスは再び走り出し、顧客たちはZoomウェアとしてトップスやアクセサリーを中心にレンタルを始めているようです。

 

 個人的にレントザランウェイのショールーム型ストアには、“今すぐ必要”という時に何がレンタル出来るかを見に行くことが度々ありました。そう思うと、今パーティーやイベントの開催もなく、仕事でのここ一番の身だしなみを気にすることが少なくなると、“少なくとも今は”店舗の必要性がなくなってしまったのは確かです。ですが私はこの流れをネガティブだとは思いません。今、必要な決断(店舗縮小)と必要な部分(デジタル)に投資をすること。そして再び市場をアナライズし、新たなサービスでフィジカルの場で勝負する。少し時間はかかったとしてもきっとロスタイムはキャッチアップ出来ると思うのです。


 

 

R I N A

90年代の米国がネットバブルだった頃に米国にて日本向けのファッションポータル事業にコンサルタントとして関わる。

 

以降、「ファッション」と「インターネット」上で行われるビジネスを中心とした事業に15年ほど携わり、Web製作やディレクション、ビジネスのコンサルタントを行う。現在は米国のファッション事情やトレンド、ファッションとIT関連を中心とした執筆、今までの経験と知識を活かしビジネスサポートも行っている。

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