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2020.07.22
【連載―ファッション×○○業界に学ぶ】渋谷区とKDDIによる一大プロジェクト 5G時代のテクノロジーで ファッション業界はどう変わる?
KDDI株式会社
5G XRサービス企画部 革新担当部長
三浦 伊知郎氏(左)
一般社団法人 渋谷未来デザイン
理事・事務局次長
長田 新子氏(右)
KDDIと渋谷未来デザイン、渋谷区観光協会が共同で、3月に本格導入された第5世代移動通信システム(通称、5G)を活用するプロジェクト『渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト』を開始しました。東急やパルコ、ベイクルーズなど32の参画企業・団体とともにKDDIの『au 5G』を用いたアート、音楽、ファッションなどの取り組みを進める一大企画です。渋谷区とKDDIという大きな枠組みの中で、ファッションとテクノロジーの掛け合わせにはどんな可能性が秘められているのか。現在進行中の協業企画から、ファッションの未来を探ります。
※このインタビューは2020年3月に行われました
まず、渋谷未来デザインとはどのような組織なのでしょうか。
渋谷未来デザイン・長田(以下:長田)2018年4月に設立された渋谷区の外郭団体です。渋谷区が掲げる渋谷区基本構想がイメージする都市の未来像を実現するために、企業、学校、クリエイターといった多様な個性と組むオープンイノベーションを起こすためのハブになる組織としてスタートしました。私は以前レッドブル・ジャパ
ンで働いていたのですが、渋谷区にある企業として、一緒に仕事をすることがあって、組織の立ち上げを知りまた。街作りにはとても興味があったので、立ち上げ時の準備室に入ってお手伝いして、渋谷未来デザインという一般社団法人ができたタイミングで入社をしました。この組織自体が全国でも類を見ない新しい形の実験的な組織で、60社以上のパートナーの企業や団体とともにさまざまな事業を運営しています。今回の『渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト』は創造文化都市事業という枠組みの中の最大規模の事業で、街を実験場にして新しいものを生み出すというものです。
なぜ、渋谷未来デザインと渋谷区観光協会、KDDIという3社が組むことになったのですか?
KDDI・三浦(以下:三浦) 僕はもともとアパレルブランドのディーゼルジャパンのマーケティングやイベント企画を経て、2017年にKDDIに入社をしました。KDDIは大きな会社なので、社内に新しい風を吹かせるという目的で複数人を「革新担当部長」として外部から採用しているのですが、その中の一人として僕も関わることになったのです。長田さんとは前職から10年近い仲だったので、KDDIの5G推進プロジェクトにおいて何かご一緒できるんじゃないかと思って、相談をしました。それから3カ月で7個もの企画を回しながら、5Gとテクノロジーを使ってどんなエンタメができるかを試してきました。
長田:そのうちに参加したいという企業が出てきて、結果としてKDDIを含め32社を集めて一緒にやりましょうということになったという経緯です。
協業におけるそれぞれの役割は?
長田: 私はパートナーのみなさんと向き合いながら、商店街や町内会、行政との間をコーディネートするポジションです。自分自身が渋谷区民ということもあって、その目線は大事にしています。
三浦: KDDIとしては『au 5G』を活用していかに面白いことができるのかを渋谷区で検証することですね。じつは僕も渋谷区道玄坂生まれなんです(笑)。まさか渋谷区の仕事をするとは思っていなかったので、すごくチャレンジングなことだと感じていますし、関わる人がみんな渋谷区への愛を持っているということをすごく実感しています。
長田: ここまで愛が強い街って珍しいと思いますね。だけど、10年前から知っている三浦さんとだからこそ、この企画はできたんだと思います。三浦さんは突破力がすごくて、気がついたら100メートル先を走っているような人なので(笑)。
三浦: 会議ばかりしてないで、とにかくやってみようという精神で挑みました。僕としても、なんでも素直に話せる長田さんがいたことは大きかったですね。企業と行政というよりも、人と人の対話で成り立っているような気がします。
かなり大きな規模の取り組みですが、リスクを感じることはありますか?
三浦: 何か失敗したところで死なないので(笑)、迷ったらやればいいという気持ちです。前職でもたくさん失敗をしましたが、それが糧になりましたし、お互いそういった体験をしてきたので、チャレンジすることのリスクはないと思っています。うちの会社は僕みたいな人間を採用する時点で、ある程度未来に対する課題意識を持っているのだと思いますし、こうして自由にやらせてもらっているということは非常にありがたいことだと思います。長田さんのおかげもあって、スピード感を持って企画を進められますし、全体で本当にいい循環が生まれているのです。
「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」渋谷区という大きな街を
実験場として様々なコンテンツと5Gの可能性を模索するプロジェクト
KDDIを除くと32社との協業を発表しています。これだけの数をどのように集めたのでしょうか。
三浦: 具体的な施策などは決まっていない段階で、「渋谷を実験場として使わせてもらってビジネスを生み出す」という大枠の目的だけを共有して、多くの方に参画を打診しました。しかも年末年始を挟んだので実質2週間くらいで決断してくださいと。普通に社内で話し合っていては間に合わない期間ですが、それでもこれだけの企業が集まってくれたということは、危機感や期待を持っている企業がこれだけいるのだということに他なりません。
長田: しかも、組織自体が自発的に提案をして企画が生まれるような組織構造をとっているので、とても理想的な組織だと思います。
ファッション業界からの参画も目立ちますが、アパレルと企画の相性に関してどう感じていますか。
三浦: 今後アパレル企業はさらに増える予定なのですが、自分自身がアパレルにいた身として、できることはたくさんあると感じていました。たとえば、店頭に顔認証機能を導入すれば購買データをスムーズに把握できて接客に生かせるとか、ARグラスを使ってファッションショーをさらに楽しいものにするとか、テック企業と組むことでチャンスはいくらでもあるんです。一番の問題は、ファッションとデジタルが両極端にいて、お互いが理解できていないというか、苦手意識を持っていることにあります。
しかし、アパレル業界としても、いよいよテクノロジーを避けては通れないということに気がついてきましたし、今回の参画企業の中でもベイクルーズさんのような大きな会社が課題意識を持って参加してくれたということには大きな意味があると思っています。僕が両方の業界を見てきて気がついたのは、これまでファッションとテクノロジーをブリッジする存在がなかったということ。それは今自分がチャレンジしたい領域でもあります。
プロジェクトの今後の展開を語る長田氏と三浦氏
長田: ファッションにはワクワク感が欠かせませんが、お店での高揚感をどのようにテクノロジーでサポートするかとか、いろんな形で協業できる可能性があると思っています。KDDIとしては現時点で協業することで何かを売る必要があるわけではないというのは大きい気がしますね。タッグを組むこと自体で儲けるようなサービスだと、儲かる仕組みを考えてしまいますが、ある意味で利害関係のない存在としてKDDIがいることはすごく心強い。お金を稼ぐことは大事ですが、イノベーションにおいては、まずぶつかり合うことが重要なんです。
三浦: おっしゃる通りで、もちろん会社として利益を出すことは目的にありますが、それは今すぐにではない。実際に5Gがアクティブになるまでまだ数年かかると思います。まずは5Gというキーワードによって「明るい未来が待っている」というメッセージが伝わるのであれば、僕たちはできることをなんだって提供しますし、渋谷という場所が加わることで、他にはない最強のプラットフォームができたわけです。まずは積極的に企業がトライしようとしていることをやるべきだと思いますし、KDDIとして5Gにまつわる技術を掛け合わせることでまずは面白い取り組みにチャレンジすることに大きな意義があるのです。
最後に、今後の展望について教えてください。
三浦: KDDI自体は大手企業ですが、渋谷プロジェクトチームはベンチャー企業だと考えているので、まずは高速回転しながら実績を積むことです。失敗を恐れずに、少しずつ成功事例を作っていくことが当面の目標ですね。アパレルの視点で言えば、テクノロジーによって顧客体験をリッチにする施策はたくさんあるはずです。渋谷区というフレームの中で、ファッションとテクノロジーを渋谷区がコネクトするような関係性を模索していきたいと思っています。
長田: それぞれのパートナー企業が期待を持って参画してくれているので、自主性を重んじつつ、各企業が実現したいことをサポートしたいと思います。最終的には渋谷区だけでなく全国に対しても広がっていくような形が理想ですし、まずは5Gを活用しながらどんどん事例を作って、自走できる事業が増える場所を目指したいと思います。
まとめ
公共性の高い渋谷未来デザインという一般社団法人と、大手キャリア企業KDDIによるタッグ。一見するとハードルの高そうな組み合わせですが、取材で感じたのは担当者のベンチャーマインドと人間性でした。大きな組織ながらも人が前に立ってスピード感のある施策を実行し、その情熱に共感した32社もの大手企業がすぐに参画を決め、実験的なプロジェクトを遂行する。とくに距離があると思われていたアパレルとテクノロジーでさえ、さまざまな可能性を視野に実験的な取り組みが始まるのだとすると、未来を変えるために必要なのは、やはり人と人との信頼とチャレンジする意欲なのではないでしょうか。これだけの規模の組織でさえ、身軽な実験的施策に挑戦しているのだから、課題を抱えるアパレル企業に必要なのは「まずやってみる」勇気なのだということをあらためて強く感じました。