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2020.05.27
【連載―ファッション×○○業界に学ぶ】検索データから需要アイテムを予測、(株)三越伊勢丹とヤフーによる次世代型のモノづくり
(左)三越伊勢丹 デジタル事業部
アームインアーム営業部 計画担当
竹林 憂氏
(中央)三越伊勢丹 デジタル事業部
アームインアーム営業部 バイヤー
本田 彩夏氏
(右)ヤフー データ統括本部
データソリューション事業本部
山中 惇氏
※インタビューは2019年当時のものになります
株式会社三越伊勢丹(以下、三越伊勢丹)は2019年にヤフー株式会社(以下、ヤフー)と協業し、ビッグデータのAI予測による商品開発を実施しました。まずは9月、三越伊勢丹のオンライン発ブランド「arm in arm(アームインアーム)」で、子育て中の小柄な女性に向けたロングスカートを開発・販売しました。コラボレーションは、ヤフーが提供する法人向けデータソリューションサービスの実証実験としてスタート。商品の開発にはヤフーが提供する検索エンジン「Yahoo!検索」やQ&A共有サイ「Yahoo!知恵袋」のビッグデータを活用したと言います。ヤフーが持つ最新のビッグデータとテクノロジーを活用した次世代のモノづくりの可能性について、両社の担当者にお話をうかがいました。
まず、両者がコラボするに至った経緯を教えてください。
ヤフー・山中:(以下:山中)私はヤフーのビッグデータを様々な業界に活用いただく、データソリューションサービスを担当しているのですが、その中で三越伊勢丹さんとも2019年3月頃からお話をさせていただきました。当初からビッグデータ活用に興味を持っていただき、その中でも顧客の声を商品づくりに生かしている「arm in arm」がいいんじゃないかということで竹林さんをご紹介いただきました。
三越伊勢丹・竹林:(以下:竹林)「arm in arm」は2019年3月に立ち上がったオンライン SPAブランドです。ブランド自体がお客様との共創をコンセプトにしているので、普段からインスタライブを活用するなどお客様との接点を大事にしています。新しいデジタルマーケティングに挑戦したいという思いもあって、ぜひご一緒したいということを話しました。
三越伊勢丹・本田:(以下:本田)「arm in arm」は百貨店の対象顧客よりも若年層をターゲットにしています。ブランドの全体企画を竹林が担当し、私がバイヤーとしてモノづくりの部分を担当しています。
両社による商品企画は具体的にどのように進みましたか?
山中: まずは25~35歳のママ世代で都心に住んでいる方をターゲットとして設定し、どのようなデータを分析すべきかという議論に取り組みました。
竹林: 確かそうでしたね。そもそもヤフーさんが持つビッグデータは膨大です。どのような括り方で何を抽出すれば、より顧客の潜在ニーズに歩み寄れるだろうかということを話しました。
山中: 最初に「ファッション × コーデ」のような掛け合わせ検索を深掘りすると、ターゲット層が注目するアイテムとしてロングスカートが出てきました。次に「Yahoo!知恵袋」などのデータを細かく分析し、ロングスカートにどんな悩みをお持ちなのか調べました。「Yahoo!知恵袋」では質問するハードルが低いからこそ、日常の小さな悩みが見えやすいんです。この些細でリアルな悩みこそ洋服選びの時には重要で、共感を集めやすい悩みだと思ったんです。こうして、顧客の本音の部分である「自転車に乗りづらい」「抱っこ紐をつけた時にポケットが使えない」などの具体的なお悩みが見えてきました。
竹林: 検索の時点ではチェックシャツなど、他にもいくつかのアイテムが出てきましたが、深掘りによってもっとも悩みが多く、製品化しやすいアイテムということでロングスカートに的を絞りました。
本田: ここまでをデータ分析によって洗い出した後、より具体的な商品企画のためにブランドのInstagramでフォロワーの方々にお声かけをおこない、顧客を集めて座談会やヒアリングを実施しました。抱っこ紐に悩むママさんはどんなロングスカートを求めているのかなど、アナログなコミュニケーションから得られたアイデアを生かして、具体的な商品化が進みました。
山中: ターゲット設定を両社で行い、分析は当社が担当。商品開発を再び両社で実施して、生産・販売を三越伊勢丹さんに担当していただいたという流れですね。
「Yahoo!検索」の検索キーワードや「Yahoo!知恵袋」の書き込みといったビッグデータを活用したということですが、分析方法や技術について詳しく教えていただけますか?
山中: ヤフーはとてもたくさんの方にサービスをご利用いただいています。そこで蓄積されたデータを統計的に分析したビッグデータを活用しています。ビッグデータを加工、分析するという処理過程には独自のテクノロジーを活用しています。検索結果がどのような意図で検索されたものなのかをカテゴライズするAI技術があります。たとえば、同じロングスカートに関する検索でも、分析にあたっては、それが趣味としての検索なのか、悩みの検索なのか、検索の意図を見分ける必要があるんです。その分類をAI技術を用いて行いました。
本企画における、それぞれの強みは何でしょうか。
山中: 膨大なビッグデータをAIや深層学習によって効率よく抽出・分析できたという点で、ヤフーが貢献できたのではないでしょうか。
本田: 三越伊勢丹としては、得られた分析結果をより深掘りし、ニーズを商品に落とし込んでいく作業を担当したわけですが、ここには当社が培ってきた接客でのコミュニケーションノウハウや顧客との関係性が活かされたのではないかと思います。また、実際の製品化に当たっても、これまでのモノづ くりのノウハウを活かすことができました。
座談会で子育て中のママと一緒に作ったエプロンスカート
発売後の反響はいかがですか。
竹林: 発売にあわせて「銀座三越」のイベントスペースでショールーミング型の展示会を実施しました。店頭で試着してオンラインで購入するという仕組みです。ここでは、自社アイテムで過去もっとも売れたアイテムの2.6倍もの商品が売れたんです。現在もオンラインで好調に売り上げを伸ばしていますし、想像以上の成果でした。商品としての見た目の良さはもちろんのこと、そこに裏付けされた背景やストーリーがあったことが人気の理由ではないかと考えています。
ローンチにあわせた試着会での売り上げは過去最高額の2.6倍!
本田: いくらかっこよくても、きちんとした機能性がなければいけないですし、それが実際に多くの方の悩みに直結しているということが重要です。今回の成果は、顧客の本来のニーズや潜在的に抱えている悩みに応えられた結果だと思います。また、ユーザーとの共創をテーマにしていることもあって、座談会にきてくださった皆さんが初対面でも打ち解けてくださり、新しいコミュニティが生まれたというのもブランドらしさを体現できているなと感じました。
座談会の様子
今回の企画で得られた成果について教えてください
山中: われわれとしては4月~10月は新サービスの立ち上げ準備期ということで、実際にデータの色々な使い方を模索している時期でした。なので、今回の実証実験でいい成果があげられたことはうれしかったですね。そもそも、新事業のパートナー様を探してきた中で、アイデアが浮かんでも構想で止まってしまうことが多く、商品化に至ったのはこれがはじめてでし た。だから、ビッグデータを活かしたモノづくりが構想にとどまらず、実際の成果に結びついたということが何より嬉しいことでした。分析結果を商品開発に使えるような形にする過程はとても難しく、実証実験として学ぶこともたくさんありました。成功のためには、分析データを深掘りして商品企画につなげてくれた三越伊勢丹さんのノウハウが欠かせませんでした。
竹林: 私たちはこれまでもお客さまの声を集めて商品企画を行ってきたわけですが、仮説やトレンド予測がベースにあるだけで、確実な根拠はなかったんです。なので、過去には正直上手くいかない企画もたくさんありました。ある意味、無駄なものを作ってしまったこともあったわけです。今回は大きな根拠のあるところから企画をスタートし、本当に必要とされるアイテムにたどりつくことができました。サステナブルという観点でも、無駄のない商品づくりが実現できたのではないかと思います。
本田: ミレニアル世代をターゲットにした、オンラインがベースにあるブランドなので、今後店舗の出店などの構想はありません。ですが、百貨店が持つリアルでの接点は今後も強みとして生かしていきたいと思っています。そのためにはリアルとデジタルを融合する必要があるわけですが、試着会や顧客との座談会におけるコミュニケーションなど、両方を結びつけたブランドの一つの成功例を作れたのではないかと思います。
では、最後に今後のコラボレーションの計画や展望があれば教えてください。
山中: ヤフーとしては今後もモノづくりをはじめとして、あらゆる分野にビッグデータで貢献していきたいと思っています。今回用いた検索データだけでなく、購買データなど、活用できるビッグデータはたくさんあります。それらの活用の幅を広げていきたいと思います。また、今の時代は言葉で表現しづらいニーズや画像による検索ニーズも増えています。ここに対しても挑戦をしたいと思います。もちろん、(株)三越伊勢丹さんと今後継続して商品企画を実現できたらうれしいです。
本田: 今回はまずロングスカートの商品化に成功したわけですが、消費者の悩みは他にもあふれるほど存在します。そこにスピーディに対応していきたいですし、今後もお客さま心理に刺さる商品開発をしていきたいと思います。商品企画にとどまらず、売れ行きの需要予測など、おっしゃるとおり、活用できるテクノロジーはまだまだあるので、それらを上手く組み合わせ、無駄のないサプライチェーンを作っていきたいと思います。
竹林: ヤフーさんが検索結果を持っている一方で、私たちはお店での購買データを持っています。この需給を掛け合わせることで、ほんとうにサステナブルなモノづくりを実現していきたいと思います。
まとめ
消費者のニーズを汲み取り、本当に必要なアイテムを必要な消費者に届ける。テクノロジーを活用すれば、そんなお客様の心理に刺さる商品開発や夢のようなサプライチェーンが実現可能だということが今回の取り組みで実証されました。しかも、6000万人超のユーザーのビッグデータを活用したアイテムの実用化に悩んできたヤフーと、商品づくり・販売には自信を持ちつつもその需要の裏付けができなかった三越伊勢丹という2社による強力なタッグ。今後はアイテムニーズだけでなく、販売における需要予測まで分析対象を広げたいということですが、無限の可能性を秘めた次世代型のサプライチェーンがこれを機にあらゆるアイテム・業種へと広がっていくことは間違いないでしょう。
arm in armの公式ページ:
ヤフー・データソリューションの公式ページ:
アパレルウェブ「AIR VOL. 30」(2019年12月発刊)より
■AIR(APPARELWEB INNOVATION REPORT)とは…
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