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2020.04.28
自粛ムードの中、顧客と“つながる”試み
樋口尚平の「ヒントは現場に落ちている」 vol. 75
樋口尚平
2月ごろから顕在化してきた新型コロナウイルスの影響で、人が集まる小売店の営業も大幅に制約されるようになった。4月7日に発令された緊急事態宣言の後は、主要都市を中心にして、さらに外出の自粛要請が強まった。こうした状況下では、特にリアル店舗へのマイナスの影響が大きくなる。顧客との“つながり”も希薄になりがちな環境下で、アパレル関連企業はどのような工夫を凝らしているのだろう。
ECサイトが好調な推移に
先日、開示された2020年2月期(2019年度)のアパレル関連企業の業績を見渡しても、リアル店舗の売上減が顕著に表れていた。その一方で、EC(Eコマース)の売り上げは順調に伸びていた企業がほとんどだった。店頭の売り上げをカバーするまでには至っていないが、良い傾向であることは確かだろう。
例えば、オンワードホールディングスの2019年度(2020年2月期)のEC売上は333億円(30.6%増)だった。売り上げに占める比率は低いが、高い成長率である。TSIホールディングスの2019年度(同)のEC売上は363億円(6.4%増)。自社のECでは114億円(14.2%増)の2ケタ増だった。アダストリアでは、2019年度(同)の国内EC売上が436億円(7.6%増)となった。バロックジャパンリミテッドは自社ECが前年同期比101.1%だったが、値引き販売が抑制されたため、利益改善に貢献した。三陽商会のEC売上は前年同期比125.2%だった。レナウンのEC売上は同104%だった。2月期ではないが、2月末に上期を終えたファーストリテイリングの「国内ユニクロ事業」のEC売上は、525億円(8.3%増)。暖冬の影響で伸びが鈍化したという。
ECのほか、メールマガジンやインスタグラム、ツイッターなどのSNSを活用した顧客との関係を保つ工夫は今に始まったことではない。しかし、小売店が閉店せざるを得ない状況になった現在では、新しい顧客満足を叶えるインフラとして、威力を発揮しつつある。
元々ECは、リアル店舗の売り上げを補佐する存在として発達してきた機能だ。近年はECから立ち上がるアパレルブランドも増えたけれども、それはIT技術や環境の整備が進んだから可能になった。始めにリアル店舗ありき、のECだったわけである。今ではアパレル企業がEC部隊を抱えていることは、当たり前のことになった。
ワールドのケース、「ワールド プレミアムクラブ」を活用
ワールド、「ワールド プレミアムクラブ」を通じ顧客との意思疎通を強化している
少ない事例紹介で恐縮だが、お聞きできた範囲でアパレル各社のお取り組みを取り上げたい。神戸発祥のアパレル企業、ワールド。新型コロナウイルスの影響で、特に3月度は前年同期比64.8%と国内の小売りの売り上げが落ち込んだが、Eコマースは同112.9%と2ケタの伸びだった。
ECの4月度は4月20日過ぎ時点で、3月を上回る推移。特に自社ECは120%を超えているという。もちろん、リアル店舗の売り上げを埋め合わせるまでには至っていないが、強みを発揮している。
そのほかの取り組みとしては、SNSを活用したプロモーションの強化施策がある。会員カードを媒体としたSNSサービスサイト「ワールド プレミアムクラブ」。4月10~14日までの間、同クラブの会員限定だが、購入額に合わせて最大5000円の値引きサービスを提供した。また4月中は、LINEとのリンクを行った「ワールド プレミアムクラブ」会員に対し、割引クーポンをプレゼントしている。
ワールド、「アクアガール」では「WORLD Fashion Channel」を通じ、オリジナルドラマを配信
また、リアル店舗の支援策としてメルマガを活用し――例えば「タケオキクチ」ブランドでは、初夏の羽織物を発信し、顧客の関心を喚起するなどECに誘導する試みも続けている。実店舗で実施予定だったフェアはオンラインへ移行させている。少し毛色が異なる取り組みでは、「アクアガール」ブランドでYouTubeを介し、ショートドラマを配信している事例もある。
デジタル事業では、新型コロナウイルス前から「ラクサス」や「オムニス」において「サブスクリプション」形式のサービスも強化している。カスタムオーダーでも今後、スーツに加えてカジュアルシャツまで対応を拡大する計画だ。
非物販、サービスを提供する事例も
三起商行の「出産準備ライブ相談」
子供服ブランドの「ミキハウス」を手掛ける三起商行(大阪府八尾市)では、出産準備にある夫婦を対象にしたサービスを始めた。1つは「出産準備ライブ相談」。スマートフォンやタブレットを媒体にし、「ミキハウス」の子育てアドバイザーがオンラインで相談に乗るサービスだ。
2つ目は「ミキハウスショップダイヤル」。電話回線を利用するのでSNSではないが、特設ダイヤルを通じて同ブランドのショップスタッフに買い物相談ができる。そのほか、セミナーをウェブ上の動画配信に切り替えるなどの工夫もしている。
いつ自粛措置が解けるのか先は見えない状況だが、ピンチはチャンス、現有戦力で工夫を凝らす企業が現れてきている。今後、新しいビジネスモデルを生み出す素地になるかも知れない。
樋口 尚平
ファッション系業界紙で編集記者として流通、スポーツ、メンズなどの取材を担当後、独立。 大阪を拠点に、関西の流通の現場やアパレルメーカーを中心に取材活動を続ける。
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