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2020.01.30

【2020春夏 パリオートクチュール ハイライト】ゴルチエがクチュールから引退 問いかけるファッションの意義

(写真)ゴルチエ パリ

 1月20日から23日まで、パリ市内でオートクチュールコレクションが開催された。主催するクチュール組合による公式カレンダー上では、34ブランドがショーを発表し、やや増加傾向にあった前シーズンの32から更に微増している。夏のクチュール時期と比べると、ジュエリーブランドの新作発表が少ない冬のクチュールは来場者も少なく、華やかさに欠けるのではないかと思われていた。しかし、実際には世界各国から顧客が来仏し、ジャーナリストの数も変化が見られなかった。

 

 ただ、大きな問題となったのが昨年末から続いている労働組合によるゼネラルストライキだ。地下鉄・バスが運休し、場所によっては大渋滞で交通が麻痺した。交通手段が絶たれ、タクシーもウーバーも見つからず、歩くしかない場面が多く、前回以上にハードなファッションウィークだったかもしれない。オートクチュール期間中、最終日頃からストライキは落ち着き始めたが、労働組合は別の手段での闘いを宣言しており、2月のレディースのパリコレクション中に労働組合が決起しないことを祈るばかりだ。

アクネ ストゥディオズ(ACNE STUDIOS)

 ジョニー・ヨハンソンによる「アクネ ストゥディオズ」は、ルーヴル美術館の地下にあるイベント会場、カルーセルでショーを開催した。今季はオートクチュール期間中にショー発表せず、何とメンズコレクションと同じ会場で同じ音楽を流しながら同時にショーを行うという前代未聞のイベントとなった。

 

 ランウェイの中央には白いパーテーションが設置され、片方はメンズ、もう片方はレディースのモデルがウォーキングし、それぞれの招待客はどちらかのコレクションしか見られない。メンズのコレクションは「AI(人工知能)」にイメージを求めていたが、レディースはカーテンや家具などのインテリアファブリックを思わせる素材を用いたコレクションで、対極的な世界観だった。

 

 壁用のクロスを思わせるダマスクモチーフのジャカード素材のセットアップは、ヘムを切りっ放しにしてフリンジ状に。椅子からはがしたかのようなベルベット素材のスーツは、微妙な皺が寄り、長い年月を感じさせる仕上がり。ソファのようなギャザーを寄せたベルベット素材のドレスや唐草模様に合わせてカットしたドレス、フランドル派の絵画風のプリントのレザーコートなど、それぞれ袖が長かったりドロップショルダーだったり、「アクネ ストゥディオズ」らしい独特のボリューム感。部屋にある調度品やカーテンを素材に無理矢理作ってしまった、そんなストーリーを感じさせるコレクションとなっていた。

イリス ヴァン ヘルペン(Iris Van Herpen)

 「イリス ヴァン ヘルペン」は、「冬のサーカス」を会場に最新コレクションを発表した。タイトルは“Sensory seas(感覚的な海)”で、スペインの神経学者サンティアゴ・ラモン・イ・カハールが描き残した、顕微鏡を通してスケッチした様々なイラスト、そして水中生物であるヒドロ虫にインスパイアされたコレクション。

 

 今季もテクノロジーを駆使し、3Dプリンターによる波状モチーフをシリコンで描いたドレスや、レイザーカットした樹状突起のメタルパーツを熱圧着し、葉状のオーガンザをハンドステッチした骨のようなドレスなど、不思議な風合いの作品ばかり。今季は特に、オーストラリアのアーティスト、シリー・カルザースとのコラボレーションによるドレスが多く、シリー・カルザースが深海をイメージして描いたオイルペイントの生地を、レイザーカットしたペットボルト素材の骨組みに熱圧着したドレスや、有機的なドレーピングのシルクオーガンザ製ドレスなど、フォルムとモチーフの絶妙なマッチングを見せた。

アザロ(AZZARO)

 ヴァンドーム広場に面した、18世紀初頭建立のデヴルー館を会場にコレクションを発表した「アザロ」。昨年マキシム・シメオンスが去り、インハウスのデザインチームが手掛けて2シーズン目となる。

 

 70~80年代のアーカイブからの影響が色濃かった前シーズンから、今季は創設者ロリス・アザロの作風をより現代風に解釈しようとする姿勢を見せた。クリスタルメッシュのシースルードレスや、複雑なプリーツ素材のメタリックゴールドのドレスなど煌びやかなアイテムの他に、シンプルなコートや箔プリント素材のブルゾンなど、カジュアルなデイウェアをミックス。ミニドレスやスーツなどルックに関係なく、多くのアイテムにベルトを合わせてウエストマークをしているのも特徴的。

 

 前シーズン同様メンズのルックも10体登場し、レディースとは素材やテーマ性が異なるも、クリスタルやビーズで彩られたルックにより艶やかな「アザロ」の世界観が表現されていた。

ジョルジオ アルマーニ プリヴェ(GIORGIO ARMANI PRIVÉ)

 「ジョルジオ アルマーニ プリヴェ」のオートクチュールコレクションのショーは、エスパス・ヴァンドームを会場に発表された。

 

 今季は、インドネシアやマレーシアを起源とする絣織、イカットを様々に解釈し、ドレッシーなコレクションに展開。ブルーを基調に様々な色を組み合わせてはいるが、どこかに黒を交えることで色調を抑え、近未来的なボリューム感を見せるフューチャリスティックなカッティングや、このメゾンにしかない豪奢な素材使いなど、アルマーニらしさを随所に見せている。

 

 クリスタルトリミングのジャケットを合わせたデイウェアは、先をすぼめたパンツを合わせてすっきりしたラインに。イカットの地に刺繍入りオーガンザを重ねた、ゴージャスなパンツも見られた。ボタンにイカットイメージのクリスタルフリンジを施したワイルドシルクのジャケットや、レースをはめ込んだジャケット、イカットイメージのフリンジ刺繍をエポレット風に配したイカットのジャケットなど、バリエーションの豊かさもアルマーニらしい。

 

 フリンジはドレスになるとより長くなり、優雅な動きを見せる。ビュスティエ部分にフリンジを飾ったドレスは今季の特徴的なアイテムで、様々な色と素材で招待客の目を楽しませた。フリンジを刺繍して微妙なグラデーションを描いたドレスや、クリノリンを用いたドレスは、実験的なカッティングに挑むアルマーニの強い姿勢を感じさせるアイテムで、コレクションに一つのアクセントを与えている。

 

 最終ルックでは、典型的なイカットモチーフのファブリックを用いたドレスとジャケットを登場させ、イカットを中心に据えたコレクションであることを鮮烈に印象付けた。

ジバンシィ(GIVENCHY)

 クレア・ワイト・ケラーによる「ジバンシィ」は、コルドゥリエ修道院跡のホールで最新コレクションを発表。作家のヴィタ・サックヴィル=ウェストが居を構え、造園を手掛けたシシングハースト城、プロヴァンスはクロ・フィオレンティーナのユベール・ドゥ・ジバンシィの邸宅の庭園などからインスパイアされ、「オルランドー」の執筆にも繋がった、ヴァージニア・ウルフと作家ヴィタ・サックヴィル=ウェストとの女性同士の秘密めいた恋愛にイメージを重ねた。

 

 タイトルは“une lettre d’amour(一通の恋文)”。また、ユベール・ドゥ・ジバンシィの1950年代のアーカイブからも影響を受け、ロマンティックでフェミニン、そしてモダンなコレクションに仕上げている。ケープ状のパネルを重ねたジャケットドレスや小花を飾ったスモーキングジャケットなど、マニッシュなスーツは登場したものの数は少なく、今季は花のレースや刺繍、コサージュをあしらったドレスや、花弁を思わせる造形的なボリューム感あるドレスなど、斬新かつ新鮮なカッティングのアイテムで構成。プリーツをかけたグラデーションのチェック素材を大胆にあしらったドレスや、プリーツをかけたレースとチュールでラフルを描いたロングドレスなどは、繊細さの中にダイナミックで力強ささえ感じさせた。

 

 多くのルックにベルトを合わせてウエストマークし、コントラストを付けている点も新鮮。ユベール・ドゥ・ジバンシィ作品に通じる要素はあるものの、独自の解釈を加えて全く異なるものに仕上げ、「ジバンシィ」のイメージに新たな側面を加えていた。

ヴィクター&ロルフ(Viktor&Rolf)

 「ヴィクター&ロルフ」は、劇場ゲーテ・リリックを会場にショーを発表。これまでと同様に、サンプルや余った生地を再利用するアップサイクリングを試みているが、今季はよりガーリーな作風となっている。リバティプリントの小花柄の生地と、刺繍のサンプルなどを組み合わせたパッチワークドレスでスタート。

 

 短冊状の布をクロシェ編みで繋いだドレスには、ギピュールレースとオーガンザのラフルを首周りに飾り、バイアスカットのドレスには、タフタのギャザーをヘムに、そしてタフタのリボンを首周りに配してフェミニンに。襟をクロシェ編みのニットにし、布と布を繋ぐクロシェ編みの糸を長く垂らすことで、不器用なクラフト感を演出しているのも新鮮だった。

ゴルチエ パリ(GAULTIER PARIS)

(写真左より)ジジ・ハディッド、パリス・ジャクソン

「ゴルチエ パリ」2020春夏オートクチュールコレクション

 今季をもって最後のショー発表となったジャン・ポール・ゴルチエは、シャトレ劇場を舞台に壮大なコレクションを披露し、見事な幕引きを見せた。これまでのコレクションで発表されたアイテムの、形を変えてアップサイクルした作品と、新作をミックス。その数、実に200体以上。冒頭にウィリアム・クラインが監督した映画「ポリー・マグー お前は誰だ」の葬儀シーンが映し出され、その流れでボーイ・ジョージの歌をバックに棺桶が登場し、中から子供服を無数に縫い付けたミニドレスのモデルが現れるというブラックジョーク的なスタート。総合演出はブランカ・リー。

 

 前面に小さなジャケットを取り付けたルックや、ネクタイをパッチワークしたジャンプスーツなどが登場。レ・リタ・ミツコのカトリーヌ・ランジェールが現れ、代表曲の一つ「Les amants」をバックにマリンルックのシリーズへ。ヤスミン・ル・ボンやエリン・オコナーなど、90年代に活躍したスーパーモデルと共に、タネル・ベドロッシアンツなど、80年代からゴルチエのショーの常連だったモデルたちが登場する度に大きな歓声が。女優のロッシ・デ・パルマやベアトリス・ダルも会場を盛り上げ、ゴルチエとテレビ番組「ユーロトラッシュ」で共演していた司会者・俳優のアントワーヌ・ドゥ・コーヌや、歌手のミレーヌ・ファルメール、アマンダ・レアーなど、フランス人にしかわからない有名人もモデルとして多数出演。

 

コーンブラをはじめとするランジェリールック、ボーダーのマリンルック、ジーンズドレス、ひねりを加えたスモーキング、フェティッシュなSMルック、古い素材を解体して再構築したドレス、マダム・グレを思わせるドレーピング。ゴルチエが得意としてきたテクニックやアイテムは、200点以上の中に全て網羅されていた。最後に、再びボーイ・ジョージが登場し、カルチャー・クラブ時代のヒット曲「Church of poison mind」を歌い、華々しいフィナーレへ。今後、ゴルチエはデザイナー活動を続けるといい、その活躍振りは舞台や映画など多方面で確認できるはずだ。

ユイマナカザト(YUIMA NAKAZATO)

 中里唯馬は、シャイヨー宮のボールルームを会場に最新コレクションを発表。前シーズンに引き続き、分子レベルからデザインされたスパイバー社の構造タンパク質素材(ブリュード・プロテイン)を全ルックに使用し、水に触れた部分のみ収縮する、しぼりのような風合いを生むバイオスモッキングの技術を用いて、更なる進化を遂げた新作を披露した。

 

 “Cosmos”と題し、手塚治虫作の「火の鳥」よりインスパイア。バイオスモッキングによって立体的な形状にデザインされた生地に、植物由来の樹脂や金属によるビスで生地を繋ぐType-1のシステムを用いて服として完成させている。今季はニットの要素を前面に配し、冒頭ではクロシェ編みのドレスが見られ、後半のドレスにもニットの縁取りが施されている。

 

 特に圧巻だったのが火の鳥を思わせる造形的な作品。凹凸ある素材独特の優雅な動きと、これまでに見たことのない不思議な風合いは、正に現実のものではない火の鳥そのものだった。

 

アエリス(AELIS)

 ソフィア・クロチアーニによる「アエリス」は、オペラ地区のアートとバレエに関するカルチャーセンターであるエレファント・パナムでショーを開催した。パープル、モーブ、ワインレッドなど、夕日や自然の色からインスパイアされたカラーパレットで構成。オーガンザをランダムに重ねたロングドレスや、リサイクルレザーのライダースとオーガンザのスカートなど、ワイルドさが見え隠れするルックから、袖付け部分に立体的な造形を加えたテーラードジャケットまで、バリエーション豊かに見せた。デビューコレクション以来、サステナビリティを謳い続けてきたが、今シーズンは海のプラスチックごみを縫い付けたジーンズを着用したメンズモデルを登場させるなど、自己の主張を一歩推し進めていた。

 

 

 今シーズンは 「ランバン(LANVIN)」を手掛けるために自己のクチュールショーを2016年以来中止していたブシュラ・ジャラールの復帰が話題となったが、何よりもジャン・ポール・ゴルチエが今季をもってショー発表を最後としたことが大きなインパクトを与えた。

 

ショー会場で配布されたプレス資料には、ゴルチエが幼少の頃、父親の着古したトラウザーをスカートに仕立て直した母親のエピソードが語られ、「着てもらえない服が多過ぎる。捨てないでリサイクルして欲しい!」とする痛切なメッセージが書かれていた。蚤の市で掘り出した素材をリサイクルして革新的なクリエーションを発表してきたゴルチエらしい意見ではあるが、新しい服を販売し続けなければならないファッション業界とは齟齬があり、その矛盾が彼を苦しめ、パリコレクションからの撤退に繋がったのかもしれない。しかし、それはサステナビリティの観点からすると、ごく自然な流れであり、ゴルチエは先陣を切ったともいえる。

 

 一つの時代の終焉。ゴルチエ後のパリ・ファッションがどう移り変わっていくのか、これまで以上に注視すべき時期が来ているのかもしれない。

 

取材・文:清水友顕(Text by Tomoaki Shimizu)

「パリオートクチュール」コレクション

 

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