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2019.09.11

【連載―ファッション×○○業界に学ぶ】製品ではなくブランドの世界観を訴求 “ジルスチュアートビューティ” と“CRAZY” のコラボイベント The Wedding Eve.にファン殺到

アパレルウェブ「AIR VOL. 25」(2019年7月発刊)より

 

編集:福塚真一郎(アパレルウェブ)
編集協力 編集:株式会社ロースター/文:角田貴広/撮影:栗原大輔(ロースター)

(左から)株式会社コーセーJILLSTUART PR 堀川沙友里氏/株式会社コーセーJILLSTUART マーケティングプランナー 荒川菜摘氏/株式会社CRAZYエグゼクティブプロデューサー オア明奈氏

 「ジルスチュアートビューティ(JILL STUART Beauty)」は、2019年5月3日の限定コレクション「サムシングピュアブルー」の発売にあわせて、完全オーダーメイドのオリジナルウエディング「CRAZY WEDDING」をプロデュースするCRAZYとコラボした体感型のイベントを実施しました。その名も「The Wedding Eve.」。CRAZYが今年はじめたばかりの式場「IWAI OMOTESANDO」で、結婚式前夜から当日の朝までのシチュエーションを再現した部屋を用意。5日間の予約はすぐに埋まり、発売された製品も大きな話題となりました。デジタル・EC化が進む小売業界ですが、リアルな空間での体感コンテンツの可能性はどこにあるのか、両社担当者に話を伺いました。

―最初に今回のコラボイベントのきっかけを教えてください。

 

オア:昨年の12月くらいにお二人にお会いして、その時点ではまだ具体的ではなかったのですが、両者の強みを生かして何か一緒にやりたいということを話していました。

 

荒川:つねにお客様に楽しさを提供することがブランドのミッションだと思っています。そして、今回の新しい製品のコンセプトが“ウエディング”だったので、CRAZYさんとジルスチュアートの強みを生かして、お客様へ楽しさを届けることの出来るイベントをしたいなと思ったんです。

 

―なぜCRAZYと組んだのでしょうか。

 

堀川:CRAZYさんは思いを形にする力が以前からすごいなと思っていました。今回の製品も企画者の強い思いが込められたものなので、そこにCRAZYさんの表現力を掛け合わせることで、もっといいものができるんじゃないかと思いました。

 

荒川:ブランドとしても新しい価値観の提供を目指していて、CRAZYさんとなら、ありきたりな製品プロモーションの枠組みを超えた取り組みができると考えました。

 

―体験イベントのコンセプト「 The Wedding Eve.」はどのようにして生まれたのでしょうか。

 

堀川:「 The Wedding Eve.」というコンセプトができるまで、どんな人へ届けたいのか、どんな価値観を生み出したいかなど、かなり踏み込んだ議論を重ねました。CRAZYさんが得意とする、結婚式のプロデュースの過程と同じように、深い話し合いでした。私たちもつねにブランドの価値観について話をしてはいるものの、具体的に製品の背景や世界観をお客様に伝えられるチャンスはなかなかないので、今回はブランドの根幹を訴求するいい機会になると話し合いの中で確信しました。

 

荒川:議論を重ねる中で「ジルスチュアートビューティ」は“人生で一度は使って欲しいブランド”だとCRAZYさんに言われて、明確な言葉にしてくれたことに感動しました。ここまで掘り下げられたのはCRAZYさんのおかげです。

 

オア:すごく嬉しいです。お客様がイベントを通して何を持ち帰るのか、何を記憶してほしいのか、ということをかなり議論しましたね。ブランドの成り立ちからお話を聞いていた中で、人生で一度は触れたくなるブランドであり、女性が一番綺麗になりたい時に触れてもらえるといいな感じたんです。だから結婚式前夜をテーマにしようと。

 

堀川:こうしたコンセプトに関する話し合いが全体の8割くらいだったんじゃないですかね。それからCRAZYさんのお力を借りて、コンセプトを具現化していきました。「 The Wedding Eve.」って一般的な言葉ではないんですが、コスメブランドとしては「女性が人生の中で最も美しく幸福な瞬間でもある結婚式を、当日だけでなくその日を迎えるまで花嫁さんの外見はもちろん、内面まで美しく輝かせること」がミッションでもあるので、伝えたいことが凝縮されたコンセプトだと思いました。

 

―コンセプトが決まった時点で、コンテンツなど具体的な方向性も見えていたのでしょうか。

 

オア:その提案をしたのが開催まで2カ月を切った2月28日ですね、これは覚えてます(笑)。そのタイミングでナナちゃんという名前で架空のペルソナを作りました。ナナちゃんが彼と出会い、どうやって結婚を決め、どんな結婚式をするのか、徹底的に考えたんです。彼女の設定は「ジルスチュアートビューティ」を愛用していてCRAZYで結婚式を挙げることを夢見ている女性。企画のご提案の際には、「The Wedding Eve.」というコンセプトと一緒にデッサンやアイテムも用意して、ご提案をさせていただきました。

 

荒川:人物の設定も細かく準備されていて、実際にナナちゃんが存在するかのようなプレゼンで、とにかく感動しました。

 

堀川:しかもプレゼンも、資料データではなくて、ストーリーを作って紙芝居のように説明をしてくださって。あれは、一瞬で心を奪われました。なので、きっと会場に来たお客様も私たちと同じように心奪われるんだろうと想像できたんです。

 

オア:私たちは、紙の提案をすごく大事にしています。生身の人間が作るプレゼンテーションこそ商品だと思っていて、だからこそプレゼンも体感をしてもらうことが大事だと思うんです。

 

堀川:ブランドとしても、デジタル化が進むこの時代だからこそ、大切にしたいと思っているコミュニケーションの手法でもあるので、あえて紙でプレゼンテーションをされたところにも共感しました。実際のイベントのインビテーションも、デジタルでお送りすれば利便性は高いんですが、私たちの思いやぬくもりが少しでも伝わればいいなと思い、今回はあえて手間をかけて紙の招待状を送ることにしたんです。

いかにして世界観に没入させる空間を作れるか

―イベントを実現するまでに苦労した点はなんでしょうか。

 

オア:これまでブランドが大切にしてきた世界観があるので、ファンの方が持っているイメージや期待から外れないよう、細かなすり合わせが必要でした。私たちが作りたいイメージだけではなく、ブランドの希望をそのまま体現するだけでなく、両方を大事にしながらも、新しいものを生み出していくことを大事にしました。

 

荒川:ブランドを好きなお客様はすごくよくブランドを見てくださっているので、世界観を作り上げる作業は慎重に進めなければいけなくて、時間がかかることでした。

 

堀川:使う字体や飾る小物ひとつとっても、ありか、なしか、判断に時間をかけました。ブランドがスタートして14年になりますが、ブランドを好きでいてくださる方は製品の色とか香りというコスメの要素に加えて、きちんとブランドの持つ世界観を感じとって、共感してくださっています。だからこそ、お客様の期待を少し超えて新しいものを発信しなければならない、だけどジルスチュアートという枠から遠く離れた全く新しい価値を提案するわけではありません。

 

 イベントは普段店頭ではできないコミュニケーションの大切な場になるので、ノベルティや会場での言葉使いひとつとっても、ブランドへの期待を裏切らないように、同時に来てくださった方の期待を超えられるように、想定のやり取りを作ってシュミレーションしました。

 

―「ジルスチュアートビューティ」として、これほど世界観の表現を重視したイベントははじめてでしたか?

 

堀川:以前に大阪と表参道でカフェをやったこともあります。また、PRroomという体験のためのお部屋を持っています。これは新製品を一足先に体験してもらうための場所で、定期的に抽選をしてお客様に来ていただく情報発信の空間となります。世界的にはこういったPRルームのような場所も増えていますが、体験のためだけの空間をコスメブランドが持っているということは日本ではまだ珍しいことだと思います。お客様とダイレクトにコミュニケーションをとることはブランドとしても大切にしている部分ですね。それはSNSでのお客様でも同じで、PRroomの抽選もDMを使って直接やりとりをしていますし、そもそも店頭のBS(ビューティ・スタイリスト)の接客の根底にも、お客様ひとりひとりとのコミュニケーションを大切にするという文化があるので、本社の私たちも同じように接することが大切だと思うんです。

 

―今回のイベントを開催するにあたってどのような反響を想定しましたか。

 

オア:これまでのカフェなどは人通りの多い場所で実施したと伺ったのですが、今回のIWAIという会場はメインストリートの一本裏手にあり、このイベントを目的に足を運んでもらう必要がありました。ただ、当日は招待状を手にした熱量を持ったファンの方が多くお越しくださって安心
しました(笑)。

 

荒川:過去のイベントは、製品を買いに来ることが目的だったのに対して、今回は”世界観の中での商品体感”がメインのイベントで、ジルスチュアートにとっては初めての試みでした。ですので、そこにどれだけのお客様が興味を持って、実際に来て下さるのかは不安でしたね。

 

堀川:ゆっくりと楽しんでもらえるように時間を細かく分けて1日200人の予約制にしたんですが、蓋を開けてみると、すぐに全時間帯が満席になってしまうほどの人気でした。これはかなり嬉しかったですね!

 

―具体的な集客方法は?

 

堀川:既存のファンの方にはちゃんとお伝えすきだと思ったので、まずは店頭でリーフレットを配布しました。加えて、SNSでの拡散や、リリースをCRAZYさんと共同で出してメディアに拡散をしていただくことで、ブランドのことを知らない方にもきちんと届くようにしました。記事にしてくれるウェブメディアもたくさんあったのですが、予約がすぐ満席になってしまったせいで「満席なのに記事を書いていいのかどうか」という相談までいただいて。さらなるメディア告知のために1時間本当に少数の枠だけ増やして、メディアにも告知時間を相談させていただくといったやりとりも生まれました。メディアとのこうした関係性も珍しいんじゃないかと思います。

 

オア:驚いたのは、ペルソナであるナナちゃんについて、リリースでは詳しく説明をしていなかったにもかかわらず、来場者の方々がみんなナナちゃんになりきったスタイリングで来てくれて。ここまで世界観に合わせてファンの方が来てくれるのかと感動しました。

 

荒川:ドレスコードも指定はなかったのですが、みなさんほんとうの結婚式に行くような気分だったんでしょうね。

 

 

―大反響とのことですが、当日のオペレーションも大変だったのでは?

 

オア:来場者のみなさんが写真を凝って撮られるので、想像以上に部屋ごとに列ができちゃって(笑)。もはやアトラクションのような盛況で、当日は写真撮影の列を整理する誘導員まで配置したほどでした。

 

堀川:ドリンクに今回の商品のコンセプトにもある幸せを運ぶと言われる“ブルーバタフライ”の蝶を飾っていたのですが、それをカッコいい案内係の方々がゲストの指に結んであげるというサービスを当日思いついて実施したんですが、「まるでプロポーズされているみたい」とドリンクにまで列ができてしまいました(笑)。

 

オア:いかに世界観に没入させるかということを意識しているので、スタッフもいかにワクワクし
ながら次の部屋へゲストを送り出せるか、ということをつねに考えています。今回もお部屋ごとに
“ストーリーテラー”としてのスタッフを用意しました。

 

―最後に、イベント後に発売されたアイテムの売れ行きや成果、今後への期待などを教えてください。

 

荒川:5月に販売した製品はおかげさまで、前回発売時と比べて1.5倍の売り上げです。ただ製品を認知するのではなく、イベントを通してストーリーの中に製品があるという実感があったからこそ、こうしてみなさまに使っていただけたんだと思います。

 

堀川:実はイベントに合わせて4月26日から一部店舗で先行発売してみたんですが、一般販売日までに売り切れた製品も出るほどの人気で。イベントの拡散力もあって、幅広いお客様に届けることができました。

 

オア:私たちとしても、IWAIという会場を2月にオープンしたばかりだったので、IWAIという空間の可能性を実感できました。ここは単なる結婚式場ではなくて“人生を祝う場所”なので、多くの方に会場を知ってもらえたことは貴重な機会でした。実際にその後、結婚式のお問い合わせをくださり、契約をしてくださった方もいらっしゃいます。今後もブランドや企業の周年祝いや、ブランドチェンジなどのプロデュースに取り組むことで、より大きな幸せの連鎖を作り出したいと思っています。

 

荒川:今回ブランドとしては“ウエディング”という価値観を作ることができましたが、これからも新しい価値をどんどん作っていきたいですね。

 

堀川:期間中に何度も来てくださる方もいて、ブランドを支持してくださる方と直接お会いすることができたのは、すごくいい機会になりました。今後もきちんとブランドの思いを届けていかなければいけないという使命感も感じましたし、デジタルが主流の時代だからこそ、リアルを届けられるブランドでありたいと思いました。

 

淡川:次への期待値も上がって、いい意味でプレッシャーになりましたね。

まとめ: ECが進化し、実店舗などリアル空間の可能性が見直される時代が来ています。単純に製品をそろえて販売するだけならECでこと足りるわけで、実際の顧客接点でどんな体験・印象を与えることができるのかが、これからのブランドが考えるべきテーマとなるわけです。今回のコラボイベントはその場で販売をしない、いわゆる“ショールーム”型のポップアップと言えますが、こうした流れは欧米を筆頭にアパレル業界にも着実に増えています。リアルの接点で世界観を伝えて心を掴み、その後の購買行動につなげるというわけですが、今回はブランドの目指す世界観をうまくコンテンツ化することに長けたCRAZYとの協業の甲斐あって、その結果がそのまま売り上げにつながった好例と言えるでしょう。
ポイント: ブランドの世界観やペルソナについて徹底的に議論することで、単なる製品訴求にとどまらない圧倒的な体験を生み出す。
狙い: ブランドの世界観やペルソナについて徹底的に議論することで、単なる製品訴求にとどまらない圧倒的な体験を生み出す。
効果: 既存ファン層はもちろんのこと、新規顧客へもアプローチでき、前回比1.5倍の売り上げを記録した。

アパレルウェブ「AIR VOL. 25」(2019年7月発刊)より

 

 


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