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2020.01.08
【宮田理江のランウェイ解読 Vol.62】きれいめシンプルや涼感ウエアが主役に 最重要テーマはサステナビリティー~2020年春夏ファッションの6大トレンド~
宮田理江のランウェイ解読 Vol.62
2020年春夏のファッショントレンドは目指す方角を変えた。一言で表せば、「形から価値へ」。パッと見の派手な服よりも、長く着やすい服、快適に過ごしやすい服が打ち出されている。背景にあるのは、消費者のマインド変化だ。過剰に飾らないミニマル服、こなれた見栄えのテイストミックス服、涼しいシアー(透ける)服などが目立つ。なかでも地球にやさしいサステナビリティー服は重みが特別に大きい。服の価値観が様変わりしたという意味では、20年春夏は歴史的なシーズンと言えるだろう。
◆ミニマックス(Mini-Max)
(左から)HERMES、JIL SANDER、GIVENCHY、PRADA
2019-20年秋冬にブルジョワクラシックへ振れたモードの風向きは、20年春夏でミニマル寄りに逆転した。パリやミラノのランウェイでは、細身ですっきりしたシルエットが相次いで打ち出された。しかし、素っ気ない旧来型のミニマルではない。前シーズンの装飾性を、ディテールや素材使いに引き継いで、シルエット以外の部分では手の込んだ表現を試みている。シルエットやイメージはきれいめ志向なのに、細部や質感はマキシマムという、複雑な見え具合だ。
主張がさりげない「フレンチシック」が見た目の軸に座る。しかし、襟や袖といったパーツでは、ツイスト(ひねり)をいっぱいに効かせる。基本のフォルムは奇をてらっていないから、全体は落ち着いた印象。たとえば、ハーフパンツのパンツスーツは、リラックス感のある着こなし提案が従来のスーツのイメージを覆す。ポケットがたくさん付いた、ハンズフリーのウエアは機能美とユーティリティー性を感じさせる。
◆グラジュアル(Glasual=Glamorous+Casual)
異なるテイストを掛け合わせるスタイリングは勢いが続く。新たに登場したのは、「グラマラス×カジュアル」のクロスオーバー。入り組んだレイヤードが複雑なテイストミックスをかなえる。先のブルジョワクラシックと同じく、次世代の顧客として期待を集めるミレニアル世代を意識した提案だ。若々しいムードとリッチな質感を兼ね備えている。
アイコン的なアイテムのミニ丈ボトムスは元気でパワフル。フリルよりひだの大きいラッフル、布が段々重ねのティアードなど、デコラティブな表現も盛り込まれる。前後・左右でバランスを揺さぶるアシンメトリーはバリエーションが広がる。グラデーション配色やマルチカラー使いは華やぎを添える。一方、足元はフラットサンダルやローヒールで抜け感を印象づける。適度なカジュアル感を組み込むのがグラジュアルらしい演出。素材の面ではメタリック、フェザーなど、視線を引き込む工夫が目立つ。
◆マステナビリティー(Mustainability=Must+Sustainability)
(左から)Dior、Stella McCartney、MARNI、sacai
地球環境への負荷を抑えるという意味で広まった「サステナビリティー」だが、今では環境にとどまらず、社会構造や経済システムなども対象に含まれるようになってきた。20年春夏の主要コレクションでは、サステナビリティーが最重要テーマに掲げられた。リアルファーを使わないといった、ありふれた取り組みを超えて、もはや「どこまでサステナ仕様か」を競い合うかのような状況。ファッションブランドが生き残っていくうえでは「マスト(絶対必要)」の要件になりつつある。
天然素材を主体とする取り組みは、基本のレベル。ペットボトルや食品ロスなどの再利用・循環型も増えた。さらに、今では、女性の権利、多様性尊重、労働環境、社会貢献など、様々な切り口のアプローチが相次いでいる。「正義感をまとう」といった態度で、消費者に共感を促す仕掛けだ。色の面ではシンボルカラーのグリーンが主役に。自然な暮らし方を感じさせるベージュ系アースカラーもふさわしい。ネイチャー柄は象徴的なモチーフ。エスニック模様やアート柄も文化へのリスペクトを示す。水の使用料を減らすといった、製法や売り方にもサステナ仕様が求められている。
◆ネオセブンティーズ(Neo 70s)
(左から)CELINE、MARC JACOBS、ETRO、MSGM
アメリカでヒッピー文化が盛り上がった1960年代末から70年代初めにかけての装いがよみがえる。ゆったりフォルムのウエアはリラクシングな着映え。マキシ丈ワンピースは縦長イメージを引き出す。ロックな雰囲気や、ボヘミアンな気分が漂うスタイリングだ。フラワーチルドレンと呼ばれた、「意識高い系」の元祖のようなヒッピー層のライフスタイルが見直されている。ただし、当時の着姿をそのままカムバックさせるわけではなく、濃度や主張を薄めて、きれいめにアレンジ。全身をヒッピー風にまとめず、1、2点を混ぜ込むスタイリングがこなれ感を生む。
デニムがキーアイテムに位置づけられ、ベルボトムやバギーがリバイバル。フリンジはたっぷりあしらわれ、解放的なムードに誘う。マルチカラーのサイケデリック色はLGBTQ+への共感を示すレインボーとも通じる。袖先が広がったベルスリーブはボーホー感が高い。花柄ワンピースはフラワーチルドレンの象徴。つば広帽やバケツハットが復活。ラフィアやオーガニックコットンといった、自然体テイストを寄り添わせる素材もヒッピー感を高める。
◆タイムレスピース(Timeless piece)
消費者の間で、目先の流行を追わない意識が広まっている。着る側の意識と同調する格好で、主要ブランドも中長期の流れを提案するスタンスにシフト。長く着やすい服ということから、クラシカルな正統派ルックへの回帰が進んだ。代表格はテーラードジャケット。ボウタイ・ブラウスは前シーズンからの人気が続く。ひじまではボリューミーで、ひじから先は急に細くなる「ジゴ袖」や付け襟などのヴィンテージ感を備えた装いも、タイムレスな着こなしに役立つ。フリル、カチューシャ、コルセットなど、英国ヴィクトリアン朝風の演出も勢いづく。デザインを使い捨てにしない意識はサステナビリティーにも通じている。
スーツの解釈を、ゆるく拡張したセットアップはさらに表現の幅が広がる。セットアップはコンフォート(着心地)志向にもマッチ。ジャケットはテーラードを軸に据えつつ、タキシード派生型やスリーピース崩しなどにも、バリエーションが増える気配。イヤリングやスカーフ、付け襟で品格を添える小物使いがきちんと感を印象づける。チェック柄やケープなどは伝統的なクラス感を醸し出す。
◆クライミッタブル(climatable=climate+able)
(左から)GUCCI、Maison Margiela、FENDI、TOGA
世界規模の気象変調がファッションのありようを書き換え始めた。ヨーロッパを襲った熱波、日本で続く「暑すぎる夏」は、夏をしのぎやすい服へのニーズをかき立てている。気分はもはや都市サバイバルに近い。「気候変化に耐えやすい」という意味で、透ける素材の涼しげな装いは、現実的な選択肢になってきた。春や秋の存在感が薄れ、夏服の期間が延びたことも、サマールックの価値を大きくしている。
暑さをしのぎやすい素材の筆頭格は、オーガンジーやチュールなどの、薄手生地だ。風を通し、汗抜けに優れた透ける布は、物理的にも視覚的にも涼感が高い。シアー素材の薄物を、何枚か重ねるサマーレイヤードははかなげムードや軽やかイメージもまとわせてくれる。肩口や脇腹の布をくり抜くようにオフする「カットアウト」は、素肌がのぞくから、健康的な見え具合に。メッシュ生地を組み込んだユニフォーム風の機能性ウエアは着心地もエアリー。扱いやすさや涼しさ、機能性がデザインに組み込まれていく。
今やファッションは「見た目」よりも、ポリシーや良識が主な価値となりつつある。「服を買う」時代から「共感を買う」時代へと、変わり始めている。消費者のライフスタイルに沿った、必要でユーティリティーなアイテムがおしゃれの主役になる流れだ。目に見えにくいトレンドだが、来季以降はもっとはっきり形になってくるだろう。
宮田 理江(みやた・りえ)
複数のファッションブランドの販売員としてキャリアを積み、バイヤー、プレスを経験後、ファッションジャーナリストへ。新聞や雑誌、テレビ、ウェブなど、数々のメディアでコメント提供や記事執筆を手がける。 コレクションのリポート、トレンドの解説、スタイリングの提案、セレブリティ・有名人・ストリートの着こなし分析のほか、企業・商品ブランディング、広告、イベント出演、セミナーなどを幅広くこなす。著書にファッション指南本『おしゃれの近道』『もっとおしゃれの近道』(共に学研)がある。
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