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2019.05.15
阪急うめだ本店 「バッグアトリエ」のカスタマイズ提案に見る次世代の売り場
樋口尚平の「ヒントは現場に落ちている」 vol. 64
多種多様なワッペンなど、カスタマイズ提案に力を入れている
今春から重点的に、次世代の小売店のあり方を模索する事例を取り上げているが、今回は、関西の百貨店における横綱、阪急うめだ本店の取り組み事例を取り上げる。昨秋から本格的に取り組み始められたばかりだが、本店1階および2階で展開するハンドバッグの売り場における、カスタマイズ提案である。
“阪急らしさ”を模索する中で見えてきた答え
アパレル業界では自明の理であるが、百貨店カテゴリーにおいて、東の代表格と言えば伊勢丹である。一方、西の代表格と言えば、今回取り上げる阪急うめだ本店である(従来の阪急百貨店の梅田本店。現在は名称が変わっている)。その阪急うめだ本店のハンドバッグ売り場において、興味深い取り組みが進められている。
今から10年以上前になるが、伊勢丹新宿店がメンズ館を新たに立ち上げた。その後、阪急うめだ本店もメンズ館を立ち上げるが、共通した特徴は、売り場において“横軸”の編集でブランドを展開・提案するという編集だった。ブランドごとの区割りで売り場が構成されていた当時は、小売店が率先して、売り場のブランドを編集するという提案は、大変、珍しいものだった。
今回、取り上げる阪急うめだ本店の「バッグアトリエ」は、前述のメンズ館の精神を受け継いだ斬新な売り場提案と言えるだろう。外資系が高いシェアを誇るラグジュアリーブランド分野における取り組みだから、尚更だ。
大阪の一等地、梅田に店舗を構える阪急うめだ本店は、集客という点では極めて有利な条件下にある。しかし、実店舗への来店客を増やすという点では、他店と同様、危機感を抱いていたようだ。その課題を克服する一助として昨秋、立ち上げたのがハンドバッグ売り場におけるカスタマイズ提案だった。
現場の担当者、第1店舗グループ婦人服飾品商品統括部ハンドバッグ商品マーチャンダイザーの春風信介(はるかぜ・しんすけ)氏は、売り場を編集したきっかけについて、「本店のハンドバッグ売り場において、“阪急らしさ”を出すには、どうしたらいいかと考えた」と語る。ファッション感度が高い顧客が多い同店。独自性を出す方策を考えるうちに、カスタマイズという解決策にたどり着いた。
顧客の“体験”を提供する
カスタマイズしたデザインをバーチャルで見られる画面も設置した
昨年の8月末、ハンドバッグ売り場を改装し、カスタマイズを受け付けられるような体制を整えた。当初は、ワッペンを貼り付けるなど簡易なカスタマイズ対応で顧客ニーズを取り込めると想定していたそうだが、「ふたを開けてみれば、顧客ニーズの方が一足先を行っていた」(春風マーチャンダイザー)という。具体的には、カスタマイズの工程を顧客自身が体験したいという要望が多かった。ワークショップ的な提案が求められていた、ということだ。
今年2月29日、現在の形態に再度リニューアル。外から見えるガラス張りの作業場を設け、新しい「バッグアトリエ」がスタートした。1階及び2階で扱うラグジュアリーやコンテンポラリーのブランド群――おおよそ20ブランドがカスタマイズの対象である。その内、5ブランドほどが阪急オリジナルのカスタマイズで、自分だけのハンドバッグをオーダーすることができる。
「顧客の多くは、自らカスタマイズの作業を体験し、自分だけのハンドバッグが出来上がる工程を見届けたいと願う向きが多い」(春風マーチャンダイザー)という。基本は物販だが、その物販をサポートする“付加価値”として、“体験”が商品化しているという新しい事例と言えるだろう。
このカスタマイズ提案は、それ自体がメーンの商材ではない。やはりボリュームゾーン、コンテンポラリーカテゴリーのいわゆる“売れ筋”商材が主力である。しかし前述の通り、“阪急らしさ”を表現・発信する手段として、カスタマイズ提案を位置付けているという点が新しい発信手法だと言える。こうした取り組みの相乗効果で、主力の1つ、コンテンポラリーカテゴリーの売り上げは、2ケタ近い伸びを示している。カスタマイズ受注の客単価も高く、「ベースとなる商品と同じくらいの金額をカスタマイズにかけることが多い」(春風マーチャンダイザー)という。その一例はエコバッグ。本体は5000円だが、カスタマイズすると売価が1万円前後になるという。
「阪急」というブランドの後押しもあるだろうが、こうしたカスタマイズ提案は、既存商材の販売を促進する可能性を持つことがうかがえる。阪急うめだ本店では、顧客の囲い込み+新規客の開拓、さらにリアル店舗への来店を促す強力な武器になっている。しかし、春風マーチャンダイザーいわく、「課題は売り場の知名度アップ、発信力の強化」だと語る。成果が出始めているが、現場ではまだまだ知名度が足りないと感じているようだ。顧客ニーズの変化は、新しい局面に差し掛かっている可能性がある、と感じた取材だった。
樋口 尚平
ファッション系業界紙で編集記者として流通、スポーツ、メンズなどの取材を担当後、独立。 大阪を拠点に、関西の流通の現場やアパレルメーカーを中心に取材活動を続ける。
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