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2016.10.05

【宮田理江のランウェイ解読 Vol.35】2017年春夏NYコレクション

 2017年春夏シーズンのニューヨークコレクションは「ファッションショー」の転換点となった。発表されたばかりの新作をすぐに買える「see-now-buy-now」方式が広がり、ランウェイショーはコストと意義の両面で見直しを迫られた。デザインの面では、世界貿易センター倒壊の衝撃から15年となり、平和や愛の願いをフラワーモチーフやヘブンリーフォルムに託す動きが広がった。ファッションの世界でも「ダイバーシティー(多様性)」が重視されるのを受けて、トレンドがばらける中、各デザイナーはかえって思い思いの方向感を打ち出し、ルールフリーのクリエーションが一段と活気づいた。

(左から)Marc JacobsProenza Schouler

 「マーク ジェイコブス(MARC JACOBS)」はナイトクラビングに繰り出すようなシャイニーでラブリーな装いを打ち出した。ペールトーンの輝きを帯びたジャケットや、大胆に丈を詰めたホットパンツが登場。ドレッドヘアにマルチカラーを施した盛り上げ髪も目を惹いた。ボトムスはミニ丈が多い。コンパクト丈のトップスやニーハイのレッグウエアを組み合わせてアクティブに見せた。メタリックとシースルーを交じり合わせてキラキラの妖精ライクなムードを醸し出している。ダブルブレストのジャケットとミニ丈のワンピースをなじませた。レインボーカラーやカムフラージュ柄も繰り返した。スネークスキンは妖しさを添えていた。ストリートモードとパーティー気分がポジティブに合流。極端に厚底の靴も80年代NYの気分を帯びていた。

 

 「プロエンザ スクーラー(Proenza Schouler)」はプレイフル表現に踏み込んで、一皮むけた感じのクリエーションを披露した。ペプラム風の量感を持たせ、ウエスト景色をダイナミックに操った。斜めにカットした布がフォルムにイレギュラーな動きを添える。カットソーを腰に巻き付けたり、ドラマティックに裾を躍らせたりといった演出がエレガンスとグラマラスを交差させる。色の冒険も広がった。複数の原色を組み合わせるカラーブロッキングはモンドリアン絵画に通じる。赤と黒を響き合わせる配色も冴えた。シルエットは全体に細身で、ニット仕立てのワンピースがボディーラインをやさしく描き出す。ディテールにも工夫が見られ、ワンピースは身頃正面に結び目をこしらえて起伏を生んだ。たすき掛け状に交わらせた布の隙間から素肌をのぞかせたり、意外なスポットにカットアウトを施したりと、ヌーディーな見せ方にもバリエーションが広がっていた。

 9.11米国同時テロの悲劇から15年の節目となった今回のNYでは人間愛を示すモチーフが繰り返し登場した。全身を花柄で包むデザインを様々なバリエーションで送り出した「マイケル・コース コレクション(MICHAEL KORS COLLECTION)」はその典型例だろう。ダークトーンを基調にしつつ、グリーンやピンクも使ってフローラルモチーフでワンピースを染め上げていた。ニットトップスでは胸に「LOVE」と大きくうたった。指先を隠してまだ余るエクストラスリーブは前シーズンから継続。今回はシャツのロングカフスで新味を出した。工夫したのはニットトップスとの袖レイヤード。重ねたニットの袖先からシャツ袖をはみ出せたり、袖の内側のボタンをはずしてシャツ袖をのぞかせたり。トレンチコートやスリーブレスジャケットでジェンダーレスとシーズンレスを印象づける提案は健在。高い襟、深めのネックゾーン、ベルトでのウエストマークなど、ディテールでロマンティックと品格を調和させていた。

 

 「So-Cal(ソーカル、南カリフォルニア)」の空気を呼び込んだのは「3.1 フィリップ リム(3.1 Phillip Lim)」。キーアイテムに選んだのは、スイムウエアを連想させるブラトップ(ブラレット)だ。マイクロショートパンツにもサーフカルチャーへのまなざしがうかがえる。ディテールで重視したのはたおやかなラッフル。ワンピースに配してレトロ感やラブリーを程よい甘さでまとわせた。ボマージャケットにもラッフルを施し、ゴツ感を遠ざけている。花柄はスイート感を抑えて穏やかでセンシュアルなムードに仕上げている。新たにデニムラインを発表。ジップを戦略的に取り入れて、トランスフォーム(変形)を企てた。パンツ裾に配したジップを開閉することによってシルエットが劇的に書き換わる仕掛けだ。ヴィクトリアンの古風なたたずまいも生かし、タイムレスな雰囲気を立ちのぼらせた。ランジェリーの風味を生かしてビーチとストリート、モダンとクラシックを巧みに融け合わせていた。

(左から)ALEXANDER WANGCoach

 「アレキサンダー ワン(ALEXANDER WANG)」もサーフカルチャーを迎え入れた。NYらしいストリート感が持ち味だったが、南カリフォルニアもホームタウンに加えた。キーアイテムはボードショーツ。超ショート丈ジャケットとのコンビネーションを試した。ブラトップの上からサマーアウターを羽織るスタイリングもビーチの気分を連れてくる。都会的な味付けは忘れず、アスレジャーの先を行くストリートリュクスの装いに整えている。色の面ではスポーティーでさわやかなネオンイエローを差し込んだ。紐や帯を身頃で交差させたり、ボディーに巻き付けたりするディテールが健康的なセンシュアル(官能性)を演出した。競泳水着ライクなワンピースも用意した。レースの縁飾りにはランジェリーのムードが漂う。ユニセックスのコラボレーションコレクション「Adidas Originals by Alexander Wang」を初披露。ジェンダーレスとアスレティックを同居させている。

 

 南カリフォルニアやサーフカルチャーへの接近と並んで、アメリカ再発見、母国愛のような意識も感じられた今回のNY。これも9.11を忘れない気持ちの表れかもしれない。「コーチ(COACH) 1941」はロックンロールの源流になったともいわれるロカビリーを軸に据えた。「キング・オブ・ロックンロール」の称号を持つエルヴィス・プレスリーにオマージュを捧げ、彼の肖像写真を繰り返しプリントモチーフに用いた。プレスリーのステージ衣装でおなじみのロングフリンジをどっさり配して、オールディーズの雰囲気も帯びさせている。たくさんのスタッズを打ち付け、反抗のムードを醸し出した。でも、硬派に寄せすぎず、ライダースジャケットとシースルーのミックススタイリングで強弱をつけている。同じく米国にゆかりの深いグランジロックにも目配りが感じ取れる。自前の工房と職人を抱える強みを生かしてアップリケ、パッチワーク、刺繍などのハンドクラフトで手仕事感を写し込んでいた。

(左から)Tory BurchTIBI

 広大な国土を持つアメリカの魅力は大陸の東西でかなり毛色の異なるカルチャーが存在する点にもある。「トリー バーチ(TORY BURCH)」は「East Coast meets West Coast.」をテーマに選んで、西海岸の伸びやかでリラクシングな風情と、東海岸のプレッピー(名門学生風)という、ほとんど真逆のテイストを交じり合わせた。育ちの良さを印象づけるような上品シルエットのワンピース、プレッピー風のジャケットなどが基本のムードを作る。グリーン、オレンジといったナチュラルカラーがウエストコーストの空気感を乗せる。花柄やバティック模様にもエフォートレスな気分が宿る。隠し味になっているのがボヘミアンの風味。刺繍を施して親しげな表情もまとわせた。全体にガーデンパーティーを思わせるリッチ&イーズのたたずまい。海辺の別荘地スタイルになじみそうな華やかで軽快なプリント柄が東西ミックスの装いを彩っていた。

 

 ここ2シーズンほど続くのは、袖を劇場化するアレンジだ。丈を過剰に伸ばすエクストラスリーブが広がる中、「ティビ(TIBI)」はクラシックで叙情的な表情をブラウス袖に宿した。1900年代初めの英国・エドワード朝時代がイメージの原点。英国のテレビドラマ『ダウントン・アビー』に描かれたような、貴族の高雅な装いを連想させる演出。ブラウス袖にふくらみを持たせ、起伏でドラマを生んだ。エクストラスリーブはルーズにも映るが、こちらのクラシック袖は品格とクラス感が同居する。ワンピースでも袖を艶美に仕立てた。ひじを絞り、手首で細くして、ボリュームと戯れた。細かいギャザーがノーブル感を寄り添わせている。着心地を重んじる「コンフォート」志向を映して、スラウチなシルエットを提案。その一方で、腰を締めつけすぎないコルセットをよみがえらせ、細感を引き出している。

(左から)Rag & BoneLACOSTE

 「すぐ買える」式のショーが増えて、ファッションショーのあり方を問い直す転機を迎えたNYだけに、ブランドの原点や本質に立ち返る動きも目立った。「ラグ & ボーン(rag & bone)」はデザイナーがデュオからソロに変わったタイミングで、あらためて英国パブリックスクールやワークウエア、ミリタリー、ヴィンテージなどの「本領」を発揮。リスタートに当たって自らの立ち位置を再確認した。何度も登場させたのは、バイカージャケットとカーゴパンツ。ブランドのシグネチャー的なアイテムに、ぶれないスタンスを託した。ユーティリティーとジェンダーレスというもともとの持ち味がくっきり。アウトドア気分を象徴するポンチョやアノラックもそろえた。オーバーサイズのシャツドレスは自然体の着映え。Vネックの深いセーターは縁取りのラインがアイキャッチーだ。キーディテールに選ばれた大ぶりの張り出しポケットは全体のムードを整える役目も果たしていた。

 

 前シーズンに勢いづいたグラマラス傾向がやや衰え、コンフォートやリラクシングといった、気張らないトーンが強まった。「ラコステ(LACOSTE)」はメッシュ仕立てのアウターや、バスローブ風の羽織り物で肌越しに気持ちをほどいた。穏やかなフォルムが気負いや緊張感を遠ざける。ボディーラインを拾いすぎないシルエットはジェンダーレスにも通じる。ブランドの原点と言えるポロシャツの延長線でワンピースをあつらえ、スポーティーとフェミニンを融け合わせている。ストリートイージーの目印的なフーディーを様々なウエアになじませた。何度も見せた、紐やベルトを巻いたり垂らしたりするディテールが程よい脱力ムードやこなれ感を漂わせる。シーズンを代表する色に急浮上したイエローをはじめ、グリーンや赤の強めカラーで彩ったシューズが足元にポジティブを忍び込ませていた。

(左から)VIVIENNE TAM/Desigual

 アジア系の先駆者であり、かねてからクロスカルチャーを持ち味とする「ヴィヴィアン タム(VIVIENNE TAM)」はメキシコ国境に着想を得た。メキシカンの伝統的な装いとされる、刺繍入りのブラウス、ウエスタン気分を帯びたフリル付きのカウボーイシャツ、目立つシルバーバックルのベルトなど、メキシコや米国西部のシンボルを写し込んでいる。メキシコと国境を接するテキサス州にはNASA(アメリカ航空宇宙局)がある。デザイナーは宇宙開発の中心であるNASAのロゴをジャケットやワンピースに迎え、「スペースカウガール」の着姿に仕上げた。ロケットのイメージからか、メタリックシルバーがあちこちに用いられている。デニムのワンピースやセットアップにもウエスタン気分が宿っていた。

 

 母国スペインから越境してNYコレクションに参加している「デシグアル(Desigual)」は「Global Travelers」をテーマに選んで、世界を旅するような感覚を落とし込んだ。アフリカや南米、アジアの風土、服飾文化を取り入れてポジティブでプレイフルなおしゃれに誘った。お得意のカラフル使いに加え、タイダイ、フリンジ、パッチワーク、ビーズなど、各地のお国柄を物語るディテールも採用。モチーフの面でも花柄、エスニック模様、オリエンタルモチーフをあしらって、ボヘミアンやノマド、コスモポリタンといったムードをまとわせている。登場したモデルは人種やキャラクターが固定されていなくて、ショー全体でボーダーレス感を印象づけていた。

 

 今回のNYでは、まとまったトレンドが見当たらないような状況となった。トレンドを打ち出すほど、デザインを先食いされてしまいやすくなる現状を嫌って、方向感を分散させようと意図したとも見えるばらつき具合だが、それでも花柄やイエロー、ランジェリーエッセンス、ガーリーテイストといった軸は生まれた。大きな流れとなったのは、コンフォートやエフォートレスをさらに深掘りする試みだ。グラマラスに振れた前シーズンからの反動とも映るが、着る側のニーズが裏付けになっているという意味では、スポーティーやユーティリティー、シーズンレス、ノージェンダーなどの柱と共に、NYの「基本線」となりつつあるようだ。課題とされる「新鋭の不在」が今回も解消されなかったのは気がかりな点だが、「すぐ買える」の台頭がクリエーションの原点を見詰め直すきっかけになったという意味では、今回のNYは転換点として位置づけられるファッションウィークとなったようだ。


 

 

宮田 理江(みやた・りえ)
ファッションジャーナリスト

 

複数のファッションブランドの販売員としてキャリアを積み、バイヤー、プレスを経験後、ファッションジャーナリストへ。新聞や雑誌、テレビ、ウェブなど、数々のメディアでコメント提供や記事執筆を手がける。

コレクションのリポート、トレンドの解説、スタイリングの提案、セレブリティ・有名人・ストリートの着こなし分析のほか、企業・商品ブランディング、広告、イベント出演、セミナーなどを幅広くこなす。著書にファッション指南本『おしゃれの近道』『もっとおしゃれの近道』(共に学研)がある。

 

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