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2000.10.08
【2026春夏パリ ハイライト1】ブランドに息吹をもたらす、新たな手腕

写真左から「シャネル」「ロエベ」「バレンシアガ」「メゾン マルジェラ」
2025年9月29日から10月7日に掛けて、パリ各所にてショーやプレゼンテーションが行われるパリコレクションが開催された。今季は、前シーズンよりも5ブランド増え、114のブランドが参加。スケジュールの過密状態がより進み、目まぐるしい日が増えた印象である。
今季は偶然にもタイミングが重なり、新任デザイナーによるショーが多く開催された。マチュー・ブレイジーによる「シャネル(CHANEL)」、ジョナサン・アンダーソンによる「ディオール(DIOR)」、キム・ベッカーによる「イザベル マラン(ISABEL MARANT)」、「プロエンザ スクーラー(Proenza Schouler)」のジャック・マッコローとラザロ・ヘルナンデスによる「ロエベ(LOEWE)」、ピエールパオロ・ピッチョーリによる「バレンシアガ(BALENCIAGA)」、グレン・マーティンスによる「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」、デュラン・ランティンクによる「ジャンポール・ゴルチエ(JEAN PAUL GAULTIER)」。実に7ブランドにも上り、それぞれ圧倒的な期待と注目を集めた。
2シーズン目となるハイダー・アッカーマンによる「トム フォード(TOM FORD)」、ジュリアン・クロスナーによる「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」、サラ・バートンによる「ジバンシィ(GIVENCHY)」、ピーター・コッピングによる「ランバン(LANVIN)」も、初回以上の充実度を見せて高評価を得ていた。
3シーズン目の「ヴァレンティノ(VALENTINO)」、4シーズン目となる「マックイーン(McQueen)」や「クロエ(Chloé)」は、クリエーションとして安定感が増した印象。
それぞれ、ブランドの伝統やムードを汲み取りながら進化を見せ、適材適所と納得させられるシーズンとなった。
第1回目のハイライト記事では、そんな新任デザイナーによるコレクションと、最近着任したデザイナーによるコレクションを中心に特集する。
シャネル(CHANEL)


マチュー・ブレイジーによる「シャネル」は、グランパレを会場に壮大なショーを開催した。会場内には色とりどりの大きな惑星のオブジェで彩られ、床には銀河を思わせるプレートが敷かれている。まるで異空間に迷い込んだかのようだった。
フランスとベルギー、両国のバックグランドを持つマチュー・ブレイジーは、2007年にブリュッセルのラ・カンブルを卒業後、「ラフ シモンズ(RAF SIMONS)」に入社。2011年には「メゾン マルジェラ」に、2014年にはフィービー・ファイロのチームに加わり、2016年から2019年まではラフ・シモンズに帯同して「カルバン クライン(Calvin Klein)」のウィメンズウェア・ディレクターを務めた。2020年に「ボッテガ・ヴェネタ(BOTTEGA VENETA)」のディレクターとなり、今季より「シャネル」のアーティスティック・ディレクターに就任。
これまでの「シャネル」の持つ若々しくてフェミニンな側面を、よりモダンでエッジー、そしてシャープなイメージにアップデート。
ガブリエル・シャネルの最愛の人、ボーイ・カペルから借りて身に着けていたメンズウェアをイメージしたシャツとパンツからスタート。当時のシャツは、ヴァンドーム広場のシャツメーカー、シャルヴェ(CHARVET)が手掛けたものだったが、今回は「シャネル」とのコラボレーションで作成された。
「シャネルツイード」のスーツはボクシーなシルエットになり、マスキュリンな仕上がりに。その一方で、ツイードを割いてフリンジにしたドレスは、より有機的なシルエットでフェミニン。後半に登場した襟無しジャケットは、コーンスリーブによりフューチャリスティックな印象を与えた。
ツイード素材のジャケットやコートには、様々なテクニックの刺繍が施されていたが、華やかさよりも技巧の高さを見せる、繊細さが現れたものとなっていた。
今回、長年使い古されたかのような内側のライニングが露わになった「シャネル」のアイコンバッグ2.55が登場。そんなところにも、古い時代と一線を画して、新しい時代を切り拓こうとするマチュー・ブレイジーの姿勢が感じられる。
フィナーレではスタンディングオベーションとなり、新生「シャネル」の誕生に立ち会った人々による割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こったのだった。
メゾン マルジェラ(Maison Margiela)


グレン・マーティンスによる「メゾン マルジェラ」は、7月に行われたアーティザナル・コレクションのショー会場でもあった、19区のコミュニティセンター、104にてショーを開催。子供達によって構成される楽団の演奏をバックに、モデル達は笑顔を強制される金属製マウスピースを口の中に仕込んでウォーキングした。
今季は、創始者マルタン・マルジェラ時代の作品から着想を得たアイテムを多く発表。また、フローラルプリントを多用し、フォーマルなルックを打ち出して、ベニスでオペラ鑑賞をする時の装いをイメージしている。
シルクシフォンの内側にジャケットが潜むロングドレス、内側のジャケットと一体型になっているシャツ、ビニールテープを巻き付けたかのようなキャミソールドレス。これらはマルタン・マルジェラのクリエーションからの引用で、シュールレアリスティックな雰囲気を踏襲。
フローラルプリントのシルク製ドレスは、ドレープに合わせてコントラストのある異なるモチーフをプリントしたファブリックを使用。ドレープがより一層強調されていた。
7月に発表されたアーティザナル・コレクションの流れから、16~17世紀の壁紙をプリントした紙を貼り付けてクラック加工したドレスや、マスクから転用された様々なビジューを樹脂に閉じ込めたパーツによるトップスが登場。
ブランドヒストリーを熟知しながら革新性も追い求め、その両者の絶妙なバランスを見せる、実に巧妙でインテリジェントなコレクションとなっていた。
ロエベ(LOEWE)


ジャック・マッコローとラザロ・ヘルナンデスの二人による初のコレクションとなる「ロエベ」は、パリ南部の国際大学都市内の中庭に特設テントを設置してショーを開催した。
ジャック・マッコローとラザロ・ヘルナンデスは、「プロエンザ スクーラー」として2002年よりニューヨークを拠点に活動。2017年には一時的にパリでもショーを開催していた。今年8月に、レイチェル・スコットにブランドのディレクションを委任し、「ロエベ」のコレクションに注力することを発表。
ブランドが打ち出す「ロエベ」らしさとは、大胆な創造性、鮮やかなライフスタイル、アートとの並走対話、そしてモダンクラフトであるが、それらを彼等らしく再解釈。時にスポーティでありながら、官能的な側面も持たせて、これまでに無い「ロエベ」像を見せた。
硬さを感じさせるミニ丈のドレスは、ネオプレン素材にレザーをボンディンして成形。フローラルモチーフについてはハンドペイントされている。
織の密度を変えてコントラストを出したストライプのニットドレスや、3Dレジンによるスパンコールのスカート、レザーの表面を薄く削って羽のような効果を出したフェザーレザーのブルゾン、ハンドスプレーを施したレザーシャツなど、間近で目にすると驚かされるアイテムが並ぶ。
ヴィヴィッドカラーのパネルの付いたブラックドレスは、スカーフのサンプル帳からインスパイアされたという。パネルには、1930年代から70年代に掛けての広告のタイポグラフィをプリントしている。
ジョナサン・アンダーソンが確立したアーティスティックなブランドイメージを崩すことなく、洗練された手法で「新生ロエベ」を印象付けたジャック・マッコローとラザロ・ヘルナンデス。フィナーレで、招待客は盛大な拍手と歓声で二人を迎えたのだった。
バレンシアガ(BALENCIAGA)


「バレンシアガ」は、ラエンネック病院跡の本社広間を会場にショーを開催した。ピエールパオロ・ピッチョーリが着任して初のコレクションは、クチュールメゾンとしての技巧の高さを十分に反映させた、モダンなプレタポルテ(高級既製服)となっていた。
今季はクリストバル・バレンシアガのアーカイブより、バルーン、チューリップ、コクーンといったシルエットを引用。一見して重厚なクチュール作品だが、その実、軽さや着易さを追求して、スポーティに仕上げられている。機能性を持たせるために、9割のアイテムにポケットが装着された。
レザーのクロップドケープには、バルーンスカートを合わせ、ケープ仕立てのレザーブルゾンにはチューリップシルエットのデニムをコーディネート。コクーンシルエットのコートには、クリストバル・バレンシアガ時代の錨モチーフの金ボタンがあしらわれている。チュールがインターシャであしらわれているシルクウール製ニットドレスは、荘厳なタペストリーのような仕上がり。
今季は、装飾性を出すためのスパンコールがボリュームを出すための役割を担い、ドレスを始めとして、ボンバースやトップスなどにもあしらわれている。クリストバル・バレンシアガ作品を想起させる、美しいバランスの妙を見せていた。
イザベル マラン(ISABEL MARANT)


長くアシスタントであったキム・ベッカーが、アーティスティック・ディレクターの職務を引き継いだ「イザベル マラン」。これまで通りパレ・ロワイヤル内の噴水を囲む中庭でショーを開催した。
キム・ベッカーはオランダのアーネム国立芸術工科大学出身。「クロエ」と「サンローラン(SAINT LAURENT)」で経験を積んだ後、「イザベル マラン」に入社し、10年後の今年、アーティスティック・ディレクターに昇進。マラン自身は退社せず、裏方に徹してベッカーを支えて行くという。創業者本人の意思で後続に道を明け渡すという、ここ最近では非常に稀なケースとなった。
今季は、太陽に導かれるようにして一人旅に出掛けた女性の物語をイメージ。ランウェイには砂漠を思わせる砂が敷き詰められ、ベージュやペイルイエロー、エクリュ、ブロンズといったナチュラルなカラーリングの、エスニックテイストを加えたアイテムが登場。
各ルックはアイレットやビーズフリンジ、刺繍で彩られ、パリジェンヌがイメージするコスモポリタン的なセクシーさを具現化。それは、これまでの「イザベル マラン」像と寸分違わず。ベッカーは、ブランドイメージを継承する姿勢を見せ、その巧みさを強く印象付けたのだった。
ジバンシィ(GIVENCHY)


サラ・バートンによる「ジバンシィ」は、前シーズンで打ち出したフェミニニティを更に深く掘り下げながら、新しい女性像を描いて見せた。
今季は、化粧や着替えをするための女性の支度部屋を意味するブードワールにイメージを求め、ランジェリーの要素を随所に散りばめている。
ホワイトシャツと黒のスカートのマスキュリンなイメージのセットアップでは、インナーにブラを合わせ、シャツの首の開きを大きくして肌を見せることで、センシュアリティを演出。
タイツのフィッシュネットをイメージしたシースルードレスや、ストッキングイメージのドレスは女性らしいアイデアによるアイテム。シーツをまとってベッドから出てきたかのようなトレーンを引くホワイトドレスには、ユベール・ドゥ・ジバンシィが愛したアヴァランチローズが刺繍される。身頃を左右逆にして立体的に仕上げたライダースや、腰に巻いたトレンチから着想したというドレーピングスカートなど、豊かなイマジネーションに裏打ちされたアイテムで構成されたコレクションとなっていた。
トム フォード(TOM FORD)


ハイダー・アッカーマンによる「トム フォード」は、前シーズンに引き続き、エスパス・ヴァンドームを会場に、招待者200名のエクスクルーシブなショーを開催した。今季も繊細で美しい素材をあしらったアイテムで構成。肌の露出部分が多く、官能的な表現が目を引くコレクションとなった。
ショー冒頭では、パテントレザーをネット状にカットした、艶めかしいドレスが登場。敢えてシャツを合わせずに、ジャケットを直接着用することで肌を見せたり、透ける素材を用いたり。また、小さなブラを合わせて肌の存在を感じさせるようなルックが見られた。透けるように薄いナイロンのショーツを合わせたメンズのルックや、ナパレザーをあしらったランジェリードレスなど、挑発的な印象を与えるルックも。
後半に登場した美しいドレーピングのドレスは、全てバックがオープンの構造。首で固定する、あるいは肩だけで固定されており、チャレンジングなアイテムとなっている。
ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)


Courtesy of Dries Van Noten/Photo by GORUNWAY
ジュリアン・クロスナーによる「ドリス ヴァン ノッテン」は、サーフィンにイメージを求めたコレクションを発表。会場となったパレ・ドゥ・トーキョーには、波の音が響き渡り、サーフウェアのフォルムやモチーフを引用したアイテムをまとったモデル達が登場した。
ショーはホワイト&グレーのアイテムでスタート。ラフルを飾ったボディスやシースルーのドレスが見られたが、トップスのフォルムはウェットスーツから着想を得たもの。スウィムウェアからインスパイアされたブラにはフリルが飾られ、ウエスト周りにラフルを飾ったパンツやスカートが合わせられる。
ウェットスーツを思わせるネオプレン素材のコートには、ハワイアンモチーフのプリントが施され、ウェットスーツのフォルムを模したトップスには、トロピカルなボタニカルモチーフが刺繍される。
印象的だったのがポルカドット。波の泡に太陽光が差し込んだ時のイメージで用いられ、ドットプリントのモスリンには、クリスタルガラスがあしらわれて泡のきらめきが表現されていた。水の波紋のプリントも登場するが、どれもヴィヴィッドなカラーパレットにより、よりグラフィカルな印象を与える。
ショーが進行するにつれて色が強くなり、より享楽的になって行く。そんな様が、実に心地良いコレクションとなっていた。
ヴァレンティノ(VALENTINO)


アラブ世界研究所を舞台にショーを開催した、アレッサンドロ・ミケーレによる「ヴァレンティノ」。コントラストをテーマに、ひねりを加えながら、色やボリュームの視覚的な違いを強調。オートクチュールのテクニックを随所に散りばめて、このブランドらしさをアピールするアイテムも散りばめていた。
クチュールの象徴であるリボンは、ギャザーを寄せたジャケットにあしらわれ、ドレスとしても着用可能。メンズサイズも作成され、今季はジェンダーフリーなムードをより一層推し進めている。
立体的な唐草モチーフの刺子のジャケットや、オーガンジーの小さなパネルを一枚一枚手で縫い付けて立体的に仕立てたトップス、シルクサテンの綿入りコードを一本一本縫い付けたトップスなど、「ヴァレンティノ」でなければ成し得ない、クチュール的な作品が目を引く。
ファイアーフライ(蛍)もイメージソースの一つ。ミケーレ曰く、「現代は個性が埋もれてしまった1941年に似ている」とし、ファッションこそが個性を輝かせるものであり、自ら発光する蛍をその象徴としたという。各ルックをオプティミスティックに照らすものとして、ビーズやスパンコールといった光り輝く要素を散りばめていた。
取材・文:清水友顕(Text by Tomoaki Shimizu)
画像:各ブランド提供