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2025.04.08
【2025パリ国際ランジェリー展レポート】うつろう時代の中で、次のステップを見つめる時

連日開催されたファッションショーは、服のコレクションを見せるのと同じスタイルで
Photo by Salon International de la Lingerie et Interfilière Paris 2025
今年も世界のランジェリー業界最大イベントである「パリ国際ランジェリー展」(素材展「アンテルフィリエール・パリ」を併設)が、2025年1月18日から20日までの3日間、昨年と同じパリのポルト・ド・ヴェルサイユ見本市会場ホール3で開催された。ここにランジェリーのすべてがあるわけではないが、少なくとも時代を反映した業界の縮図であることは間違いない。出展者は37か国から400(製品は220ブランド、素材180社)、来場者は99か国から16,000人と、ほぼ前年並み。
会場構成も昨年に近いが、ファッションショーが3種類から2種類に減り、製品フォーラムはセレクト型下着専門店の売り方に焦点を当てた〈ランジェリーショップ〉を提案していた。クラウドファンディングのエリアも含めて、全体的に比較的新しい小さなブランドの比率が高いが、クリエイティブな独立系ブランドを集めて人気を得ていたエリア〈EXPOSED〉はややピークを過ぎた感がある。
今、ヨーロッパのランジェリー市場では、アメリカブランド「スキムス(SKIMS)」旋風が吹き荒れている。パリではギャラリー・ラファイエットのランジェリー売場で売上げトップを続けているのに加え、老舗のボンマルシェにおいて、長くランジェリーの頂点に君臨していたイタリアブランド「ラペルラ(LA PERLA)」撤退の後に、この「スキムス」を導入。ロンドンをはじめ、ヨーロッパ各都市にその勢いが飛び火しているようだ。百貨店の常連であるフランスの有力ブランドは、それに刺激を受けた対抗策を講じながらも、むしろヨーロッパらしさを意識する路線を進めている。
コロナ禍をはさんだ5年、いやその前から含めて10年ほどの中心テーマだった「多様性」や「持続可能性」は(行き過ぎたものからの揺り戻しも含めて)すっかり定着を見せている。同時に、会場では「イノベーション」という言葉もよく目や耳にしたが、いずれにしても今回は次のステップを模索する踊り場のような時期に当っていたように思われる。
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ネット全盛だからこそ、もう一度、店頭の対面販売に目を向けようというわけか。製品フォーラムは「ランジェリーショップ(The Lingerie Shop)」/Photo by Naoko Takeda
■ボンディング(接着)が切り拓く新しい時代
フランスのランジェリー最有力企業シャンテル社では、基幹ブランド「シャンテル(Chantelle)」をはじめ全5ブランド展開の中でも、今回の新製品として注目されたのは「ソフトストレッチ・パワー(SoftStretch POWER)」。よく伸びるワンサイズ対応でヒットを続けているソフトストレッチグループの次なる取り組みとして打ち出していたもので、ボンディング技術による二枚重ねの生地により、ソフトでありながらサポート力に富んでいる(ソフトシェイピングの分野ともいえる)。着用場面の幅広い、アクティブな印象のデイリーブラだ。
この商品が象徴するように、今回は改めてシームレス技術の一環である「ボンディング」(糊による接着)技術に焦点が当たっていたといえる。素材展では上海の有力ボンディングメーカー、プレス・インティメイツ(Press intimates)が初出展していた。同社の契約スタッフとしてボンディング製品の啓蒙と拡大につとめているのは、「ワコール(Wacoal)」に35年在籍し、後半は上海やヨーロッパでも活躍した若代祥世さん。「縫製によるレース物とシンプルな接着、その中間にある新しいカテゴリーの市場をつくっていきたい」と意欲的な姿勢を見せている。従来のようにボンディング技術を活かした特定のカテゴリーがあるのではなく、これからはランジェリー全体、さらにはアイテムやカテゴリーを超えた浸透を見せていく気配だ。
近年、同技術は特に中国市場における伸長が目覚ましく、今回初出展していた「ユーブラ(Ubras)」もボンディングブラで成長したブランドだし、中国のリーディングカンパニーが紹介していた先端ブランド「アイモ・チュン(AIMER CHUNG)」も、ボンディングなどのシームレス技術を統合した快適で実用性を備えたミニマルなスタイルとなっている。
この他、オランダの「ヴェインバー(VAINVER)」は、カールマイヤーの3D編機によるワープジャガードのボディウエアを発表していた。「快適でセクシーなものを」というイメージを具現化するためにはテクノロジーを活かすことが欠かせない。
テクノロジーと市場、イノベーションとデザインをつなげる存在がより重要な時代になってきた。
■モードを意識したニューセクシーの表現
黒やベージュなどベーシックカラーの見直し、体型を整えるシェイプウエアの定番化など、「スキムス」を意識したような下着の実用性に着目した動きもあるが、ファンデーションを基盤にしたフランスの主要ブランドはそれぞれの遺伝子に基づき、ヨーロッパらしさに立ち戻るという姿勢を強めている。レース使いが目につくのも、ヨーロッパ回帰の一環だ。
プレタポルテやオートクチュールのモード性を意識した高級路線を打ち出しているのは、リヨンに本社がある「リズ・シャルメル(LISE CHARMEL)」。フランス伝統の手工芸的なレースや素材開発を軸にしながら、よりモードとの融合に力を入れたデザインを推進していた。
高級志向の中でも、最近の傾向として際立っているのは、上品で洗練されたエレガンスというより、やや挑発的ともいえるセクシーな表現だ。からだを強調するカットや透ける素材に、細いひもなどを駆使したセクシーなディテール。しかも従来の重厚なクラシックではなく、シャンテル社のプレステージブランド「シャンテル・エックス(CHANTELLE X)」に見られるように、あくまで軽さとモダンなセンスが必要とされている。
フランスらしい上品でフェミニンな世界観のある「シモーヌ・ペレール(Simone Pérèle)」でも、タトゥ効果のあるヌーディな新製品を発表していた。シェイプウエアやスポーツウエアを含めて、確実に売れるブラジャーの定番をしっかり固める一方で、今回は繊細なレース使いを充実させているのだ。
こういったセダクション(魅惑的)な流れの背景にあるのは、ネットの動画で流れてくるコレクションや、人気メゾンの服を着こなすセレブたちの装いだろう。世の中の流れであるフェミニズムの影響で、女性たちが自分に自信をつけた結果、肌や体を見せることに抵抗がなくなり、本来はランジェリーのお家芸であったセクシーなスタイルが可視化されているというわけだ。そういうファッションのトレンドに、逆にランジェリーの方が影響されているともいえる。
■アウターの方向へアイテムを拡大
同業界の基幹アイテムがブラジャーであることには変わりない。今回は「ワコールヨーロッパ」が背中をすっきり見せるフロントホックのブラジャーや、乳がん術後用のブラジャーなどを新製品として出していたが、展示会全体としては特に目新しい機能の商品は見当たらず、むしろ定番の比率が増えていることも含めて、すっかり落ち着いた感があった。有力老舗ブランドはグループごとに(ワイヤーやパッドの有無など)多様なブラジャーのタイプをそろえ、一人一人の体型や好みに応じて合うものが選べるようになっている。今回はブラジャーの中での深堀りではなく、むしろそれ以外のアイテムやカテゴリーの広がりが目についたシーズンだった。
通常、ヨーロッパで人気なのはボディ(上下のつながったボディスーツやボディブリファー)で、総レースからスポーティなものまでいろいろだが、今回はクラシックなコルセットスタイルもやや復活していた。
セクシーなスタイルを得意とする「オーバドゥ(AUBADE)」は、従来からのセダクション路線を推進。グループごとに数タイプのブラジャーやショーツを構成しているだけではなく、アウターとして着られるボディやボレロなどの新しいアイテムにも意欲的に挑戦していた。
こういったランジェリーの範疇に限らず、今回気になったのは、アウターウエアの範疇といえるニットやセーターといったアイテムが目についたこと。「シモーヌ・ペレ―ル」のエコフレンドリーなヴィスコースを使用した中厚ニットのセーターやボトム。配色の美しいシルクのランジェリーを得意とする「ヴァニナ・ヴェスプリー二(VANNINA VESPERINI)」も、シェイプ力のあるタイトスカートやゆったりしたセーターなどの新しいアイテムを紹介していた。この他、オーガニックコットン(ブランド例は「オーガニック ベーシックス(ORGANIC BASICS)」)やバンブー素材(「ネッテ ローズ(NETTE ROSE)」)などの着やすいニットジャージーも日常化している。
今、ランジェリー市場は、ビジネス効率のいい定番比率を高めながらも、目新しいアイテムが求められているようだ。
■若いデザイナーによる日本からの新規出展
「シモーヌ・ペレ―ル」「オーバドゥ」と、相次いで有力ブランドの日本市場からの一時撤退が続いており、日本のインポートランジェリ―市場は相当に厳しいものがある。一方で、日本から海外市場を目指して同展に出展するブランドは、近年コンスタントに見られる。
今回は、昨年初の「アロマティーク(AROMATIQUE)」が出展を重ねたのに続き、タオルでは海外実績のある「ウチノ(UCHINO)」がマシュマロガーゼのパジャマやローブで初出展。そして、ブランドを始めて間もない若手デザイナーによる「ラシレーヌ(La siréne)」「ユウビカワノ(YUVI KAWANO)」が出展を果たした。
「ラシレーヌ」は、滋賀県長浜市のアビタクリエイト(ファンデーション事業部の拠点は大阪)で、長浜出身の吉持玲沙がデザインに当るブランド(生産は伝統的なファンデーション産地の彦根)。2024年秋に上海で開催されたランジェリーの素材展、「アンテルフェリエ―ル・上海」の「ヤングレーベルアワーズ」で3位入賞となり、今回のパリ出展へとつながった。
吉持は京都エスモードを卒業後、インナーアパレルで1年弱、販売の仕事を経験してから独立。コロナ禍でのマスクの企画販売を皮切りに、長年の願いだったランジェリーデザインをアビタクリエイトで本格化させた。そのブランド名(フランス語で「人魚」)のように、「ストレスなく、ファッションとして取り入れられるランジェリーを作りたい」と話している。
「ユウビカワノ」は、ロンドン芸術大学チェルシーカレッジでテキスタイルを学んだ河野有実が、ロンドンのカルチャーに触発され、「前衛的なランジェリーをつくりたい」と始めたブランドだ。ウールのフェルティングや化学的な錆止めなど、アートピースとしてのコルセットはすべて自分で手作り。製品として工場に生産を依頼するようになっても、「ポエティックな」ものづくりを大切にしたいとしている。
それぞれにバックグラウンドは異なるが、規模は小さいながらもこのように新しいブランドが日本から生まれていることは、一筋の光明といえるのではないだろうか。
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服の一部としてコーディネイトできるベロア風起毛素材のアニマル柄ボディ「ラシレーヌ」/Courtesy of La siréne
コロナ禍を経て復活し、さらなる歩みを続けている国際見本市。以前のような活況はないまでも、人が同じ場所に集まり、対話のできる機会、さまざまなコミュニケーションの場というのはやはり非常に重要であると感じる。
どうしても視覚偏重になってしまうデジタル時代において、手触りや匂いもランジェリーには欠かせないし、さらにはアトモスフィア(そこに漂う時代の雰囲気)も体感したいと思うのだ。
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暖色系スパイスカラーが並ぶファッションショー「in the clouds」のフィナーレ。この他、グリーンやブルーのトレンドは続いている Photo by Salon International de la Lingerie et Interfilière Paris 2025

武田尚子(たけだなおこ)
ジャーナリスト・コーディネイター
ボディファッション業界専門誌記者を経て、1988年にフリーランスとして独立。ファッション・ライフスタイルトータルかつ文化的な視点から、インナーウエアの国内外の動向を見続けている。特に世界のインナーウエアトレンドの発信拠点「パリ国際ランジェリー展」の取材を 1987年から始め、定期的な海外取材は40年近くに及ぶ。毎年、帰国後に、株式会社アパレルウェブと一般社団法人日本ボディファッション協会の協賛によるオンラインセミナーを開催している。
著書:『鴨居羊子とその時代・下着を変えた女』(平凡社)、『もう一つの衣服、ホームウエア ― 家で着るアパレル史』(みすず書房)、最新作として、自らのファミリーヒストリーを綴ったドキュメンタリー・エッセイ『女三代の「遺言」』(水声社)を2024年10月に上梓。