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2024.07.01
【2024秋冬パリオートクチュール ハイライト】オリンピックに影響を受けた、期間限定のスポーティなオートクチュール
写真左から「ジョルジオ アルマーニ プリヴェ」「トム ブラウン」「シャネル」「ディオール」
メンズコレクションに続き、2024年6月24日から27日までオートクチュール・コレクションが開催され、パリ各所でショーが行われた。主催するパリオートクチュール組合の公式カレンダー上では、今季は27ブランドが参加。3ブランド減った前季よりも更に2ブランド減り、一見すると減少傾向が続いているかのよう。ただ、そもそも微減であり、コロナ禍以降は30ブランド前後の参加で推移しており、大きな理由があっての減少ではなさそうである。
オリンピックを1カ月後に控え、直接的にテーマに盛り込むブランドがいくつか見られた。
これまでも、度々スポーティなスタイルを打ち出して来たマリア・グラツィア・キウリによる「ディオール (DIOR)」は、古代から現代までのアスリートの装いをオートクチュールのフィルターを通して表現。「トム ブラウン(THOM BROWNE)」は、服の作成段階で使用するトワル地のイメージをコレクションに投影しながら、終盤で金銀銅の3色の刺繍ジャケットを披露。
その他にも、公式カレンダー外で発表されたブランドのコレクションで、オリンピックを意識したものが散見された。また、ヴァンドーム広場全体をブロックして行われたオートクチュールの前夜祭的イベント「Vogue World Paris 2024」でも、各時代のクチュリエのドレスとスポーツを組み合わせたパフォーマンスが披露された。
スポーツウェアとオートクチュールのドレスは、本来ならば相容れないもの同士だが、時期的に重なったことでスポーツに意識を向ける機運が醸成されていたに違いない。
ただ、スポーツ・オリンピックは一つのインスピレーション源であり、それぞれのブランドは各自の作風を追求し続けている。
6月6日にヴィルジニー・ヴィアールが去り、スタジオチームによるコレクションとなった「シャネル(CHANEL)」や、奇才デムナによる「バレンシアガ(BALENCIAGA)」など、注目のブランドを紹介する。
ディオール (DIOR)
ロダン美術館の特設テント内でショーを行った、マリア・グラツィア・キウリによる「ディオール」。会場には、フェイス・リングゴールドによるアスリートを描いた作品を元に、チャーナキア工房の職人たちが制作したモザイクアートを展示し、古代から現代に至るまで、スポーツにおいて偏見や障害を乗り越えてきた全ての女性アスリートにオマージュを捧げた。スポーツウェアに着想を得たアイテムを交えながら、古代ギリシャ風のサンダルを着用したモデル達がギリシャ彫刻のようなドレスを披露。
女神を思わせるドレーピングドレスはオリンピックの聖地ギリシャを想起させ、ゴールドフェザーのオールインワンやコルセットトップスは、首周りをトリミングすることでスポーティな印象に。
今季は特にメタルメッシュのジャージー素材をあしらった、ドレーピングのドレスを提案。独特の重みとしなやかな動きを見せていた。
トム ブラウン(THOM BROWNE)
招待者のネーム入りトワル製白衣を招待状と共に招待者に送り、会場での白衣の着用を要請した「トム ブラウン」。今季は、服作りの第一歩となるパターン制作時に使用されるトワル地についての考察をコレクションに反映させた。
襟に刺されるハ刺しと呼ばれるステッチを表に出したガウンコートとドレス、スリーブの綿を表に出したコート、袖付け部分をローエッジに仕立てたアシメトリーのジャケットドレスなど、敢えて未完成であることを強調。天然の色を持つトワル地と、会場となった装飾美術館の石灰岩の色が、美しい重なり合いを見せた。
ミルフィーユ状に布を重ねてボリュームを出したドレスや、アン・ドゥオンが着用したリボン状のトワルをグラデーションに重ねたマーメイドドレスなど、技巧を凝らしたアイテムも目を引く。
スイムウェアを思わせるモチーフや、やり投げをするケンタウロスのモチーフなど、スポーティな要素が散りばめられ、ビーズで筋肉を表現したロングドレスに至ってはアスリートの肉体を想起させた。終盤には、3人のモデルがそれぞれ金銀銅のメタリック刺繍ジャケットをまとって登場し、3人が表彰台に並んでフィナーレとなった。
シャネル(CHANEL)
6月6日にヴィルジニー・ヴィアールがメゾンを去り、スタジオチームによるコレクションを発表した「シャネル」。ガブリエル・シャネルの時代からバレエ・リュスと深い繋がりがあり、これまでに数々のバレエ公演をサポートしてきたこのブランドが選んだ会場は、パリのバレエの殿堂である国立オペラ座だった。
公演を観にオペラ座にやって来た、19世紀末の貴婦人を思わせるクラシカルなガウンコートでスタート。しかしインナーにはショーツとクリスタルビーズを刺繍したトップスがコーディネートされ、強いコントラストを見せるルックに仕上げている。ツイードのスーツやワンピースは、丸みを帯びたゆったりとしたシルエット。ルックによっては、スカートに宝石のような刺繍が施されて、トップ部分とのコントラストを生んでいる。
キャミソールトップにフェザーを刺繍したドレスは、スカート部分にラッカー仕上げのジャージーを用いてモダンな印象。チュチュドレスを筆頭に、チュールをあしらったドレスが終盤に登場し、バレエに着想を得た前シーズンからの流れを汲んでいた。
ジゴ袖のシルクタフタのマリエでショーは終了。様々な時代のエッセンスを取り入れながら、ショーツや乗馬パンツ、フェンシングのウェアを思わせるアイテムやスポーツウェアのディテールを加えることにより、スポーティでモダンに変換。若々しいオートクチュール像を描いていた。
シャルル ドゥ ヴィルモラン(CHARLES DE VILMORIN)
Courtesy of CHARLES DE VILMORIN
羽やフリンジを大胆にあしらい、物語性に富んだルックの数々を披露した「シャルル ドゥ ヴィルモラン」。サン・ラザール駅の敷地内にあるイベント会場にてショーを開催した。
羽を飾ってゴシックなイメージのブラックのロングドレスでスタート。腕が固定されており、まるで拘束衣のようだが、それは多くのルックで見られた今季のスタイルだった。羽を飾った深紅のドレスは、ユベール・ド・ジバンシィの甥の未亡人、スージー・ド・ジバンシィが、赤と黒の大きな炎のような羽を飾ったブラックドレスは、80年代に活躍したモデル、ヴィオレッタ・サンチェスが着用。
長いフリンジを飾った傘のような帽子を合わせたロングドレスや、同じくフリンジを飾った邪悪な動物を象ったマスクを合わせたドレスなど、それぞれにストーリーを感じさせる。特徴的なモチーフの厚手のジャカード素材によるドレスが目を引いたが、「シャルル ドゥ ヴィルモラン」のアイコンとなっている唐草モチーフなどを描いたオリジナル素材。
マリ ・アニエス・ジロがオレンジのマイクロオーガンジーをまとって踊り、フィナーレとなった。
ジョルジオ アルマーニ プリヴェ(GIORGIO ARMANI PRIVÉ)
ジョルジオ・アルマーニによる「ジョルジオ アルマーニ プリヴェ」は、パレ・ドゥ・トーキョーにてオートクチュール・コレクションを発表した。月や水、人間の叡智と純粋さ、そして愛を連想させるものとして、真珠をモチーフにコレクションを構成。真珠の持つ独特の輝きを投影し、この上なく優美に仕上げて見せている。
ショー冒頭には、これまで通りジャケットを含めたスーツスタイルを披露。真珠を思わせる光沢あるツイード素材や立体感あるジャカード素材、絢爛なブロケード素材、艶めかしい輝きを見せるラメ素材など、このブランドでしか扱われない豪華かつ繊細な素材によるジャケットは、細かなパールでトリミングされている。
パールやクリスタルビーズを花火のように散らしたジャケットや、鱗状に刺繍したベアショルダーのドレスなど、ベルベット素材をあしらったものと、チュールにパールを刺繍したロングドレスやレーシーなキャミソールドレスなど、シースルーのドレスとの濃淡のコントラストが描かれていた。パールとクリスタルを散りばめたメッシュ素材のジャケットやドレスは特に印象的で、その輝きに目を奪われた。
来たる7月に90歳となるアルマーニが、実に90体ものコレクションを発表していることは驚異であるが、服から感じ取れる強い情熱に全く変化は見られず。コレクションの仕上がりの美しさにただひれ伏すしかなく、今季も敬意を新たにしたのだった。
バレンシアガ(BALENCIAGA)
ブランド創始者のクリストバル・バレンシアガ時代から数えて、53回目となるデムナによる「バレンシアガ」のオートクチュール・コレクションは、これまで以上にストリートウェアに寄せた内容となった。独自の技術や革新的な素材の開発をしながら、ゴスやスケーター、メタルヘッドなどのサブカルチャーのテイストをミックスし、モダンなオートクチュールを提案している。
スキューバサテンを裏地に配し、独特の張り感を出したTシャツとGジャンと一体型になったパンツでスタート。合わせられている帽子はフェザーで覆われ、クリストバル・バレンシアガ時代を彷彿とさせる。その後もストリートウェアやワークウェアの形状を借りたルックが続き、シャツやサッカーシャツといったトップ部分はスキューバサテンの裏地によってコクーンシルエットが形作られ、不思議な違和感を醸し出す。合わせられている蝶のヘッドピースは、大喜多祐美の作品からの引用で、全面手刺繍によるもの。
ブルーのフェイクファーのコートは、ヘアスタイリストのゲイリー・ギルとのコラボレーションによるもので、合成毛を手染めしている。メタルTシャツ風のモチーフは全て手描きで、アーティストのアデラック・ベナルウとのコラボレーション。またアラステア・ギブソンとは、カーボンファイバー製のボディを共作。
プラスチック袋を溶解させた白のドレスや、伝統的なファーの作成方法に則って、ヘリンボン型にパーツを繋いだフェイクファーのドレス、アトリエでストックとして保管されていたガラスビーズをアップサイクルして織り込んだニットのマキシゴスドレス、アップサイクルされたシャツやデニムパンツを繋いだドレス、クリストバル・バレンシアガの1960年代のオリジナルのネックレスをコーディネートした、レザーにフロック加工を施してつなぎ目を消したドレス…。多種多様なテクニックとアイデアによって、バリエーション豊かな実験性を帯びたドレスが生み出されている。
最終ルックは、47メートルのナイロン地を身体に直接巻き付けて作り上げたブラックドレスだった。
ユイマナカザト(YUIMA NAKAZATO)
Courtesy of YUIMA NAKAZATO/Photo by Francesc Ten
中里唯馬による「ユイマナカザト」は、パレ・ド・トーキョーでコレクションを発表。昨シーズンは、古代ギリシャ時代におけるトロイア戦争後のクレタ島を舞台としたモーツァルト原作のオペラ「イドメネオ」の舞台衣装をデザインしたことで、コレクションに大きな影響を与えていたが、今季もその流れを汲み、戦争と人間の在り方を一つのコレクションとして表現した。
冒頭、陶器のパーツが縫い付けられた衣装姿のダンサーたちが登場し、陶器同士の心地良い衝突音を立たせながらパフォーマンスを見せた。その陶器のパーツは、戦う機能の無い鎧の象徴として用いたという。今季もコレグラファー、シディ・ラルビ・シェラカウイが演出を担当。
戦うための道具としての鎧のイメージから、鎧が現代のテーラードスーツに通じると考え、今季はジャケットやコートといったアイテムで構成している。素材はスパイバー(Spiber)の開発するブリュード・プロテイン™繊維とウールをあしらった。赤の裏地はハンドニット、あるいは一切撚りを入れない絹糸を用いて織り上げたシルクオーガンジーを使用。プリントは顔料インクを用いたデジタル捺染技術を用い、水や熱エネルギーの使用を最小化している。
オートクチュール会期中、「ミキモト(MIKIMOTO)」のプレゼンテーションで「ユイマナカザト」の作品が使用された繋がりで、ブラックパールのネックレスがスタイリングに使用された。
ヴィクター&ロルフ(Viktor&Rolf)
「イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)」や「クリスチャンラクロワ(Christian Lacroix)」など、数々のオートクチュール・コレクションが開催されてきたグランドホテルのボールルームでコレクションを発表した「ヴィクター&ロルフ」。丸、四角、三角など、単純な図形をそのままルックに当てはめ、見事な造形美を披露した。
一見して1920年代のオスカー・シュレンマーによるバレエ衣装を想起させたが、「ヴィクター&ロルフ」の作品はより一層シンプルでダイレクト、そして何よりもポップな印象。
ボックスがはまり込んだようなトップ部分は、シャツとジャケットの一体型。大きく浮き上がった肩はどのように支えているのか。あまりにも奇抜な発想ではあるが、ルックとして絶妙なバランスを保っているところに「ヴィクター&ロルフ」の技巧の高さを感じさせた。
パープルにグリーン、ピンクとパープル、ポルカドットにチェック、ストライプにフローラル。色の合わせ、柄合わせも大胆で、敢えて悪趣味の一歩手前で留まるバランス感覚もこれまで以上に秀逸。フィナーレでは、割れんばかりの拍手が沸き起ったのだった。
ロバート ウン(ROBERT WUN)
「ロバート ワン」は、パレ・ド・トーキョーを舞台に最新コレクションを発表。雪からスタートし、蝶、花、炎、胎児、肉体、死、宇宙といったテーマ性を持たせたルックが登場したが、イメージを増幅させ、見る者により一層輪郭を掴みやすくさせるためにモニターに動画を連動させた。
ビーズ刺繍で雪を表現したドレスとヴェールでスタート。実際に雪が降り積もったかのようで、ワンの強いこだわりとリアリズムを感じさせた。羽で作られた蝶を配したロングコートやドレスは、ダメージを表現するためにカットしたフェルト地を手で縫い付けている。
炎のシリーズでは、ピンクや赤、黄色やパープルのドレスが登場し、それぞれワンが得意とするドレーピングやプリーツをあしらっているが、敢えて焼け焦げたかのような効果を加えてダメージを表現。
モニターに胎児のイメージが映し出されると、人間の頭部を象ったハットを合わせたヌードカラーのプリーツドレスが登場。圧巻だったのは筋肉をモチーフにしたロングドレス。細長いバゲットビーズを直角に刺繍して立体感を出し、筋繊維の生々しさを表現していた。死の象徴のような、シリコンで骨を象ったパーツを縫い付けた骸骨のドレスが登場し、宇宙の光景そのままのビーズ刺繍のロングドレスが続いてフィナーレへ。肉体から死、死から宇宙に連なるという、ただならぬ深遠さを漂わせてショーは終了した。
取材・文:清水友顕(Text by Tomoaki Shimizu)
画像:各ブランド提供