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2023.07.09

【2023秋冬パリオートクチュール ハイライト】オートクチュールの技術で創造するシンプリシティとライトネス

写真左から「ディオール」「フェンディ」「ジョルジオ アルマーニ プリヴェ」「ヴァレンティノ」

 

 

 2023年7月3日から6日まで、パリ市内の各所でショーが発表されるオートクチュール・コレクションが行われた。今季の公式カレンダー上では32ブランドが参加。その全てがショーを行い、ネット配信およびプレゼンテーションのみのブランドは一切無いという、ここ最近では類を見ないシーズンとなった。コロナ禍が落ち着き、3年間のブランクを埋めるかの如く、全てのブランドがフィジカルなショーを切望していたことが如実であった。

 

 年金受給開始年齢の引き上げに対するデモ行進やストライキは落ち着いたが、一難去ってまた一難。今度は、パリ郊外で移民の青年が警察官に射殺されたことを端に発した抗議行動が激化し、車の炎上騒ぎのみならず、ブティック襲撃など反社会的行為が横行。会期中は、特に夜間の外出に神経を使わなくてはならなかった。抗議行動を考慮し、エディ・スリマンの「セリーヌ(CELINE)」はオートクチュール会期前日のプレタポルテのショーをキャンセルし、「バレンシアガ(BALENCIAGA)」がパーティの中止を発表。様々な形で影響が見られた。

 

 オートクチュールからは逸れるが、ちょっとした話題を提供したのが日本のYOSHIKIだ。オートクチュール・コレクション会期中、パリ中心のホテルで自身のアパレルブランドについてのプレス発表を行った。今年9月のパリコレクションでショーを行う旨を公表し、会場からは盛大な拍手が沸き起こったのだが、明るい話題に乏しいファッション業界に一筋の光を見た気がしたのだった。

 

 

 

ディオール(DIOR)

「ディオール」2023秋冬コレクション

 

 マリア・グラツィア・キウリによる「ディオール」は、絵画史の中で女神たちがどのように描かれてきたかを考察。女性の主観的な視点から、古代西洋哲学を研究してきた政治哲学者、アドリアーナ・カヴァレーロによるギリシャ神話の英雄オデュッセウス王の妻、ペネロペに関する著述にインスパイアされという。会場となったロダン美術館の特設テント内は、アーティストのマルタ・ロベルティの原画を元にした刺繍作品で飾られた。女性や動物など、西洋文化の中でもマイナーとされてきたモチーフが描かれている。

 

 ギリシャ・ローマ時代を思わせるチュニックやケープのエレメントは、冒頭のサルトリアル作品に反映され、ミニマルでありながらも造形的で、仕立ての美しさが目を引く。足元のシューズはローヒールで、女神たちを思わせるサンダルが合わせられた。ミニマルでマニッシュなロングシルエットのコートドレスと、刺繍で埋め尽くされた繊細なドレスとの対比はコレクション全体にリズムを作り、ベージュ、グレー、シルバー、ペールゴールドといった落ち着いたトーンが各ルックにニュアンスを与えている。

 

 ただ、古典主義的な表現に終始することなく、ジャケット丈を調整し、パンツやシャツを効果的に配して、マスキュリンとフェミニンの境界線を曖昧にしてモダニティも追求。絶妙なミクスチャーとバランスを披露し、このブランドらしい、しかし新たな側面をも擁したエレガンスを見せていた。

 

トム ブラウン(THOM BROWNE)

「トム ブラウン」2023秋冬コレクション

 

 これまでに手の込んだ作品の数々を創り上げてきた「トム ブラウン」。満を持して、初のオートクチュール・コレクションを発表した。招待客は会場となったオペラ座の裏側の通路から入場し、舞台と大道具置き場に作られた客席に案内された。天井からはベル型のシャンデリアが吊り下げられ、客席には鳥のオブジェが設置されている。

 

 ショーが始まるとどん帳が上がり、客席には眼鏡をかけたトム・ブラウンと思しき男性のパネルが置かれている。その数約2,000。見たことのないシュールな光景にどよめきが起きた。大きな旅行鞄を持った男性モデルが2人登場し、鞄をランウェイ中央に置くと、モデルのアレック・ウェックが舞台に上がり、本格的にショーがスタート。ヴィサージの「Fade to grey」が流れ、「トム ブラウン」のブランドカラーであるグレーで統一されたコレクションと呼応。

 

 鳥をモチーフにしたルック、田舎の風景をパッチワークしたコート、人魚を思わせるスパングル刺繍のシャツドレスなどの合間に、ベル型のコートドレスが挟み込まれる。様々なバリエーションでベル型コートドレスは登場し、その数12体。ハイヒールにはベルが取り付けられており、バックステージからランウェイを歩き終わるまで会場中に響き渡ったのだった。そんな中、演劇プロデューサーのジョーダン・ロスが鳥のコスチュームをまとって登場。一際異彩を放っていた。

 

 鳥とベルと田舎の風景。そこにどのような繋がりがあるのかは最後までわからず。ジャパンやブロンスキ・ビートのメランコリックなBGMとも相まって、非常にパーソナルで内省的な世界観、ストーリーが横たわっているのではないかと思わせた。

 

シャネル(CHANEL)

「シャネル」2023秋冬コレクション

 

 緻密さと非対称性、控えめな色と鮮やかなカラーパレット、大胆さと慎重さ。コントラストを描き、ヴィンテージ感を加えながら、ブランドのコードを以てしてモダンで若々しいパリジェンヌ像を描いて見せたヴィルジニー・ヴィアールによる「シャネル」。パリを象徴する場所の一つでもあるセーヌ河岸に特設テントを作り、入り口にはセーヌの風物詩ともなっている古書業者(ブキニスト)の屋外店舗を設置。青空の下、気分を明るくさせるルックが多く登場し、そのオプティミスティックな世界観が見る者を魅了した。

 

 ファーストルックは、ツイードのロングコートをまとった「シャネル」のアンバサダー、キャロリーヌ・ドゥ・メグレ。限りなくナチュラルなメイク、無造作の中にバランスを感じさせるヘア。それは紛れもなく、生粋のパリジェンヌのスタイルを象徴していた。

 

 一見よそ行きだが、花を挿した籐編みのカゴを手にしてレトロな雰囲気にしたルックには、ブルーベリーやラズベリーが刺繍されたトップスを合わせてコケティッシュなイメージに仕上げている。

 

 豪華な素材、精緻な刺繍、完璧なカッティングで仕立てられたルックの数々は紛れもなくオートクチュールそのものだが、どこかに肩の力が抜けたような親しみやすさと楽しさが滲み出ている。文化的な素養を湛えるパリジェンヌのさり気ない洒落っ気が随所に感じられ、その唯一無二のセンスで貫かれたコレクションとなっていた。

 

ジョルジオ アルマーニ プリヴェ(GIORGIO ARMANI PRIVÉ)

「ジョルジオ アルマーニ プリヴェ」2023秋冬コレクション

 

 ロマンティシズムの象徴ともいえる薔薇を、様々な解釈で描いたジョルジオ・アルマーニによる「ジョルジオ アルマーニ プリヴェ」。エール・フランス社が所有していたアンヴァリッドの建築物内を会場にショーを行った。

 

 インナーに施された刺繍をおぼろげに見せるシアーな素材、金属のように滑らかで艶やかな光沢素材、パッチワークのような風合いのジャカード素材、バラを立体的に表現した膨れ織り素材など、このブランドだからこそあしらうことが出来たと思わせる豪奢な素材使いは変わらず。

 

 アルマーニらしい実験的なフォルムも目を引く。チュールで作ったバラを幾重にも重ねてボリュームを出したケープや、円を重ねた造形的なジャケットやショールなど、斬新なアイデアが登場し、これまで通りの進化し続ける「ジョルジオ アルマーニ プリヴェ」のイメージを裏切らない。

 

 魅惑的で艶めかしささえ湛える、強い赤の色使いも脳裏に焼き付いて離れなかった。特に後半の着物地を用いたルックやバラを胸元にあしらったスパングル刺繍のロングドレス、あるいは能面を刺繍したトップスを合わせたドレスなど、強い色と相まった独特の世界観と官能性が新鮮。洋の東西を問わず、様々な要素を柔軟に取り込み、クリエーションに昇華させる姿勢についても感に入るばかりだった。

 

バレンシアガ(BALENCIAGA)

「バレンシアガ」2023秋冬コレクション

 

 デムナによる「バレンシアガ」は、クリストバル・バレンシアガ時代のフィッティングモデルだったダニエル・スラヴィックが一番好きだったドレスを忠実に再生。本人が着用して、それがファーストルックとなった。それはグレース・ケリー王妃が40歳の誕生日に着用するためにオーダーしたものでもあった。ショー会場は本社のサロンで、前シーズンに引き続き古典的なオートクチュールの発表形式に則っている。

 

 ショルダーがオープンになったジャケットのスーツは、クリストバル・バレンシアガ作品の裾からインスパイアされたもので、いくつかのバリエーションで見せ、その中の一点をイネス・ドゥ・ラ・フレサンジュがまとった。

 

 これまで以上にメンズの占める割合が多く、チェックを描いたトロンプルイユ(だまし絵)のスーツや、ファーモチーフを描いたコート、ポケットやダメージなどをペイントして表現したデニム風パンツやGジャン風ブルゾンなど、一見しただけでは目が騙されてしまうアイテムが印象的。風になびいたかのようなコートとマフラーのセットアップはボンディングによるもので、様々なバリエーションで登場。デムナ流のユーモアを感じさせた。

 

 仏女優のイザベル・ユペールは、雨に濡れたようなスパンコールが輝く黒のゴシックドレスを着用。1万個のジェットビーズと2万5,000枚のスパンコールが縫い付けられており、制作に1,800時間を要した。瓶のようなフォルムに形作られている赤のギピュールレースのドレスは、型を用いて作る帽子と同じ工法で仕上げている。デムナらしい大胆さに溢れる作品となった。西洋の戦士が着用する鎖帷子のロングドレスや、最終ルックとなった3Dプリンターを利用してクロームで磨いた甲冑ドレスは、鎧からインスパイアされたもの。特に甲冑のドレスは、飛行機の技術を持つ企業とのコラボレーションで、金属ではなく亜鉛メッキ樹脂製ではあるが、総重量は40kg。

 

 ショー直後からジョルジュ・サンク大通りのショップで、セレクトされたアイテムが販売され、またホームページでも購入可能となった。この画期的なアイデアは、複数回の仮縫いを必要とし、限られた顧客だけに向けたオートクチュールの世界に一石を投じることになったのかもしれない。このように、今季の「バレンシアガ」は伝えきれない程のトピックで満ち満ちていた。

 

ヴァレンティノ(VALENTINO)

「ヴァレンティノ」2023秋冬コレクション

 

 ピエールパオロ・ピッチョーリによる「ヴァレンティノ」は、パリ郊外のシャンティ城を舞台にドラマティックなショーを行った。コレクションタイトルは、そのまま“Un Château(一つの城)”。

 

 インディゴ染めのビーズで埋め尽くされたジーンズとホワイトシャツをまとったカイア・ガーバーがファーストルック。クチュールのコレクションのファーストルックが作業着で、しかし発表の場が城というコントラストがアイロニカル。

 

 シャンデリアのような大振りのイヤリングや、長い羽根のヘッドドレスなどで装飾されてはいるものの、各アイテムはすっきりとしたフォルムで、ワークウェアやスポーツウェアインからスパイアされたと思しきものも多く見られた。

 

 ビーズやスパンコールで飾られたドレスやジャケット、ハンドレースによるロングドレス、羽を取り付けた繊細なオーガンザのドレス、パッチワークのコートケープ。その全てが繊細な手仕事によるものだが、シャープなカッティングでシンプルに仕立てられている。いわゆるオートクチュールの厳格さや重々しさ、伝統と回顧主義的傾向を抑え、モチーフはグラフィカルにアレンジし、軽やかさや着易さに重点を置いたモダンなクチュールを志向していた。

 

フェンディ(FENDI)

「フェンディ」2023秋冬コレクション

 

 ゾーイ・サルダナ、ナオミ・ワッツ、シャキーラ、カーディB、ドナテラ・ヴェルサーチ、日本からは川口春奈。数多くのセレブリティと顧客が最前列を埋めた、キム・ジョーンズによる「フェンディ」。旧証券取引所のブロンニャール宮でショーを行った。

 

 今季は、フェンディ家4代目デルフィナ・デレトレズによるハイジュエリーがコレクションのインスピレーションとなり、宝石を輝かせるためにシンプルなフォルムのドレスが中心となっている。サテンのロングドレスや肩から裾が連なっているドレーピングのドレスや、絶妙なバランスを見せるアシメトリーのドレーピングドレスなど、それぞれ無駄を削ぎ落したシルエット。モデル達はルックに合わせたパーティバッグを手にし、ジュエリーを身に着けている。

 

 包帯を巻き付けたかのような赤のロングドレスは、タートルネックにデザインしてスポーティな仕上がり。古代の土器を思わせる文様のドレスには、帯を思わせるバンドをコーディネートしている。ヘリンボンモチーフにカットして重ねたファーのアンサンブルや、ファーに刺繍したオリエンタルなミニドレス、ファーをニットのように編んだケープコートなど、「フェンディ」が得意とするファーのあしらいが随所に見られた。

 

 アールデコ期のドレスを思わせるジオメトリックモチーフのスパングル刺繍のドレスも目を引いたが、圧巻だったのがカットしたファーを縫い合わせて絨毯のようにあしらったグリーンのドレス。今までに目にしたことの無い新しい素材感を見せていた。

 

取材・文:清水友顕(Text by Tomoaki Shimizu)
画像:各ブランド提供(開催順に掲載)

 

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