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2021.02.01

【2021春夏パリオートクチュール ハイライト】 ビッグネームの挑戦やカムバック オンラインでも威厳を保つパリ

(左から) シャネル、フェンディ、ヴァレンティノ

 2021年1月25日から28日にかけて、オートクチュールコレクションが発表された。コロナ禍にあって、今季も前季に引き続き全てネット配信となった。公式カレンダー上では、前シーズンの33から大幅に減って27のブランドが参加。「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」や「エリー サーブ(ELIE SAAB)」、「ラルフ&ルッソ(Ralph & Russo)」といった、パリで長くコレクション発表してきたブランドが参加を取りやめている。

 

 しかし今季は、新規参入のブランドも少なからず見られ、話題に事欠かなかった。シャトレのセーヌ川沿いに店舗を構える種子販売店の一族出身で、作家のルイーズ・ドゥ・ヴィルモランを大叔母に持つシャルル・ドゥ・ヴィルモランによるクチュールのデビューコレクションや、「ランバン(LANVIN)」で一時代を築いたアルベール・エルバスによる新ブランド、「エージーファクトリー(AZ FACTORY)」のデビューコレクションなど、会期に華やぎを与えていた。

 

 また、昨年10月のレディースコレクションでは、アーティスティックなムービーだけを発表して多くの謎を残した、アーティストのスターリング・ルビーによる「スターリングルビー スタジオ. LA. CA.(S.R.STUDIO.L.A.C.A.)」が初めて本格的なクチュールコレクションを発表したのも新鮮だった。新規のブランドではないが、アーティスティック・ディレクターにキム・ジョーンズが就任して初の「フェンディ(FENDI)」も、大いに注目を浴びた。

ディオール(DIOR)

 マリア・グラツィア・キウリによる「ディオール」は、“LE CHĀTEAU DU TAROT(=タロットの城)”と題したコレクションを発表。ブランド創始者のクリスチャン・ディオール自身が迷信を好み、占い師の言葉を信じていたという史実から着想を得て、現存するもので最も古いとされる15世紀後半にミラノ公によって製作されたヴィスコンティ・スフォルツァ版のタロットカードからイメージを膨らませている。そしてローマ出身のアーティスト、ピエトロ・ルッフォにタロットの世界観を再解釈させ、78のパターンを制作。様々なドレスにモチーフとしてあしらわれているのが特徴。

 

 ショートフィルムは前シーズンに引き続き、2008年の「ゴモラ」で知られるマッテオ・ガローネが監督。特にボニファチオ・ベンボによって描かれたタロットをイメージソースに、象徴的なモチーフが散りばめられた幻想的なシーンを通して、男性らしさと女性らしさの融合を描いている。

 

 レースにボタニカルモチーフが散りばめられたドレスは、クチュールならではの作品。銅版を使って中国の漆製品を真似るという18世紀のテクニックから着想を得て、18世紀の銅版画をシルクスクリーンでプリントして手彩色したものをカットし、それを一つ一つドレスにアップリケし、更に刺繍を施している。コルセット風のトップのロングドレスは、ヴェニスのクチュリエ、フォルチュニー風のモチーフで彩られる。アイコンのバージャケットは、ゴールドの綾織り地で仕立てられ、立体的な襟が特徴。マリア・グラツィア・キウリが一番気に入っているという、死のカードをイメージしたドレスは、ピエトロ・ルッフォによるイラストをプリントして刺繍したパネルをトップ部分に配置。もう一つのアイコンであるミス・ディオールのドレスは、今季はコルセットのフォルムを採用し、マットゴールドで渋くまとめ上げている。格子に這うマメ科の植物をイメージし、コードとボタニカルモチーフを手作りし、縫い留めたという労作。

 

 ゴールドをあしらってもトーンは抑え目で、多くのアイテムがルネッサンス期のアンティークを思わせる仕上がり。正にイタリア的な、濃密で荘厳な世界観が展開されている。

シャネル(CHANEL)

 ペネロペ・クルス、マリオン・コティヤール、ヴァネッサ・パラディ、娘のリリーローズ・デップといった「シャネル」のアンバサダーやセレブリティ、7人だけを招いてショーを開催したのは、ヴィルジニー・ヴィアールによる「シャネル」。グラン・パレに花のアーチを設置し、夏のイヴニングパーティでの開放感溢れるダンスタイムをイメージした。そのショーを収めたフィルムは、U2やデペッシュ・モード、デヴィッド・シルヴィアンなどのイメージメイキングを手掛けてきたフォトグラファー、アントン・コービンが監督。

 

 レーシーなトップスとフレアスカートのセットアップでスタート。上下とも素材自体は装飾的だが、シンプルなスタイルにまとめられている。ゴールドボタンのツイードのパンツスーツ、ツイードのコートドレスなど、削ぎ落されたスタイルはスポーティな印象。様々な人々が集まるパーティを想起し、カジュアルなパンツルックからビッグシルエットのグランドソワレまでバリエーション豊かなルック構成。しかし、過剰な装飾を抑え、洗練されたフォルムに落とし込んでいる。 

 

 それぞれのルックに合わせられた羽や造花のヘッドドレスをルマリエが手掛けるなど、全32ルックに渡り、「シャネル」傘下のアトリエ(シューズ、アクセサリー、刺繍、造花羽細工など)の集合体であるメゾンダールが関わっている。その他にも、刺繍アトリエのモンテックスは、チュールをマクラメ状に編んだ刺繍のドレスを制作。

 

ショー冒頭では、リンダ・ロンシュタットの「Be My Baby」が流れる中、モデルたちが一斉にランウェイに登場。最後にも同曲がかかり、ロマンティックでもあり感傷的でもある、印象深いフィナーレとなった。

ジョルジオ アルマーニ プリヴェ(GIORGIO ARMANI PRIVÉ)

 コロナ禍で大きな打撃を受けたミラノにオマージュを捧げたのは、ジョルジオ・アルマーニによる「ジョルジオ アルマーニ プリヴェ」。博物館となっているネオクラシック様式のオルシーニ宮殿にランウェイを設置し、モデル達がウォーキングするシンプルな映像を制作。「アルマーニ」ならではのクリエーションの機微に触れられる内容となっている。

 

 昨年はパンデミックが広がる中、いち早く医療用オーバーオールを製作して地元ミラノへの支援を惜しまなかった「アルマーニ」が、今季は街への深い愛情を示すべく、一つのコレクションとして具現化させた。

 

 流線型を描くツイードのジャケットと刺繍を施したレーシーなパンツのセットアップでスタートしたが、今季は様々なパンツルックでラメ素材を用いたり、ラメ素材でジャケットをトリミングしたり、ビジューボタンをあしらったり。どこかに光る要素を散りばめている。高く尖った肩が特徴のジャケットも印象的。黒とネイビーのシンプルなドレスから、コバルトブルーと赤のドレスに移行すると、刺繍の要素やボリュームが増していく。しかし、あくまでもシルエットはシンプルで洗練されたスタイルを感じさせた。コレクションの終盤に、パステルカラーのドレスを見せて優しくまとめ上げたと思いきや、一転してコバルトブルーのチュールのプリーツドレスを登場させてフィナーレへ。

 

 シンプリシティと装飾性のコントラスト、造形的なカッティング、斬新な色合わせ、新鮮なカラーパレットなど、これまでの、流行に左右されない「アルマーニ」クチュールのテイストを凝縮して見せる、集大成的なコレクションとなっていた。

ヴァレンティノ(VALENTINO)

 ピエールパオロ・ピッチョーリによる「ヴァレンティノ」は、マッシヴ・アタックのメンバーで、バンクシーの正体と目されるアーティスト、ロバート・デル・ナジャとの対話から着想を得たコレクション“CODE TEMPORAL”を発表。配信されたムービーは、美術館として利用されているローマのコロンナ宮殿のホールでモデル達をウォーキングさせるというシンプルな内容で、ピッチョーリ本人が監督をした。BGMは、今回の動画のためにデル・ナジャ本人によって編集されたマッシヴ・アタックの「Ritual Spirit」。

 

 カジュアルウェアをクチュール的に解釈したアイテムで構成し、スポーティな印象のルックで構成。多くのモデルにハイウェッジソールのパンプスやブーツが合わせられた。  

 

 スクエアのパーツをノットで繋いだケープドレスでスタート。フューシャのトレンチやクレープ地のドレスなど、どれもリーンなシルエットで無駄の無いフォルム。スパンコール刺繍のジレにはバミューダパンツを合わせ、全面に刺繍を施したタートルネックのトップスにはボリュームあるスカートをコーディネート。そのどれもがシンプルだが、カッティングの確かさと絶妙なバランスがクチュールならではと感じさせる。

 

 タイトルこそ“一時的な記号”となっているが、トレンドに左右されない、時代を超えるタイムレスなコレクションを目指したといい、新しいクチュールの幕開けをも予感させるコレクションとなっていた。

エージーファクトリー(AZ FACTORY)

 「ランバン」退社後も、「レスポートサック(LeSportsac)」や「トッズ(TOD’S)」等とのコラボレーションで注目されてきたアルベール・エルバスが、リシュモン・グループのバックアップで「エージーファクトリー」として復活した。AはアルベールのAで、Zはエルバスの最後のアルファベット。

 

 発表された「The Show Fashion」と題した25分のショートムービーは、エルバス本人がブランドについてのストーリーを語る架空の番組を収録する、という内容で、合間に素材開発に関するテクニックのドキュメンタリーや、劇中劇、ファッションシューティングのシーンが挟み込まれる。女優のアミラ・カザールがプロデューサー役で出演。ヴォーグ誌のアナ・ウィンターや元ヘラルド・トリビューン紙のスージー・メンキス、マーク・ジェイコブスやリック・オウエンス等がカメオ出演し、復活を祝うシーンも登場する。

 

 エルバスは様々な国々を旅する中で、シリコンバレーを訪れた時、伝統とテクノロジーは共存できると確信したと言い、それが今回のコレクションに大きな影響を及ぼしている。

 

 コレクションは大きく4つのカテゴリーに分けられる。様々な撚りをかけたライクラによって身体にフィットするニットを開発しているが、その技術を用いたニットドレスのシリーズが「My Body」。テクノ素材で仕上げた「Super Tech To Super Chic」、様々な着こなしが可能な「SWITCHWEAR From Leisure Wear To FABULOUS」、そしてパジャマを活用した「PYJAMA From 12〝LAZY″To 12〝CRAZY″」。それぞれがエルバスらしいフォルムとボリュームを見せ、「ランバン」で見せたものとは違うスポーティ&カジュアルシックを提案している。

 

 ファーフェッチやネットアポルテで購入可能で、アイテムによってはXXSからXXXXLまでを揃える。一人ひとりの顧客を採寸して制作する一点物を基本とするクチュールとは、コンセプトという点で大きく異なるが、新しいファッションを先導するエルバスの心意気に賛同し、その復活を祝したい。

ヴィクター&ロルフ(Viktor&Rolf)

 「ヴィクター&ロルフ」は、アムステルダム郊外の元軍需工場を舞台に無観客のショーを行い、その模様を収めたムービーを公開した。コレクションタイトルは“Haute Fantaisie”。アーティスト集団RAAAFによる、工場内に残っていた弾丸製造のための真鍮を用いた4枚の巨大なプレートを背景にモデルたちがウォーキング。

 

 過去数年間のクチュールコレクション同様、アップサイクリングをしたアイテムで構成。ヴィンテージのレースやジャカードのパッチから、ドレスの断片など、様々なものが活用されている。

 

 刺繍を施したブラトップには、ラフルのスカートやボウを飾ったケープ、あるいはチュールのボールガウン風スカートなどが合わせられ、ランジェリーとクチュールアイテムのコントラストが興味深い。今季はクチュールとアンダーグラウンドなパーティの融合である「Couture Rave」を想定し、クラバーたちが無造作に服を選んで重ね着したかのようなイメージとリンクさせている。

 

 様々な布の切れ端と金属パーツやクリスタルのアクセサリーの集積が不思議なバランスを見せ、偶発的融合の妙を感じさせる。伝統やコードに囚われず、予定調和を感じさせない新しいクチュールの世界観を生み出していた。

フェンディ(FENDI)

 アーティスティック・ディレクターにキム・ジョーンズを迎えて初の「フェンディ」のコレクションは、パリの旧証券取引所で無観客のショーを開催。ヴァージニア・ウルフによる1928年の作オーランドーにインスピレーションを求めた。キム・ジョーンズにとっては、初めてレディースを手掛けたコレクションとなる。

 

 ヴァージニア・ウルフの邸宅や、ウルフが所属していた芸術家集団であるブルームズベリー・グループの拠点にキム・ジョーンズの実家が近く、長く親近感を持ってきたという。今季は、男性と女性、それぞれに生まれ変わりながら様々な時代と国に生きたオーランドーをイメージし、男性モデルに両性具有的なメイクを施すなど、性の超越を感じさせる内容でまとめた。

 

 ホールには、上から見るとFの形のアクリル製のボックスを配置し、中にはオーランドーの冒頭を思わせる草木を配置。そしてウルフの初版本や、今回のキーモチーフであるマーブルペーパーをあしらったウルフ本人が製本した手刷り本などを展示。モデルたちが登場すると、それぞれがボックスの中に入り、様々なオーランドーの姿を確認できる、という演出になっている。往年のスーパーモデルや女優などのセレブリティが出演する中で、三代目のオリヴィア・フェンディの娘、デルフィナ・デレットレズ・フェンディとレオネッタ・ルチアノ・フェンディもモデルとして登場。

 

 肩を大きくはだけたジャケットを合わせた、パンツスーツ姿のデミ・ムーアでショーがスタート。大振りのカフがルネッサンス的な雰囲気を漂わせる。ベラ・ハディッドは、極薄のオーガンジーケープを重ねた刺繍のシースルードレスを着用。ケイト・モスの娘のリラ・モスは、パールを全面に刺繍したレースドレスをまとい、ケイトはスカート部分に刺繍を施したサテンのロングドレスでウォーキング。カーラ・デルヴィーニュは、マーブルプリントのスーツで登場したが、マーブルは本コレクションのキーモチーフとなっている。クリスティ・ターリントンと甥のジェームズ・ターリントン、ファリーダ・ケルファとナオミ・キャンベルはそれぞれマーブルプリントのアイテムをまとい、製本に用いられるマーブルペーパー、あるいはローマの大理石モザイクを想起。

 

 オーランドーに着想を得ながら、ローマのモザイク、あるいはマーブルペーパーをモチーフとして取り入れる。ローマの伝統的ブランドに着任したイギリス人デザイナーは、故郷のイメージを出発点にイタリアとの融合を図っていたようだ。

ユイマナカザト(YUIMA NAKAZATO)

 中里唯馬による「ユイマナカザト」は、オンラインによってコレクション“ATLAS”を発表。事故で両足を失ったモデル、ローレン・ワッサーとの出会いが出発点となり、自然を愛し、自らを「未来」と表現するワッサーがインスピレーション源となっている。その勇敢さから、神話に登場する架空の戦士の姿を導き出した。

 

 「対話から、人の個性の奥深さに向き合い、目に見えないアイデンティティをも可視化し、記していく。それは、個を尊重するというクチュールの真髄であり、ファッションの未来に必要な精神の1つである。その行為を、私はATLAS(=記憶の地図)に喩えた」と中里は語る。

 

 日本の伝統的な襤褸は着物の断片を集めたものだが、襤褸の概念から、様々な記憶が集まって一人の人が成り立ち、様々なものが集まって世界が出来ている、というイメージを持ち、様々な色の集合するマルチカラーのプリントを想起。バイオテクノロジーによって作られた人工合成タンパク質素材、Brewed Proteinに、特殊なデジタル加工を施す「ユイマナカザト」独自の技術、Biosmockingを用いて、プリーツのような独特のうねりの表情を加えた28のパーツを制作した。

 

 ローレンの身体のフォルムをコンピュータにインプットし、ミリ単位で布の曲線をデータ化。身体にぴったり沿う無縫製のドレスを作り上げ、28のパーツをドットと呼ばれるパーツで接合し、フォルムが変化していくドレスを完成させた。

 

 たった一点の発表だったが、ブランドの方向性と哲学が凝縮され、一着の重みが強く伝わる内容となっていた。

 

 今季もまとまったトレンドは見受けられず、オートクチュールという括りの中で、クリエーションの無限の自由を感じさせた。顧客の要望を念頭に、ストイックにシンプルなフォルムと着易さを追求するブランドがあれば、自身の作風を推し進めて華やかさを強調するブランドもあり、各ブランドが各々の世界観を打ち出していた。

 

 そして今回強い影響力を感じたのが、イタリアという国である。「ディオール」はイタリア人のマリア・グラツィア・キウリがイタリアのタロットカードの世界を服に落とし込み、イタリア人の監督とムービーを作り上げた。「アルマーニ」と「ヴァレンティノ」は、それぞれミラノとローマの宮殿を舞台に無観客ショーを行い、それらを収めたムービーを制作。またキム・ジョーンズの「フェンディ」も、ローマの伝統的なブランドのコードを強く意識していた。フランス人デザイナーが数少ないクチュールの世界で、イタリアの影響力の大きさを再認識したのだった。それは、中世の時代に築かれたフランス文化の基本となるものの多くがイタリア由来だった、という歴史的な側面と重なる。異邦人が多く集まることで豊饒さが生まれるパリの文化。オートクチュールもその一部であることを強く感じさせた。

 

 クチュール会期中には、シャンパンが湯水のように振舞われるパーティーが、毎夜のごとく行われていたが、そんな時代が遥か昔のことのように感じられる昨今。一切の動きが止まってしまったパリだが、それでもオートクチュールはパリに集まり、世界の人々が注目する。今季もファッションの街としての威厳を保った形だ。

 

 

文:清水友顕(Text by Tomoaki Shimizu)

 

「パリオート クチュール」コレクション

https://apparel-web.com/collection/paris_hautecouture

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