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2017.03.06
【宮田理江のランウェイ解読 Vol.39】2017~18年秋冬NYコレクション
宮田理江のランウェイ解読 Vol.39
2017-18年秋冬ニューヨークファッションウィークでは異変が起きた。地元からトランプ政権が誕生したことを背景に、本来のアメリカ、人々のダイバーシティー(多様性)、女性の尊厳などを深掘りするクリエーションが相次いだ。NYの参加者がこれほどステートメントを鮮明に打ち出すのは「9.11」の直後以来だ。「政治(反トランプ)」が表のテーマ、「ダイバーシティー」が裏のテーマになったようだ。
新デザイナーとして最も話題を集めたのは「カルバン・クライン(CALVIN KLEIN)」を任されたラフ・シモンズ氏だ。自らも異邦人(出身はベルギー)のシモンズ氏はデビューコレクションで「移民国家・米国」へのリスペクトを示した。象徴的なモチーフ使いとして星条旗を写し込んだ。ウエスタンなカウボーイシャツも米国開拓史やカントリーライフを思い起こさせる。ジェンダーレスの台頭に先駆けてユニセックスの装いを先導してきたブランドらしく、ウィメンズのスーツを紳士服ライクに仕立てている。フェザーやプラスチックなど、質感の異なるマテリアルを引き合わせる素材使いにも、様々な出身、信条の人たちが集う国への共感がうかがえた。
今回を最後に発表の場をパリヘ移す「プロエンザ スクーラー(PROENZA SCHOULER)」のデザイナーデュオはNYへの愛をファイナルランウェイに注ぎ込んだ。レザーのラップドレスをキーアイテムに据えて、パワフルな女性像を押し出した。オーバーサイズのアウターもタフな印象を生んだ。カットアウトやアシンメトリーを生かしたレイヤードを組み上げている。ケミカルやつやめきやメタリックなまばゆさがNYと女性のエネルギーを感じさせる。ブランドロゴやファスナーを配してステートメントを込めた。腕にチューブを巻き付かせたかのようなアクセサリーも装いをエネルギッシュに演出していた。
「マイケル・コース コレクション(MICHAEL KORS COLLECTION)」が初めて「プラスサイズ」のモデルを起用したのは、多様性の価値を示した一例と言える。現ファーストレディーもかつてはモデルだった。たくさんの役割やキャラクターを兼ね備える現代女性にふさわしく、たおやかさと強さの両方を打ち出した点も今回のNYモードの傾向だ。構築的なショルダーラインのジャケット姿はビジネス首都のNYを支えるパワーウーマンたちを応援するかのよう。一方、スカートには深いスリットを入れ、女っぽさも忘れていない。男性にもたれかからない「インディペンデント」な女性像を軸にしながらも、流麗なドレスやリッチなファーコートも提案。一様ではない女性の実像に寄り添うクリエーションを披露した。
「人種のサラダボウル」と呼ばれてきたNYならではのミックスカルチャーを全面に追い出したのは、デザイナー自身もアジア系の「アレキサンダー ワン(ALEXANDER WANG)」。今回はアフリカ系アメリカ人が多く住むハーレム地区で初めてショーを開いた。ファーストルックは黒ジャケットに黒タイツと、ブラックカルチャーへのオマージュ風。レザーの多用に加え、ヒップホップ音楽がストリート感を増幅していた。デニムのジャケット、太いチェーン付きバッグなどがロックの反骨精神を帯びた。マイクロショートパンツとタイツを重ねるレイヤードは性別をぼかす。半面、正統派ジャケットや袖広がりディテールも取り入れ、クラシックやロマンティックも交錯させている。シグネチャー的なメッシュやフィッシュネットはフェティッシュなムードをまとわせていた。
「アメリカらしさ」を問い直すようなアプローチが相次いだ。ブランドの歴史や持ち味を再確認する試みとも重なった。「コーチ1941(COACH 1941) 」は西部開拓時代のアメリカを舞台にしたテレビドラマ「大草原の小さな家」を思わせるカントリーテイストをまとわせた。刈り毛加工(シャーリング)を施したレザーでアウターを仕立て、ノスタルジックでワイルドな風情を呼び込んだ。前シーズンから引き続いて、手仕事感を強調。レザーアウターにスタッズやアップリケ、フリンジ、パッチワークをあしらった。軍用ワッペンやボマージャケットでミリタリー感を投入。たっぷりしたショルダーは楽観を帯びる。透ける胸元や長い着丈のワンピースでフェミニンも添えている。ヒッピー感覚やグランジ風味をミックスし、のどかな気分に誘う。ファーの帽子も繰り返し登場させた。
テーラードとスーツの復権は目立った新機軸だった。「3.1 フィリップ リム(3.1 Phillip Lim)」はエフォートレスな着姿を得意としてきたが、今回はマスキュリンな輪郭を描くジャケットやスーツをランウェイにいくつも送り出した。ハイウエストを深く折り返したバギーパンツもメンズテイストを宿した。色は淡いローズピンクをキーカラーに据えて、フェミニンと巧みに折り合わせている。一方、袖先がベルスリーブ風に広がったブラウスはエレガントなたたずまい。裾広がりパンツとのコンビネーションは起伏に富む。意思の強さとロマンティックな気分を交じり合わせるバランス感に、しなやかなニューヨーカー女性のイメージが重なって見えた。
アメリカの「原風景」を探るような動きが広がった。富裕家庭の令嬢を主人公にした映画「フィラデルフィア物語」(1940年)から着想を得たのは、デザイナー自身も東部のリッチ家庭出身である「トリー バーチ(TORY BURCH)」。上質なツイード生地や、伝統的なチェック柄でクラシック感と品格を醸し出した。ワイドパンツ、ボタンダウンのシャツでメンズ風味を取り入れている。ベースボールジャケットはプレッピー風味を添えた。大人っぽい女性像をクラシカルな装いで組み上げつつ、メンズ要素を加えて自立したモダンウーマン感を印象づけている。大ぶりのボウ(リボン)はエレガンスと自信のダブルミーニング。パンツルックを広めた功績で知られる女優キャサリン・ヘプバーンをミューズに選んだことで、全体に芯の強いキャラクターが感じ取れる。
月面着陸に象徴される宇宙開発は米国にとっての栄光の歴史でもある。「ラコステ(LACOSTE)」のクリエイティブディレクターを務めるフェリペ・オリヴェイラ・バティスタ氏は自身の父がパイロットだったこともあって、宇宙飛行士を思わせる装いを提案した。オーバーサイズで構築的なフォルムは懐かしげでユーモラス。彩りの豊かな惑星柄は幻想的な風情。メタリックやケミカルのつやめきがフューチャリスティック(未来的)なムードを連れてくる。90年代のグランジロックもテーマに迎えた。紫のニットカーディガン、チェック柄のシャツアイテムはグランジのシンボルだったカート・コバーンの面影を映す。
NYコレクションに参加しているデザイナーには移民出身や非白人も少なくない。もともとNYらしいカルチャーミックスはNYモードの強みだったが、それを否定するかのようなリーダーの誕生はクリエイターたちに自分たちの立ち位置や存在意義をあらためて認識させたようだ。楽観やデコラティブ、ジェンダーレスなどの基軸トレンドは前シーズンから引き継がれながら、意思の強さやアメリカの再評価といった新トーンを上乗せ。NYモードは一段とリアル感と説得力を増したように見えた。
宮田 理江(みやた・りえ)
複数のファッションブランドの販売員としてキャリアを積み、バイヤー、プレスを経験後、ファッションジャーナリストへ。新聞や雑誌、テレビ、ウェブなど、数々のメディアでコメント提供や記事執筆を手がける。 コレクションのリポート、トレンドの解説、スタイリングの提案、セレブリティ・有名人・ストリートの着こなし分析のほか、企業・商品ブランディング、広告、イベント出演、セミナーなどを幅広くこなす。著書にファッション指南本『おしゃれの近道』『もっとおしゃれの近道』(共に学研)がある。
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