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2020.07.10
【2020秋冬パリオートクチュール ハイライト】デジタルで見せる美の可能性と限界
(写真左から)ヴィクター&ロルフ、ディオール、ズリー ベット
2020年7月6日から9日、2020秋冬・パリ・オートクチュールがオンラインで開催された。先月のロンドン・ファッションウイークに続き、Covid-19感染拡大防止から参加ブランド達はデジタルプラットフォームを通じて作品を発表。従来のファッションウィーク同様、プログラムに沿って作品は公開されたが、その後も作品はサイト上で再生可能で、アクセスの制限なしで一般公開されている。
今回のパリ・オートクチュールでは、「ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)」や「ジバンシィ(GIVENCHY)」、またデムナ・ヴァザリアのもと52年ぶりに復帰を果たす予定だった「バレンシアガ(BALENCIAGA)」やゲストデザイナーとして「サカイ(SACAI)」の阿部千登勢がオートクチュールを手掛ける予定だった「ゴルチエ パリ(GAULTIER PARIS)」などが延期のため不在だったが、多くの常連大物メゾンが参加し、33ブランドがコレクションを発表。また、MAGAZINEというページから、デザイナーのインタビュー、ミュージアムやギャラリーとのコラボ映像などデジタル版ならではの興味深いコンテンツも見られる仕組みとなっている。
さて、参加ブランド達のコレクションの発表方法は、大まかにカテゴリー分けすると、デザインや製作風景から完成したルック映像にデザイナーのコメントや作品の説明を絡めたドキュメンタリー映像、登場人物たちがコレクションピースを纏って演じるストーリー性のあるショートムービー、パフォーマンスや音楽を絡めたイメージビデオ、無観客ショー・・・という感じだ。一口に無観客ショーといっても、まるでリアルショーのようなセットを使ったものもあれば、撮影スタジオ風セットもあり、またはパリを始めとした世界の街、自然、歴史的建造物、古いヴィッラやアパルトマン、または無機質な空間などを“ランウェイ”とするなど様々。
「スキャパレリ」2020秋冬オートクチュールコレクション
ドキュメンタリー風映像の中でも印象的だったのは、初日のトップを切った「スキャパレリ(SCHIAPARELLI)」。デザイナー本人がインスピレーションについて語りながら、公園のベンチでデッサンを仕上げ、実際のコレクションピースは全く登場しないのがかえって潔い。同様にデザイナーが作品を説明したり、インタビュー形式でしっかり語っていたのが、アバターを使って世界の名勝地とルック映像を合成した「ラルフ&ルッソ(RALPH & RUSSO)」、アトリエでの製作風景をドキュメンタリー風に追った「ジュリアン・フルニエ(JULIEN FOURNIE)」、ルックに使われるビーズや刺繍の素晴らしい職人技による製作過程をふんだんに見せた「ラウル・ミシュラ(RAHUL MISHRA)」、野生動物をインスピレーションとして本物のように大胆にルックに昇華した「グオ・ペイ(GUO PEI)」など。作品を見ながらデザイナーの口からその思いを聞くことがというのはデジタルコレクションならでは。
ストーリー性のあるショートムービーの中で話題を呼んだのは、映画監督マッテオ・ガローネによる幻想的な映像を発表した「ディオール(DIOR)」。森の精たちがモンテーニュ通り30番地をかたどった魔法のトランクの中にあるミニチュアドレスと出会い、それらがコレクションピースとして現実の洋服になっていく。これは戦後、フランスのクチュリエたちによる巡回展覧会としてヨーロッパとアメリカを旅したエキシビション「テアトル・ドゥ・ラ・モード」に共鳴したものだとか。「未来についての不確実性を払拭するひとつの方法」としてミステリーや魔法に興味を持ち、目に見えないものを可視化するシュールレアリスムに着目したというアーティスティック ディレクターのマリア・グラツィア・キウリがフォーカスしたのは、リー・ミラー、ドラ・マール、ジャクリーヌ・ランバといったシュールレアリスムのアーティストたちの作品だ。ウエディングドレスのような繊細なドレープのあるコルセットドレスやレイヤードプリーツの構築的なドレス、メンズ生地で作られたマスキュリンなスーツ等、ミニチュアの洋服はすべてがアトリエの職人たちの手作りで本物に忠実に作られ、実際にボタンの開閉などもできるという。
「アントニオ グリマルディ」2020秋冬オートクチュールコレクション
またアジア・アルジェント(ホラー映画監督ダリオ・アルジェントの娘)が監督・主演し、黒のセンシュアルなドレスを纏う母と白のエレガントなドレスを纏う娘が繰り広げるダークでミステリアスな愛憎ドラマをムービーとして仕上げた「アントニオ グリマルディ(ANTONIO GRIMALDI)」、たてがみ(?)で飾られた黒のレースのケープとドレスに身を包んだダークなモデルが登場し、Covid-19におびえる現状を意識したと思われる「ペストの医者」というタイトルのショートムービーを発表した「フランク ソルビエ(FRANCK SORBIER)」など、“ながら”作業が可能なオンラインでは意識が散漫になるところを、物語のある印象的な映像で引き込んでいく。
イメージビデオ的な映像の中でやはり注目を集めたのが、「シャネル(CHANEL)」だ。公式オンラインで発表されたムービーは1分22秒という短いモノだが、発表に先駆けて公開された、映画監督ロイック・プリジェントが手がけるティザームービーはマスク姿で作製をするクリエイティブ・ディレクターのヴィルジニー・ヴィアールや職人たちの姿が垣間見られる貴重な映像も。パリの伝説的ナイトクラブ「ル パラス」から夜明けに出てくるパンクなプリンセスがインスピレーションで、今回のコレクションは、ガブリエル・シャネルというよりもカール・ラガーフェルドからインスピレーションだったという。
「アエリス」2020秋冬オートクチュールコレクション
また、ミュージックビデオ風の「アザロ(AZZARO)」や、パフォーマンスを映像に取り込んだ「アエリス(AELIS)」、ルックごとにテーマを提示してそれに合わせたパフォーマンスを映像に収めた「ロナルド ファン デル ケンプ(Ronald van der Kemp)」等は、先のロンドンデジタルコレクションにも通ずる、現代的なアプローチだった。
「ヴィクター&ロルフ」2020秋冬オートクチュールコレクション
無観客ショーという表現が正しいかは微妙だが、モデルがウォーキングで洋服を見せる王道的な映像を発表したなかで、実に分かりやすかったのが「ヴィクター&ロルフ(VIKTOR & ROLF)」。古き良き時代のファッションショーでやっていたようなルックごとの説明と共に古いヴィッラの中をモデル達がウォーキング。“おうち時間”時代に合うようなリラックスしたガウンやバスローブ風のドレスがボウ使いや絵文字アップリケ、帽子がアクセントになっているキュートでユニークなコレクションだ。
「ジャンバティスタ ヴァリ」2020秋冬オートクチュールコレクション
その他、ウォーキング形式で発表したのは、インスピレーション源と思われる風景を映し出す枠とシンプルなセットの中でコレクションピースを纏うモデルが歩く枠が合わせて映し出される「ジャンバティスタ ヴァリ(GIAMBATTISTA VALLI)」、リアルショーであるようなランウェイを作り上げて、“The 無観客ショー”ともいえる映像で見せた「ジョルジュ オベイカ(GEORGES HOBEIKA)」、ピンクの無機質な空間からモデルが登場する「アレクシ・マビーユ(ALEXIS MABILLE)」、パリの様々な風景のなかモデルがウォーキングする「クリストフ ジョセ(CHRISTOPHE JOSSE)」など。やはり歩いているモデルの全身をとらえる映像は安定感があり、洋服を見せる上で最も効果的であることは否めない。
「ユイマ ナカザト(YUIMA NAKAZATO)」フェイス トゥ フェイス プロジェクト
上記のカテゴリーに入らないのが、「ユイマ ナカザト(YUIMA NAKAZATO)」。世界中の25人の顧客の白いシャツを、彼らとオンラインで対話しながら受けたインスピレーションやエピソードを生かして一点物の作品としてカスタマイズしていくという「フェイス トゥ フェイス」という、自粛期間ならではプロジェクトを発表。オートクチュール=一点物、オーダーメイドという中里唯馬のアプローチを、動きに規制のあるこの時期にマッチさせたアイデアで、他ブランドと一線を画した発表だった。
「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」2020秋冬オートクチュールコレクション
さらに、ティザー風の短い映像で部分的にコレクションを紹介した「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」と「ヴァレンティノ(VALENTINO)」もやや例外的立ち位置だ。
今回流れたメゾン マルジェラの映像では7月16日に「アーティザナル」というCo-edコレクションを発表するというお知らせだったが、「ブランドの新コードを反映させた、全く新しいクリエイティブかつ特殊なコンテンツの発表を予定(内容の詳細については現段階では非公開)」とのこと。一方、「ヴァレンティノ」は、7月9日の時点ではまずコレクションのインスピレーションを紹介し、21日、ローマのチネチッタスタジオでニック・ナイトとのコラボレーションによるライブパフォーマンスを行い、それはライブ配信される予定だ。
「ヴァレンティノ」2020秋冬オートクチュールコレクション
デジタルファッションウィークは作る側にとっては映像の作り方やアプローチの仕方を含めてのコレクション発表となる。が、見る側としては、服を見たい人、インスピレーションや製作に関する話を聞きたい人、単純にビジュアルを楽しみたい人等、デジタル故に見る側が求める(または可能になる)選択肢も増えるだけに、同じ映像を見てもそれを評価する層と失望する層に分かれるだろう。どこにいても見られ、誰でも見られるという合理性がある反面、実際に洋服を見たり触ったりすることができず、時間や移動という労力を割かない故の緊張感のなさによって、コレクションへの思い入れはどうしても減ってしまうというのはあるかもしれない。いずれにしても一長一短のデジタルファッションウィークは今後定着していくのか、それともパンデミック対策のための一時的なモノになるのだろうか。
文:田中美貴
田中 美貴
大学卒業後、雑誌編集者として女性誌、男性ファッション誌等にたずさった後、イタリアへ。現在ミラノ在住。ファッションを中心に、カルチャー、旅、食、デザイン&インテリアなどの記事を有名紙誌、WEB媒体に寄稿。アパレルWEBでは、コレクション取材歴約15年の経験を活かし、メンズ、ウイメンズのミラノコレクションのハイライト記事やインタビュー等を担当。 TV、広告などの撮影コーディネーションや、イタリアにおける日本企業のイベントのオーガナイズやPR、企業カタログ作成やプレスリリースの翻訳なども行う。 副業はベリーダンサー、ベリーダンス講師。