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2019.11.11

中川政七商店のEC戦略──取締役コミュニケーション本部の緒方恵本部長に聞く その②

 

 生活雑貨を扱う中川政七商店の取締役でコミュニケーション本部本部長の緒方恵氏へのロングインタビュー。2回目の今回は、EC運営の方針から広告戦略、店舗での接客のあり方、さらには店舗の位置づけへと話が及びます。
(※写真は11月1日に渋谷にオープンした最大旗艦店「渋谷店」の様子)
 



コミュニケーションの基準は「接心好感」

──ECの集客ではどういった取り組みを行っていますか。

当社はコミュニケーションの基準として広告をやっていません。ゼロです。

──オーガニックで流入してくると?

そうです。当社はブランディングをすごく大事にしている会社なので、バイネーム(指名)検索がどれだけ増えるかというのはすごく重要な指標の1つです。商業ビルで偶然当社のことが横目に入ったお客様や、結婚式の引き出物に当社の定番商品である「花ふきん」をもらった人もたくさんいると思います。それがブランドのネーム、ロゴ、もしくは店構えと一致しないと、当社にとっては見込み客からの認知になりません。ブランドを想起していただくというところでブランディングは非常に大事だと考えています。

逆に言うと、ニュースで見た、その結果として名前を覚えたというのも認知です。これまでも横目で見ていたけど気になる商品があって、近づいてみると気に入ってブランド名を覚えていただく。このように名前が明確に認知された瞬間以外は基本的には眠っているニーズやファンだったりします。バイネーム検索は、顕在化した認知という意味で、ブランドの強さを測るための重要な指標の1つと捉えています。

ただ、既存客はバイネーム検索をする必要性は減ってくる。重要だと思うのは既存顧客の量が純増し続けていることと、新規と既存のバランスが常に一定であること。新規が増えたというのは、すごくいいことですし、既存が増えていれば、愛されているブランドだという解釈も可能です。それが既存客が積みあがっていない状態で新規が増えていても、バケツに穴が開いている状態です。新規のお客様に伝えるというのと、既存のお客様をちゃんとおもてなしして積み上げるというのは基本的にワンセットになります。

──ECサイトの売り上げはどのくらいですか。

前期末時点(2019年2月期)で、年商6億円程度です。基本的には伸び続けています。

──中長期的な目標や規模間の計画はありますか。

EC売上比率を伸ばすことがゴールではありません。そこは明確な指標化をしておらず、グロスで見ています。EC比率を指標化すると、リソースの投資が歪んでしまいます。ECレコメンドに極端に偏重したり、お店のレシートにECで使える初回クーポンを付けてみるなど、本質的ではない伸ばし方になってしまいます。

もちろん事業としてお客様の会員登録を経て、情報発信をして良いというパーミッションをとれると通販の基本としてはF2転換(2回目購入)の容易さがぐっと上がります。べき論としてはゴリゴリとやるべきですが、当社ではコミュニケーションの基準というものがあります。広告を打たないということもそうですが、コミュニケーションの根底には当社で使っている言葉「接心好感」という基準があります。これは伝え手の仕事を具現化した言葉です。

店舗で接客を頑張ろうという場合、売り上げを伸ばすことに頑張る人もいれば、お客様に話しかけることに頑張る人もいれば、自分が好きな商材について説明する人もいる。「接客を頑張る」というキーワードの方向付けの精度は甘いわけです。私たちは「売る」ということを指標の1つという捉え方をしています。お店の人には「まずやってほしいのは、心に接して好感を得ることだ」と伝えています。当社では接客という単語をすべて「接心好感」に置き換えています。これが僕たちのコミュニケーションの根底にある基準です。

広告は面で配信して、ごく一部の人に刺さってコンバージョンに至るわけですが、コンバージョンした人の分析はデジタルでは強いです。数字が可視化できているので効率を上げることも簡単で、課題も改善容易性が高いです。しかし私たちが接心好感として大事にしているのは、広告で届かなかった残りの人たちです。この残りの人たちは「そのブランドの情報が欲しい」と宣言しているわけではないのに、自分の目にその広告コンテンツが目に入ります。その際、何も感じないか、もしくはノイズと思うわけです。となると、私たちの基準としては、広告で好感を得るのはあるべき姿とは真逆のコミュニケーションになります。

一方でメールマガジンやLINE@は、「接心好感」を経て、「あなたのブランドやあなたのお店の情報が欲しい」というところから始まり、かつお客様が自分でやめることができます。それが私たちのコミュニケーション基準としてはすごく適切。そのためメールマガジンやLINE@の受け取り人数はすごく重要な指標になります。

私が入社した時のメルマガ経由売り上げ比率は5%くらいでしたが、今はメルマガとLINE@合計で経由売り上げは40%くらいまで上がっています。

──広告を打たないのは「接心好感」と真逆だからということですね。

ブランドを毀損しないのが重要です。どちらかと言うとPLではなく、心理的にも金額的にもBSが何よりも重要だと考えています。特にブランドは、心底信頼するようになるには体験の積み上げが必要です。そのためには積み上げがずっと続いているというのが大事ですから、今突如としてモノが売れるというのはそれほど重要視していません。


店舗はファンを獲得する一番有効なメディア

──集客面はオーガニックの流入がメインということですが、それ以外の流入経路はありますか?

接心好感の延長で、来店されたお客様にECを適切にご案内するのが最大の集客手法になります。店舗の位置づけは、すごく簡単に言うと「ファンを獲得する一番有効なメディア」です。何故かというと、店舗は五感が使えますし、直接フェイス・トゥ・フェイスのストーリーテリングがあるので、態度変容を促すためにやれることが多いです。一方のデジタルは基本的に視覚情報でしか物事を伝えられない。態度変容を促すという意味ではリアル店舗の力はとても強いです。デジタルマーケティングにどれだけ投資しようが、ある店のスタッフが3人接客すれば、3人獲得できます。

──そういう意味で一番有効だと?

そうです。

──店をメディアと考えるのは非常に面白いですね。

ただ、メディアの使われ方としては多様性があります。決済をする場でもあり、お客様が試す場でもあり、伝える場所でもあり、知る場所でもある。我々が路面店ではない、商業施設に置いているのは販促的な側面があります。

──人通りがあるところで店への集客をしないと、メディアとしての力を生かせないということですね。

はい。これもフェーズによって考え方が変わる可能性はあります。わざわざ目指してくださるお客様だけで構成できるのであれば、路面にしたほうが固定費は下がるということはあるかもしれませんが、僕たちは工芸の技術の素晴らしさを日本人にあまねく知ってもらうのがミッションなので、ブランドの強さを維持したまま成長するというのがすごく重要だと思っています。ブランドの強いチェーンストアを目指しています。そういう意味では路面店を増やしていくというのは今の所あまり考えていません。

(つづく)

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