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2019.11.08

中川政七商店のEC戦略──取締役コミュニケーション本部の緒方恵本部長に聞く その①

 

 生活雑貨を扱う中川政七商店。同社ではブランディングを重視し、こだわりのEC戦略を展開している。店と連携してブランド価値を高め、仮想モールからの退店や細部まで考え抜いた自社ECのUI構築など、大胆な取り組みを進めている。ブランド価値向上、自社ECの存在意義、店舗とEC相互の融合や使い分けなどさまざま面で独自のあり方を進める中川政七商店の戦略について、同社取締役でコミュニケーション本部本部長の緒方恵氏にロングインタビューを行った。3回に分けて掲載する。


緒方恵(おがた・けい)氏プロフィール
東急ハンズにてバイヤー、ビジュアルマーチャンダイザーを経てWEBチームに異動。ECサイト運用から始まり、デジタルマーケティング~システム・アプリケーション開発まで、東急ハンズのWEB/デジタル領域を横断的に担当。20168月、デジタルトランスフォーメーションを推進する執行役員/CDO(Chief Digital Officer)として中川政七商店に入社。20183月より、取締役就任。上記の継続担当に加え、店舗事業・卸売事業、メディア事業など含めた全顧客接点の統括担当。

 

 

 

ECは店舗接客の打率を上げるためのデータベース


──自社ECを開設した時期はいつでしょうか。

私が会社にジョインしたのは3年前の2016年の8月になりますが、ECを始めたのは12年前頃のようです。

──仮想モールの出店状況はどのような感じですか。

具体的なタイミングは分かりませんが、自社ECの後に「楽天市場」に出店しました。ただ、「楽天市場」は昨年8月に退店しています。

──MD展開において、店とECでの違いはどのような点でしょうか。

大きく2つあり、1つは規模の問題です。当社の場合、小さな店舗であれば30坪で、大きいところでは130坪になります。そのお店の中でカテゴリーは同じですが、SKUは棚に応じて異なります。一方、ECではおよそ5000点の商品を扱っています。

もう1つとしては、当社は3つのブランドを運営しています。

まず「遊 中川」は、“日本の布ぬの”をコンセプトにしたテキスタイルブランドです。アパレルやストール、バッグなどを扱っています。当社は300年麻織物を扱い続けています。知見が一番生きるのがテキスタイルや織物文脈なので、会社の立ち上げに紐づいているブランドです。

次に「日本市」というブランドは、全国の観光地にお土産がありますが、お土産はその土地の歴史を踏まえてそこで作られるべきだという課題感があります。土地の土産物を自分たちで再構築して、商品を制作販売するというコンセプチュアルなブランドです。

そして「中川政七商店」がブランドの規模としては一番大きいです。工芸技術を生かした生活雑貨を総合的に扱っています。工芸の本質は、日々の生活を便利にしたり心地よくしたりする技術、日本の歴史と気候に合わせた技術の集積体なので、アップデートをかければ今の生活においてもとても有効な雑貨をご提供できるはずだという考えのもと、商品を展開しています。

以上の3ブランドを展開していますが、ECであれば全ブランドを買えるのが、ECの特徴になります。

──店とECで売れ筋や顧客の反応は違いますか?

店頭でさわって態度変容が起きやすい商材と、買ってからでないと体験しづらい商品があります。例えば靴下の履き心地、ストールのふかふか感、フキンの吸水力など、ECだと「想像」はできますが「実感」は持ちづらいです。店舗であれば実際にさわることができます。さわった上でこういう工芸技術が注ぎ込まれて、こういう職人技が入っているという品質の裏打ちやモノの背景をお伝えし、それによって価格のハードルを乗り越えるコンテクストデザインを行うのが店舗活動です。

ECでもストールのふかふか感やフキンの吸水性を伝えるような画像を掲載することはできますが、お客様は想像しかできません。一方、土鍋の場合、釉薬(ゆうやく)のさわり心地のような触感の部分もありますが、サイト上でぐつぐつと煮立っている様子を動画で見せることができます。とはいえ、私たちは鍋が売りたいわけではなく、おいしい鍋を作って家庭がハッピーになる時間を提供したいというのが本質です。商品のスペックを説明するよりも、「この商品があるからどういうことが起きるか」というのが本質です。そのために歴史に紐づいた技術や使う喜びを、接客やウェブの記事でお伝えしているのです。

当社の定番商品の「花ふきん」は1枚が700円しますが、一般的な感覚からすると割高になります。ただ、店舗でさわってくれさえすれば絶対に良さが伝わるという自負があります。そこは私どもがメーカーからSPAに事業転換した本質でもあります。品質を直接伝えることさえできればすべてが解決するのに、メーカーという立場になると卸問屋があり、仲卸があり、さらに小売店があってお客様に届くという経路になります。となると、お客様がどう喜んでいるかを、私たちは知ることができません。加えて職人の手仕事なので、価格が上がってしまうところに中間業者が入ると余計に高くなってしまい、適正な価格ではなくなるという問題もありました。

そこを、最近では「DtoC」という言い方になるのかもしれませんが、メーカーが直接販売する「SPA」で展開することによって、適正な価格を保持しながら職人にも適正なお金を払うことができる状況をしっかり作るのが大事になります。

これまでは「工芸品が大量生産品に比べてなぜ高いのか? その理由は?」ということをお客様が知る機会が少なかった。工芸は本来的には日本の気候や風習の中で生活する上で歴史を積み上げながら、利便性をより高くより心地良くするための技術の集積体であり、使われてこそ価値があります。私たちとしては、直接伝えることができれば態度変容を促せるということが結論ですので、店舗で直接語りかけて、直接さわってもらうというのが事業の根幹であり、出発地点です。

──店舗に比べると、EC側で工芸の良さや歴史を伝えたり、さわり心地をアピールするのは非常に難しいのではないでしょうか?

リアル店舗の強みとしては、「実物をさわれる」「その場で質問ができる」「比較検討がしやすい」「店内回遊が容易」「理由が明確ではない入店がある」「商品をすぐに持ち帰ることができる」といった点になりますが、これがECになると全部逆になります。つまり「実物をさわれない」「回遊しようとすると都度クリックや検索が必要」「理由がないと来店しない」などです。

一方で、店舗は「展示SKUに限界がある」や、旅先の買い物などで「再来訪が困難な場合がある」といった弱みがありますが、「ECサイトは再来訪が容易」です。UX的には店舗は「レジ待ち」が問題となりますが、ECではレジ待ちは発生しません。店舗で鍋を使って湯気が出る瞬間をお見せすることはできません。つまり「実際の利用シーンを見せるのは困難」というハンディが店舗にはありますが、ECであれば動画でお伝えすることができます。

ECと店舗の役割分担で言うと、店では見せられない利用シーンのコンテンツをEC側で用意しておけば、店舗でストーリーテリングをして触感を説明している際に、スタッフがECの動画を見せて「こんな感じになります」と案内することができます。つまり、ECというのは店舗の接客の打率を上げるためのデータベースであり、これがとても重要な要素だと思います。

このほかにはECであれば接客はサーバーが対応する限り可能ですし、ECは情報伝達量に限界がないというのも特徴です。このあたりの強みと弱みは相互補完的なので、ECと店舗で片方のチャネルしか機能していない状態というのは弱みをさらしたままでお客様に向き合っていることになります。ということは利便性をお渡しできていないということです。それはおもてなしに欠けています。

今の生活に合わせてアップデートしないとすべての物事は陳腐化します。今のお客様の動きに合わせるというのが前提で、お客様の期待の延長線上のまま期待を超えるというのが企業活動だと思います。その前提を踏まえて会社のカルチャーに柔軟性を持たせておく。変化に対して柔軟である、変化を恐れない、ということをカルチャーとして落とし込むというのがこれからの時代にますます重要になるという気がします。

EC上で商品情報をリッチにしておくと、接客でしかインプットできなかったコンテンツをお客様が自分で選んで見に行けます。つまり接客と同じ品質の情報が入ってくるという状況をECで作ることはできます。これによる副次的な効果は、スタッフのマニュアルになるということです。教育機構として機能するというのはECの役割としてはすごく大きいです。入社が内定した人に「ECの全ページを読み込んできて」とするだけで教育コストがすごく下がります。

ECと店舗の部隊がそれぞれ会社で違う動き方をして連携がなされないことがあります。接客の品質となるデータベースの基準がそろっていれば、ECと店舗でコミュニケーションの矛盾が発生しなくなります。つまりお客様の反応として「店ではこんなこと教えてくれなかったけど、ネットには書いてあるじゃないか」や、あるいは逆もしかりですが、こうした事態を発生させないために従業員みんなの拠り所となる情報をすべてECにそろえ、ECと店舗の品質を統一させる役割もあります。



お客様接点を持っている人間こそがブランド

──ECが果たす役割は非常に大きくなりますね。社内的なコンセンサスやサービス品質の均一化という意味でもECがまず指標になると?

お客様からすると、「ブランドの顔」=「店舗スタッフ」です。ECを使うお客様からすると、「ECのページ」であり、もっと言うと「梱包するスタッフ」=「ブランドの顔」になります。経営層が考えていることよりも、ブランドの入口となるスタッフ、お客様接点を持っている人間こそがブランドなので、そこをどのように統一するかが大事になってきます。

──ECは教育ツールや品質統一化の手段として非常に重要だと思いますが、他社ではそうした点にKPIが置かれず、売り上げだけを見ている気がします。

会社全体をグロスで考えた場合、店で売れているのかECで売れているかは大きな問題ではありません。しかし、事業ごとにKPIを分けると、そこはコンフリクト(衝突)します。これは会社の設計の問題です。

当社の場合、組織を大きく「つくる」「伝える」「支える」の3つのチームに分けています。「つくる」というのは商品企画のチームで、「伝える」はフィジカルの(物理的な)意味でも情報という意味でも、お客様との接点を持つ人たちで組織立てています。店舗も卸もECも伝え手チームにまとめたことで、どこで売れても構わないという設計になります。


課題というものは基本的には会社の都合で発生することが多いです。その時に柔軟性をもって変革できるかがすごく大事になります。組織図を変えるということで言うと、組織を柔軟に変革することができなければ課題を置き去りにしていることと同じ、くらいに考えています。

当社でも2016年以降3回大きく組織を変えていますが、要するに「何かを解決・改善するために最速でそれを行える組織編成に変えている」ということです。解決したら次の課題を解決するためにそれを最速で行える組織にまた変える。基本的にはこの繰り返しです。組織図に合わせて課題が発生してくれるわけではないので、課題に合わせて組織を変えなければ適切な解決法を選択している事にならないのです。



お客様が損をすると最終的にブランドが毀損する

──お話をうかがっていますと組織図を見直すというのは重要ですね。

そこにメスを入れないとECが持つさまざまな文脈の強みが最大化しないのです。最大化しないとお客様の利便性が下がるという現象が起きます。一般論としては、例えば店舗に行ってキッチン用品が気に入ったけど、奥さんの許可をとらないと買えないとします。お客様が「妻と相談します」と言って帰ることは結構あります。そのお客様がECを知らないと仮定して、店舗スタッフが「ECでも同じものが買えますので、よろしければそちらでどうぞ」と一言伝えれば、ECの存在を認知してもらい、店に再来訪せずとも意思決定ができるということをお客様に情報として渡せます。

KPIが縦割りであれば、店舗スタッフはその一言をなかなか言わない。それはお客様からすると利便性を欠いている状況になります。ECを知っていれば店に再来訪する必要がなかったわけですから。会社の組織体が原因でそうした状況が生まれる。結果、損をするのはお客様です。お客様が損をすると、最終的にブランドが毀損しますので、真綿で自分たちの首を絞めることになります。そういう構造を見直すには組織図を変えなければいけないと思っています。組織図が変わらないということは課題が変わっていないということですので、前進していないということだという風に捉えています。

──店のスタッフの評価制度も工夫していますか?

はい。店舗スタッフの評価は店の売り上げに連動しますが、当社ではそれだけで評価をしていません。「より良い伝え方をしたか」というものを測る指標をいくつか設定しています。ほかにもお店のファンの数の可視化をしていて、お店の「LINE@」の友だち数をKPIとして、「あなたの店の情報がほしい」もしくは「あなたの接客が良かったので、あなたからの発信がほしい」という反応をLINE@で見ています。売り上げだけで判断はしていません。最近はDtoCブランドが増えて、店舗に在庫を持っていないという世界もあるので、お店の売り上げで評価するという概念が陳腐化しつつあります。私たちもそこを見越してテストしています。

グロスの売り上げで経営層も店舗スタッフも判断できれば、全体で上がっているか下がっているかだけが論争になるので、個店の売り上げの多寡は評価に関係ない。売り上げが少ない店であっても、ECをすごく推薦してくれているというケースもあります。ただ、そこは現状ではなかなか計測が難しい。計測できないものは指標化せずに、別の仕組みで解決するという発想です。グロスの売り上げしか見ないというのは、1つの解決法です。このあたりは引き続き実験と相談を重ねながら最適化をしていきます。
                                           (つづく)

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