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2025.07.12

【2025秋冬パリオートクチュール ハイライト】変化と継続のあいだで交差した、デザイナーたちの視線と表現

写真左から「シャネル」「バレンシアガ」「メゾン マルジェラ」 「ジョルジオ アルマーニ プリヴェ」

 

 メンズコレクション終了後、1週間を空けてスタートしたオートクチュール・コレクション。2025年7月7日から10日までの4日間、パリ市内の各所でショーが開催された。

 

 主催するパリ・オートクチュール組合の公式カレンダー上では、今季は昨シーズンの28から1つ減の27ブランドが参加。「ディオール(DIOR)」や「ヴァレンティノ(VALENTINO)」、ジャン・ポール・ゴルチエのクチュールライン、「ゴルチエ パリ(GAULTIER PARIS)」等がコレクションを発表せず、久々に「アデリーヌ アンドレ(Adeline André)」等が参加するなどの増減が見られた。

 

 その「ゴルチエ パリ」は、毎シーズン、注目度の高いデザイナーを迎えてコレクションを発表していたが、前回のルドヴィック・サン・セルナンによるコレクションをもってゲスト・デザイナー制は終了。今年4月に、デュラン・ランティックがパーマネントなアーティスティック・ディレクターに就任。9月のレディースコレクションに向けて始動し、来年の1月にはオートクチュール・コレクションの発表も予定されているという。

 

 今季のトピックは、何よりも「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」と「バレンシアガ(BALENCIAGA)」だった。ジョン・ガリアーノが去り、クリエイティブ・ディレクターにマルタン・マルジェラと同郷のベルギー人、グレン・マーティンスが着任した「メゾン マルジェラ」。マーティンスが「Y/プロジェクト(Y/PROJECT)」で見せていたシュールレアリスティックな手法が、「メゾン マルジェラ」でどのような化学反応を引き起こすのか、大いに注目を集めた。一方の、デムナによる最終コレクションとなった「バレンシアガ」は、オートクチュール会期中に終了したデムナの懐古作品展「Balenciaga by Demna」と共にメモリアルなものとなった。

 

 来季は、ピエールパオロ・ピッチョーリによる「バレンシアガ」、ジョナサン・アンダーソンによる「ディオール」、マチュー・ブラジによる「シャネル(CHANEL)」、サラ・バートンによる 「ジバンシィ(GIVENCHY)」、そしてデュラン・ランティックによる「ゴルチエ パリ」と、全て出揃うかは現時点で不明ではあるものの、期待値の高いシーズンとなりそうである。

 

シャネル(CHANEL)

Courtesy of CHANEL

 

 今季もクリエイション・スタジオによるコレクションを、グラン・パレにて披露した「シャネル」。ガブリエル・シャネルが度々イメージソースにして来たイギリスの田園風景や、スコットランドの荒野にインスパイアされた。

 

 アイボリーやブラウン、グリーン、ブラックなどナチュラルなカラーパレットで構成。ガブリエル・シャネルが好み、ファインジュエリーでも度々登場する麦穂のモチーフが随所にあしらわれ、自然の要素を滲ませた。フランスでは、麦穂は豊穣の象徴としてのラッキーチャーム。

 

 刺繍を施したツイードのドレスでスタートしたが、シンプルでマニッシュな印象。ガブリエル・シャネルがメンズのスーツからインスパイアされて、「シャネルスーツ」を編み出したことを想起させた。羽を飾ったケープにもツイードのメンズライクなワンピースを合わせ、ニーハイブーツをコーディネートしてモダンで若々しいスタイリングに。チェーンを飾った黒のツイードのセットアップは、甲冑のような力強さを見せる。

 

 麦穂のテクスチャーを思わせるツイードのブルゾンには、シルクサテンのドレープスカートを合わせて、スポーティでマスキュリンなアイテムに敢えてフェミニンなアイテムを組み合わせてコントラストを見せる。

 

 フリンジをあしらったセットアップやワンピースも、フォルムはシンプルでマニッシュな印象。シルクサテンのロングドレスにも、羽を刺繍してファーのように仕立てたメンズコートをコーディネートして、マスキュリン・フェミニンに。ラグランスリーブのカーディガン風のツイードジャケットには、プリーツシフォンのスカートを合わせ、適度なカジュアルさを演出。

 

 フェミニンなドレス一辺倒にするのではなく、敢えてマスキュリン・スポーティに仕上げて、ウルトラモダンなクチュールの世界観を描いて見せていた。

 

メゾン マルジェラ(Maison Margiela)

Courtesy of Maison Margiela

 

 文化複合施設である104(サン・キャートル)を会場に、オートクチュールと同等に扱われるアーティザナルコレクションのショーを開催した、新任のグレン・マーティンスによる「メゾン マルジェラ」。104は、2008年9月にマルタン・マルジェラ本人による最終コレクションが発表された場所で、今季は全てのモデルにマスクが合わせられたことからも、オリジナルへのオマージュ・リスペクトを印象付けた。

 

 今季は、フランドル地方の中世建築からインスパイア。ゴシック建築に見られる彫像や教会に飾られる聖人たちの彫像、北ヨーロッパのルネッサンス期の邸宅のインテリア、16世紀のフランドル地方のエンボスによるレザーの壁紙、象徴主義の画家ギュスターヴ・モローの作品などにイメージを求め、ベルギー出身のデザイナーらしいダークかつ耽美な世界観を披露している。

 

 透明のプラスチックドレスでスタート。インナーに同素材のコルセットを合わせ、脚元にはアクリルウェッジソールの「タビ」サンダル。ギュスターヴ・モローの筆致を思わせるハンドペイントを施したストレッチサテンのセットアップにも、プラスチックのプラストロンをコーディネート。

 

 16世紀のフランドル地方のレザー製壁紙のモチーフをプリントした、金属糸を織り込んだファブリックによるドレスは、ハートの形にシェイプされ、ドラマティックな一点となった。アップサイクルされたバイカージャケットにも、16世紀のフランドル地方のレザー製型紙のパターンをコピーした紙を貼り付け、敢えて朽ち果てて行く様を表現。

 

 17世紀のオランダの静物画に登場する羽のイメージをプリントしたファブリックをカットアップして繋いだスカートや、アップサイクルされたヴィンテージのネックレスを繋いだニットドレス、17世紀のオランダの静物画に描かれた花をプリントして花をカットして縫い付けたプラスチックのコート。そのどれもがこのブランドらしいシュールレアリスティックな手法に則っている。

 

 アップサイクルされた素材をあしらうというコンセプトを守りつつ、より手の込んだ徹底した作品作りの姿勢を見せていた。

 

ジョルジオ アルマーニ プリヴェ(GIORGIO ARMANI PRIVÉ)

Courtesy of Giorgio Armani/Photo by Marie-Laure Dutel Israël

 

 「ジョルジオ アルマーニ プリヴェ」は、今年に入ってフランソワ1世通りにオープンさせたパラッツォ・アルマーニにてオートクチュール・コレクションを発表。ブラックを主軸に据えて、黒というベーシックカラーが持つ究極のエレガンスを表現した。

 

 夜をイメージさせるブルーを差し色にしたテイラードでスタート。ブロケードや膨れ織り、デボレなど、凹凸感ある素材使いがこのブランドらしい。プリント地に刺繍を施して絵画的に仕上げたジャケットや、花びらを散らしたような総刺繍のジャケット、抽象画のような刺繍のトップスとテクノ素材のスカートのセットアップなど、一つの時代やスタイルにこだわらない、バリエーション豊かな作品が並ぶ。

 

 マルチカラーの羽を飾ったフェザーのコート、オーストリッチの羽をヘムに刺繍したジャケットなど、フェザーも今季の特徴的な要素の一つとして見られた。

 

 唯一、黒を含まないシースルーのロングドレスには、クリスタルをあしらったメタリックフリンジによるケープを合わせ、硬軟のコントラストを見せる。

 

 後半には、アールデコ期のギャルソンヌ風のルックが登場。総ビーズ刺繍のドレスジャケットにはベルベットのパンツとボウタイを合わせ、ベルベットのスモーキングスーツにもボウタイをコーディネート。ミリタリージャケットを合わせたルックも見られた。

 

バレンシアガ(BALENCIAGA)

Courtesy of Balenciaga

 

 デムナによる最終コレクションとなった「バレンシアガ」。ジュルジュ・サンク大通りのオートクチュールサロンを会場にショーを行った。

 

 ブルジョワジーの強い女性像をイメージし、それが肩のシルエットや襟の大きさに表出。冒頭のパワーショルダーのスーツは、ラペルに芯を入れて曲線を描く。

 

 日常着としても活用出来るクチュールを目指したメンズは、ビクーナとウールの混紡素材によるコートや、サイドに縫い目のないダウンジャケットなどが登場。特に今季はナポリの家族経営のテーラー4組と協業し、9体のルックを作成。一人のボディビルダーに合わせて、ワンサイズで作られたジャケットは、着用するモデルによって全く異なるシルエットが生まれ、実験性に富んだ試みが遊びの要素となっている。

 

 日本の超極薄素材、世界一軽量である「天女の羽衣」をあしらったピンクのドレスや、オーストリッチの羽を全面に刺繍したガウンは、ハリウッド黄金期のマリリン・モンローやエリザベス・テイラーをイメージ。

 

 クリストバル・バレンシアガのアーカイブからの引用であるハウンドトゥースのスーツは、実は総刺繍。ツイードのような効果を出すために、リボンに裂いたチュールがあしらわれている。

 

 最終ルックはアワーグラスシルエットのレースのマリエ。帽子のアトリエとの協業で、樹脂による型を作り、その上からレースを組み合わせて立体的に成形。最後まで実験的な創作姿勢を貫くコレクションとなった。

 

ユイマナカザト(YUIMA NAKAZATO)

Courtesy of YUIMA NAKAZATO/Photo by Gio Staiano

 

 中里唯馬による「ユイマナカザト」は、パレ・ドゥ・トーキョーを会場にショーを開催した。

 

 衣服の起源を探り続ける中里は、我々の祖先がアフリカ大陸から寒冷地域に生活圏を拡張した際に、寒さから身を守るために他の種の皮を剥いで纏ったことが起源とされる説に影響。ショーにも登場したコンテンポラリーダンサー、イェフゲーニ・ガネーフを伴い、敢えて冬期にフィンランドのラップランドへ旅をした。零下の中での裸体撮影により、衣服の重要さを再認識したという。

 

 ショー冒頭に中里本人が登場し、ガネーフに向けて墨を撒く儀式的なパフォーマンスを続ける中で登場したのは、ガネーフの裸体をプリントしたスーツやバイアスカットのドレス。ガネーフの手をプリントしたドレスには、スカート部分にモヘアのニットとチェーンを編み合わせている。編み物は女性の仕事、という認識に抵抗を示すために敢えてあしらったという。

 

 今シーズンもセラミック製のドレスが登場。数千のパーツを数千時間掛けて繋いでいる。後半にはブルーやグリーンのパネルを飾ったドレスやジャケットが見られ、セラミックのアクセサリー類と共に装飾性の高さを強調。アート作品のようなルックが並んだ。

 

ヴィクター&ロルフ(Viktor&Rolf)

Courtesy of Viktor&Rolf

 

 オリジナルとオリジナルに手を加えたもの。15組、計30ルックを見せた「ヴィクター&ロルフ」。黒のゆったりしたシルエットのドレスと、全く同じドレスのドレープの中に羽を内包させ、スティーブン・ジョーンズによる羽のハットをコーディネートさせたルック。2着のドレスは、それぞれの美しさを誇りながらランウェイ上で対峙する。

 

 ダウンジャケットドレスとラフルを飾ったドレス。一見すると印象は全く異なるが、紛れなく同じものである。奇怪な生物のような有機的なシルエットを見せるドレスから、羽を詰め込んでもエレガントなフォルムを保つ羽のドレスまで、様々なパターンが登場。

 

 レースやチュールのドレスには、グリーンやイエロー、パープルなど、敢えて色の付いた羽を入れて華やかさを演出。ケープドレスには、放射状の大きなハットを合わせて勇ましささえ感じさせる。

 

 人間の視覚の曖昧さを突き、それぞれのドレスを見た時の印象や感情の違いを再認識させられる。「ヴィクター&ロルフ」らしい、シュールレアリスティックなコンセプトに驚かされたコレクションだった。

 

ロナルド・ファン・デル・ケンプ(RVDK RONALD VAN DER KEMP)

Courtesy of RVDK RONALD VAN DER KEMP

 

 「ロナルド・ファン・デル・ケンプ」は、“The call of the wild(野生の呼び声)”と題し、アマゾンにイメージを求めたコレクションを発表。循環型クチュールの体現者として、今季もアップサイクルされた素材を随所にあしらいながら、母なる大地=自然を称賛した。

 

 ファン・デル・ケンプの友人でミューズである、ブラジル人モデル・ジュエリーデザイナーのタイナ・カイサラが、ジャングルに生い茂る葉をイメージさせるドレスをまとってショーがスタート。鳥の刺繍モチーフが飾られているが、これはブラジル中部の先住民の刺繍職人とのコラボレーションによるもの。カイサラの手による鳥のチョーカーをコーディネートしている。

 

 今季は特に素材感が魅力的。羽や装身具など、様々なものを織り込んだ生地によるコートドレスや、ループでボリュームを出した太いウール糸によるカーディガン、様々なファブリックをコラージュしたケープドレスなど、間近で眺めたいアイテムが多かった。

 

 特に、ファブリックを細く裂いてリボン状にしたものを縫い付けて、コラージュした素材によるアイテムは秀逸。羽でも毛皮でもない風合いが独特で、唯一無二のオリジナリティを印象付けた。

 

ロバート ワン(ROBERT WUN)

Courtesy of ROBERT WUN

 

 シャトレ劇場のステージに客席とランウェイを設置してショーを開催した、香港出身のロバート・ワン。コレクションタイトルを“Becoming”とし、未完成、あるいは途上にあるものを表現した。

 

 冒頭は、血やペイントの飛沫をビーズ刺繍で表現したテイラードやドレスのシリーズ。鋭利なフォルムのラペルやパネルが特徴的で、白蝶貝のドレスは、スパンコールの一つ一つがナイフのよう。

 

 鋭く尖ったフォルムは、船を逆さにしたようなマーキス型の壮大なドレスに発展。フォルムを維持するためのボーンを内蔵しているため、独特の動きを見せる。

 

 後半には、樹脂成形の腕のオブジェを首に掛けたルックが続く。腕が4本あるかのように見え、シュールレアリスティックな仕上がり。大きなバラのオブジェを持つ白い樹脂製の手が合わせられたバラモチーフのボールガウンや、ジャケットを手にする白い手と一体型になっているレースを重ねたドレスが登場。特にラベンダーのシースルードレスは、天に向かってポーズを取る腕がヴェールを持ち、ドラマティックかつ美しいルックとなっていた。

 

取材・文:清水友顕(Text by Tomoaki Shimizu)
画像:各ブランド提供

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